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    4.8 (月)8:00

いい加減ボクシング書かなきゃ……


マー坊、フリオに食われてるってさ、お前……

 守衛室を過ぎたところに見える、擬ゴシック式礼拝堂前の広場

「あ、みなさんおはようございます」

 ごった返す人の波と浮ついた喧騒の中に、葵の姿があった。

 つややかで滑らかな青の黒髪、黒水晶のようにみずみずしい瞳、魂が受肉した日本人形のような葵の姿は、桜舞う春の木立の中で、いっそうその美しさを際立たせた。


「よう、葵」

 敬礼のように右手を上げ、軽快に挨拶を返す真央。

「早えぇじゃねーか。さすが優等生だな」


「いえそんな、優等生だなんて……」

 少々頬を赤らめ、照れたような表情を見せる葵。

 普段からよく言われる言葉、ある意味では陳腐な言葉だが、真央からそういわれると新鮮な、こそばゆいような気持ちになった。

「私は生徒会役員なので、新学期の始まりには、こうして他の生徒会の方々と一緒に挨拶をしているんです」


「やあ、おはよう、葵」

 真央の後から、同じく桃の挨拶が響く。

 心なしか、先ほどよりもそのトーンは明るい。

 親友のはきはきとした姿に、桃の心も弾むようだった。

「生徒会も大変だね。こんなに朝早く。本当に頭が下がる思いだよ」


「おはようございます、桃さん」

 にっこりと微笑んで、桃に挨拶を返す。

「いよいよ新学期、私たちも高校二年生ですね。また同じクラスになれるといいのですが」


「絶対みんな一緒だよー!」

 ぴょこん、姿を現すのは奈緒。

「だってだってー、丈一郎君も桃ちゃんも頭いいしー。葵ちゃんは学年トップだったでしょー? どう考えたって皆一緒、Aクラスに違いないよ!」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるような仕草を見せた。


「おはようございます、奈緒さん」

 その様子をほほえましく眺めながら、柔らかい微笑と挨拶を返した。

「奈緒さんもいよいよ高校生ですね。その高等部の制服、とってもお似合いですよ」


「えへへへへー」

 真央は顔を真っ赤にして照れ笑いを見せた。

「お世辞でも、照れちゃうなー」


「いえいえ、お世辞なんかではないですよ」

 実際その通りだった。

 聖エウセビオの制服は、どちらかといえばガーリーを強調するスタイルだ。

 桃や葵のような、やや大人びた雰囲気を持つ少女より、奈緒のような幼さの残るかわいらしさを持つ少女の方がしっくりと来る。

 葵はその様子を少々羨ましくも思った。

「それに真央君も」

 葵は真央の姿を頭のてっぺんからつま先まで見回し

「すごく……似合うと思います……」

 そういうと顔を真っ赤にして、顔を背けるような仕草を見せた。


「んだよ、葵もかよ」

 真央は顔をしかめた。

「おれだって似合わねーこと自覚してんだからよ。けっこー傷つくぜそれ」


「全く、マー坊君は女の子の気持ち分かてないなあ」

 苦笑いをして丈一郎が話に割り込んできた。

「おはよ、葵ちゃん」

 へにゃっとした笑顔で挨拶をした。

「葵ちゃんはね、本当にマー坊君に制服が似あってるって思ってるんだよ。ほらいったじゃん、基本的にはマー坊君スタイルいいから。だから何着たって似合うとおもうよ」


「そうなのか?」

 と葵に訊ねると

 

 こくん、小さくうなずき

「……言った通りです。大変お似合いだと思います……」

 そう言って再びうなずいた。


「そ、そうか?」

 そう言うと自分の全身をくまなく点検し

「俺、似合ってる」


 すると今度は真央の顔を見つめ

「はい。すっごく似合ってますよ」

 と、大きく笑い返した。

 

「ぎゃはははは」

 そういうと真央は葵の肩をバンバンと叩いた。

「いやー、そうか。そんなに似合ってるか。さすがは葵、いいこと言うぜ」

 そういうと真央は何かを思い出したように、真新しい鞄ををごそごそと引っ掻き回し

「そういやこれ、葵にプレゼントあったんだわ」


「「えっ!?」」

 と声を合わせて疑問符をつける桃と奈緒。

「「んん!?」」

 それに気づき、今度は顔を合わせあう桃と奈緒。


 それを、大事そうに両手で受け取る葵。

「これを……私にですか?」

 

