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    3.8 (土)15:30

「もう勘弁してくれよ。まいったぜ」

四人掛け壁側の席に、ほこりまみれの学生服を身に纏った真央の姿。

「なんで俺がひったくり犯になるんだよ」

ホットコーヒーをすすりながらぼやいた。

 しかし真央自身、自分自身がとても優等生然として見られることはないとの自覚はある。

 むしろ、不良と呼ばれる人間に分類されてもおかしくはない見た目をしているとすら思っている。

 しかし、犯罪者として見られたことはない。

 それが少しショックだった。


「ごめんね、だって明らかにおばあさんの持つようなバッグをもって、しかもあんなに怖い顔して立っていたら」

奈緒はしょげ返ってアップルジュースのストローを咥え

「誰だって間違えちゃうじゃないですか」


「誰だってって」

 奈緒の言葉は、真央の心にさらに追い討ちをかける。

「あんたなあ、俺のどこが……」

 自分のどこが犯罪者に見えるのか、真央は奈緒に対して徹底的に問い詰めたくなった。

 しかし、目の前のかわいらしい少女の、そので落ち込んだ表情を見ると何もいえなくなってしまった。

「……あん、と。もういいよ。結果あのばあさんのバッグも取り戻せたし、何より釈放されたからな」


 パトカーに押し込められそうになった真央は、桃と奈緒、そして後から追いついた老婆の説明により釈放された。

そして三人は駅前のカフェ、“カフェ・テキサコ”に入店し、それぞれ簡単な自己紹介をしていた。


「そうだよね。結局真央君にも会えたし“終わりよければ全てよし”だよね」

 奈緒は顔を上げ嬉しそうに笑った。

 姉の桃ですら、それを見れば何もいえなくなってしまうような甘い笑顔。

「えへへへ」


「そういわれると、それはそれで何か釈然としねーけど」

 真央は顔をしかめた。

 しかし、やはりその笑顔を見た後では、言うべき言葉が見つからない。


「まあまあ、細かいことは言いっこなし。ね?」

 奈緒は再びアップルジュースのストローを口に含む。

「それにね、わたしが真央君のバッグ、警察にあずけてあげたんだよー。だめじゃん、あんなところに大切なバック放り出しちゃままにしたら」


 真央は引ったくりを目撃すると、自分のバッグを放り出して犯人を追いかけた。

 そのバッグを、奈緒は警察に引き渡していたのだ。

 あくまでも証拠品、遺留品としてなのだが。


「おお! そういえばそうだったな」

 いろいろと突っ込みどころのある奈緒の言葉の矛盾点に気がつくこともなく、真央はぽん、と手を叩く。

「ありがとな、奈緒さん。おかげで大事なバッグ、盗まれちまうところだったわ」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 えっへん、とばかりに胸を張る奈緒。

 どうやら先ほどまでこの男を犯罪者扱いしたことすら忘れているようだ。


「……」

 しかめっ面の桃。

 その二人の会話に、どこをどう突っ込めばいいのかすらわからない。

 あきれてものが言えない、という風に二人のやり取りを眺めている。

 

「あ、そうそう。そういえば真央君、すごいんだね」

 何かを思い出したように、奈緒は身を乗り出した。

「引ったくり三人をあっという間に倒しちゃったんでしょ? すごく強いんだねー」

 拳を握りしめ、興奮した様子で鼻息荒く言った。


「ん、たいしたことねーよ。ほぼ不意打ちだったしな。それに、あんな連中何人来たって、俺は負けねーよ」

 真央は頭をくしゃくしゃと掻き毟った。

 その言葉通りだった。


 自分自身の腕力に相当な自身はある。

 だがそれだけではない。

 老人のバッグを複数人で奪うような卑怯な連中に、絶対に自分は負けるはずはない、そう思ったからだ。


「それよりあんたのお姉さんに助けられたよ。あれがなけりゃぁ、あのごっつい鉄の棒で、頭かち割られてたかもしんねえからな」

そういうと、奈緒の左に座る桃を見た。

「すげーよな。あんな危険を顧みない行動できるんだからな。普通じゃ考えられねーよ。女なのに」


 その言葉を聞くと、桃は鋭い視線で真央を睨み、黙ったままレモンティーを口に含んだ。


「あーっと……」

 その思いもよらぬ剣幕に、真央は困惑した。

 女性でありながら、自分と同様の正義感をもち、それを行動移すことのできる勇気、それを真央なりの言葉で賞賛したつもりなのだが。

「んー、俺なにかまずいこと言ったか?」

 

