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    3.31(月)20:30

「いったい君はこんなところで何をしていたんだ?」

 シンプルなスチール製のパイプベッドに腰を下ろし、桃は言った。

 その言葉はいつものように冷静なものだったが、それはむしろ、努めて冷静を装っている風にも見えた。

「何か特別な用件がない限り、二階には上がってくることは禁止だって言ったじゃないか」

  

「あぁ、ん、そうだったな」

 真央は頭を掻き、どすん、フローリングの床に腰を下ろしてあぐらを掻いた。

「それは当然知ってたんだけどな。一応その特別な用件、てのがあってよ」


「特別な用件?」

 桃は訊ねる。

「いったい誰に?」


「いや、誰かっつーと」

 真央は桃を見上げるようにして応える。

「桃ちゃん、だな」


「あ、あたし?」

 桃は目を丸くして、人差し指で自分を指した。

 

「ああ。だけどよ、桃ちゃんの部屋がどこかわかんなくってな。だからこう」

 そう言うと真央は宙に額をつけるようなしぐさをし

「いやな、無断で二階に上がったのばれたら、桃ちゃんに怒られると思ってよ。だからこうやって、中に誰かいたらすぐ反応できるようにしてたんだ」


 はあっ、桃は目頭を押さえながらため息をつく。

「ねえ君、自分で自分が何を言っているか理解してる?」

 心底あきれた風に桃は言った。

「一体君は何のためにこの二階まで上がってきたのか、自分で理解しているのか?」


「そりゃあもちろん、桃ちゃんに気づかれないように、桃ちゃんの部屋を探して、んで桃ちゃんに会いに……ん?」

 “桃に気づかれないように桃に会いに行く”という、まるで“アキレスと亀”のようなパラドックスをおかしていることに、ようやく真央は気づいたようだ。

「ああ、ん、と」

 真央はくしゃくしゃと頭を掻いた。

「俺、頭わりーんだよ」


「それは知ってる」

 こともなげに言う桃。


「ほっとけ!」

 

「で、あたしに感づかれないように何をしようとしてたんだ?」

 両腕と足を組み、問い詰めるように訊ねる桃。

「そ、その、まさか……あたし……あたしたちに変なコトしようとしてたんじゃないだろうな?」 

 そう言うと桃は両手で体を抑え、警戒するそぶりを見せる。


「んなわけあるか! ああー、んっと。あーめんどくせー!」

 必死の形相で真央は叫び、桃の言葉を否定した。

 すると真央はとんっ、と軽快に立ち上がり、ベッドの上に座る桃の前に立つ。


「ちょ、ちょっと待って! 君は一体何を――」

 不意に目の前に真央に、桃はその身をこわばらせた。


 その様子を無視するように

「俺の気持ちだ」

 桃の腕をぐっとつかんだ。


「えっ……何? いきなり――」

 真央に強く腕を掴まれ、そのなすがままになる桃。

 

 すると真央は、がさごそと青い紙袋をまさぐり、意外なほどにきゃしゃな桃のの手のひらの上に

「これ、もし使えるようだったら、使ってくれよ」


 その手のひらに乗せられたのは

「これを? あたしに?」

 赤い円筒形の包みだった。

「なんで、こんなものを、君が?」


「いいからつべこべ言わんで開けてみろよ」

 真央は頭を掻きながら、伏し目がちに言った。


「う、うん……」

 こくん、と小さく

 そしてシールを丁寧にはがし、その包み紙から出てきたものは

「これは……」

 それは、透明のアクリルケースに詰められた、色とりどりのシュシュだ。

 ピンクに白にブルーギンガム、それが蛍光灯に照らし出され、桃の瞳に痛いほどだった。

「これを……あたしに?」


「さっきからそうだっつってんじゃねーか」

 真央は真っ直ぐに桃の瞳を見つめた。

「桃ちゃん、俺が生活費入れるっつってんのに、受け取ろーとしねーだろ? だから、せめて、俺の感謝の形、大したもんじゃねーけど受け取ってくれよ」


「マー坊……」

 その視線に答えるように、同じくその視線を桃はますぐに見つめる。

「あのさ……マー坊……」


「ん?」


「あのね、えっとね、マー坊」

 小さく、ためらいがちに声を発する桃。

「腕、ちょと痛い」


「あ?」

 真央は自分の右手がどのような状態であるか、改めてまじまじと見つめた。

「……」

 分厚く、ごつごつとした石のような腕が、Tシャツから延びた桃のしなやかな腕に食い込んでいた。

「! あああ! ごめん!」

 真央は慌ててその手を離した。


「……」

 桃は無言でその掴まれた場所を触った。

 そこには、まだ真央の腕の感触が残っているような気がした。


「あ、あーん、と」

 ちっ、真央は小さく舌打ちをした。

「ごめんな、急に女の人の腕なんて取っちまってよ」

 そして自嘲気味に笑う。

「俺、やっぱ女の人と、どう接したらいーのかわかんねーわ。でりかしーねーもんな――」


「優しくして」

 うつむきながら、深い呼吸を吐く様な桃の言葉。


「あん?」

 その言った意味が理解できない真央はその言葉の真意を尋ねる。


「女の子にはね」

 そして伏し目がちに真央の顔を見つめる。

「優しくして。絶対。痛くしないで」


 普段見せるクールで、時にはマニッシュでもある桃の表情からは考えられないほどのその表情。

 草原をかける雌鹿のような、しなやかで弾力にあふれていたはずのその肢体が、今は驚く程に細くはかなげに見えた。

 真央はその肢体から、そしてシュシュをプレゼントにしようと考えるきっかけとなった、美しく艶やかな髪から目を離せなかった。

「あ、ああ」

 真央は、かろうじて返答するのが精一杯だった。

「わかった……覚えとくわ」

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