「ああ。たいしたもんじゃねーけど」

 そういって、にいっ、と笑った。

「気にいってくれると嬉しいんだけどな」


「……そういえばそのカチューシャ、今まで見たことないよね……」

 と桃が奈緒に問いかけると

「……桃ちゃんもさー、そんなかわいいシュシュ、今までつけてたことないよねー……」

 と奈緒が返す。

 お互いがお互いをじとりとした目でにらみ合う。

 しばらくの間そのまま睨みあっていたが

 ぷっ

「あはははははは」

「えへへへへへー」

 噴出すとそのまま笑い出してしまった。


「わぁっ! すごくかわいらしいです!」

 白い包み紙の中から出てきたのは、赤と白の花飾りと紙縒りが付いた、レトロな日本風の髪飾りだった。

「しかも、こんなに!」 

 そのほかにも金色の金細工のついたものなど、いくつかの髪飾りが続いた。

「大切にしますね!」

 そういうと紅白の花柄の髪飾りをその場で身につけた。


「おお! 気に入ってくれたんか! うれしーぜ」

 そういって真央は無邪気な、屈託のない笑顔を見せた。


「えへへへー、なんかすごくさー、女の子にプレゼントなんて、すごくマー坊君らしくないことだなってと思ったけど」

 笑いすぎてこぼれた涙を拭く奈緒。


「うん。すごくマー坊らしい」

 同じく柔らかく笑う桃。

「よく考えればさ、あいつは誰か一人のために上げるとか、そういう下心とか打算、そういうことできる男じゃないんだよな」


 二人の目の前には、葵が喜んでくれたことに対し、無邪気に喜ぶ真央の姿。


「うん。そうだよ。きっとそう」

 なおもその様子を見て微笑んだ。


 しかし

「いやー、丈一郎、お前のおかげだぜ!」

 そういって丈一郎の肩をバンバン叩いた。


「ちょ、ちょっとマー坊君!」

 慌てふためく丈一郎。


 それを全く省みることなく、上機嫌な真央。

「いやいや、お前の見立てのおかげだぜ。お前のアドバイスでみんなが喜ぶプレゼント買えたんだからよ!」


「だ、だからさ!」

 そう言って丈一郎は真央の腕を掴み、広場の片隅へと連れて行ってささやいた。

「言ったじゃん! そういうことはみんなの前で言っちゃいけないって!」

 当然だ。

 心の底からのプレゼント、本来ならばプレゼントを贈る本人がすべてを考えるべきなのだ。

 もしアドバイスを受けれいたとしても、それをてっていてきにかくすべきなのだ。


 しかし、この少年は

「なんで? お前がおれを手伝ってくれたこといわねーと、不公平だろうが!」

 全くその意図を理解していない。


「いいんですよ」

 二人の後から声をかけたのは、葵だった。

「その話し様だと、桃さんや奈緒さんにもプレゼントをお渡ししたんですよね?」

 

 同じく、奈緒が続いた。

「そーそー。なんかねー、隠し事できないのって、それこそマー坊君らしーしねー」

 にこにこと、あの甘い笑顔で言った。


「前から知っているよ」

 腕組みをして、クールな仕草を見せる桃。

「君には圧倒的にデリカシーがないってことはさ」

 そして、にやりと笑って言った。

「ま、君があたしたちにくれたプレゼント、大事な感謝の気持ちとして、ありがたく受け取っておくよ」


「釘宮さん……」

「桃ちゃん……」

 懐の深い、包み込むような少女たちの言葉に、少年たちのこころは揺れ動いた。

 少女たちに比べ、少年のどれほどの幼さであろうか。

 叶わないな、二人の少年はそう思った。


「へっ」

 真央は鼻をかいた。

「使ってくれるならうれしーぜ」


「ま、結果オーライ、かな」

 ふうっ、ため息交じりの言葉を丈一郎は口にした。


「んだよおめーはよ、大体おめーはキザなんだよ」

 そういってじゃれあうように丈一郎をヘッドロックした。


 そのじゃれあう様子を、少女たちは母親のような目で微笑みながら眺めていた。


「痛っ! 痛いってマー坊君!」

 大げさに痛がる丈一郎。


 その言葉を無視し、ぐいぐいと締め上げる真央。

「うっせーよ、ボクシングでぼこぼこにされるよりはいーだろうが。ああん?」


「……そうだ」

 真央の腕をぐいと跳ね上げると、丈一郎は静かに口を開いた。

「……ねえマー坊君、この間の、皆で見た、フリオ・ハグラーのタイトルマッチ、覚えてる?」


「ん? なんだよ急に」

 雰囲気の急激な変化に、真央は戸惑った。


「んー? あのコンゴのボクサー、ビヌワ・ブウェンゲとのタイトルマッチのことー?」

 小首を傾げて訊ねる奈緒。


 こくり、と無言でうなずく丈一郎。

 その表情は、真剣そのものだ。

「……そう。そのビヌワ・ブウェンゲなんだけど」


「何かあったのか?」

 怪訝な表情の桃。


「若きホープ、無配の挑戦者、という触れ込みでしたよね」

 とあの日の放送を振り返る葵。


「……その、ビヌワ・ブウェンゲなんだけど」

 すぅ、と大きく深呼吸をし、そして言った。

「……引退したよ。再起不能、だって。壊されちゃったんだ」

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