「えー、っとねー……」

 桃にとって、“女なのに”という言葉は禁句だ。

 奈緒から見れば理想の女性像そのものであったが、桃自身は自分が“女性らしさ”という点で劣っていると考えている。

 桃自身は決して口には出さないが、妹としてその事実に気がついていた。

「えへへへー、おかしーねー」

 奈緒は苦笑いして場面を取りつくろい、あわてて話をすり替えようとした。

「それより、私たち勘違いしてたんだ。真央君のこと“まおちゃん”っていう女の子だと思っちゃってて」


「まあな、よく間違えられんだよ」

 真央はまたも頭をかきむしった。

「俺もちゃんと話が通ってるもんだとばっかり思ってたからよ」


「ほえ? でもさー、これ」

 そういうと奈緒は再び、がさごそとトートバックをまさぐり

「ほら、これこれ。これ見えなかったー?」

 真央のために一生懸命書き上げたスケッチブックを取り出した。


「もしかしたら、って思ったけどな」

 そして一口コーヒーをすする。

「でも“まおちゃん”なんてでかでかと書かれてたら、違ってたらすげー恥ずかしいだろ」


「えへへへ、そうだねー、やっぱり可笑しいねー」

とかわいらしく笑う奈緒。


「ぎゃははは、全くだ」

 と豪快に笑う真央。


 しかし

「何一つ可笑しいことなんてないんだけど」

周囲の空気を凍りつかせる一言を放つ桃。


「ん、んーと、だから真央君が改札降りてきても、お互い全然わかんなかったんだよね」

「お、おお、そうなんだよな」

 いたたまれなくなった二人は、しどろもどろになりながら話を合わせた。


「ね? 桃ちゃん」

 またも取り繕うように

「桃ちゃんもそう思うでしょ?」

 奈緒は桃に同意を求めるが


「それというのもお母さんが肝心なこと教えてくれなかったからだけどね」

 またもや桃の言葉は二人を凍りつかせた。


「うっ……」

 真央はその言葉と表情に、真央は圧倒された。

 それは、先ほど三人の引ったくりを叩きのめした真央ですらたじろがせるほどのものだった。


「えへへへ、ほ、ほら、お母さんって、いい加減だから」

 固まってしまった雰囲気をほぐそうと、奈緒は桃に笑いかけたが


「奈緒も人のこといえないだろ」

桃の言葉が奈緒に釘を刺した。


「……はい……」

 何一つ言い返すこともできず、奈緒はまたしゅん、とうなだれた。


 桃は一口レモンティーをすすり、小さくため息をつく。

「だいたいこの大騒ぎの原因も、もとはといえば奈緒の思い込みのせいなんだからな。しっかり反省してもらわないとね」


「ふぇ……」

 またも桃にしかられ、その瞳が潤む奈緒。

 ぎりぎりのところで自分に甘いということは自覚しているとはいえ、母親代わりではなく、父親の顔をのぞかせる時の桃に逆らうことはできないことを奈緒走っていた。

 ずっ、と鼻をすすると

「ま、まあまあ、もう終わったことだし。ね? ご機嫌な押して?」

 再び笑顔を作り、いつものペースを取り戻そうとした。

 それに今は味方もいる。

「真央君もそう言ってるし。ね?」


「お、おお。そうそう。もうなんてこたーねえよ。うん」

 そういって奈緒にぎこちない笑いを返す。


「いい加減にしろ!」

 ガシャン!モモは両手のひらでスチール製のテーブルを叩く。


 アメリカ西部のバーを模した店内の静寂がかき乱される。

 店員と来客の視線がこの三人に集中する。


 それを1ミリも気にすることなく桃は声を張り上げる。

「あのねえ、奈緒とお母さんのいい加減さの後始末をするのはいつもあたしなんだからな! もう少し慎重に行動しろっていっつも言ってるだろ!」


 そのあまりの剣幕に、店員も来客も、皆目をそらすしかなかった。


「えへへー、そーだねー」

 奈緒は照れ隠しには頭をかいた。

 店員たちの視線が集中したことではない。

 いつも桃にあらゆる物事の尻拭いの後始末をさせているのを、自分自身も、そしておそらくは母の京香自身も自覚しているからだ。

「あ、でもでも、あたしだって恥ずかしい思いしたんだよ。あのパンダの耳のカチューシャしたまま交番に行ったから、その説明をするだけで結構時間取られちゃったんだ。おかしいよねー」


「ぎゃははは、そいつはおかしーな」

 真央もそれにつられて口元をほころばせる。


「えへへへへー」

 真央の笑い声に、気持ちが和らいだなおも柔らかく笑う。


「ああー、もう…」

 いったい自分の気苦労を誰がわかってくれるんだろうか、マイペース過ぎる母親と妹、そして目の前にはさらにマイペースな少年が1人、桃は二人の会話を聞いているだけで気が滅入った。

 これ以上話をしていても時間の無駄だ、そう考えた桃は目じりを人差し指で押さえ

「えっと、とにかく真央君、て呼べばいいのかな。」

 真剣な面持ちで真央に相対し

「本当にごめんね。君がバッグを取り返してくれたこと、もっとしっかりと警察に説明できればこんなことにはならなかったのに」

 真央に深々と頭を下げた。


「お? おお」

 桃の様子を見て、真央も姿勢を正した。

「いやいや、さっきも言ったけど、もうそんな話はいーよ」

 そしてにいっ、と笑い

「もう終わった話だ。全然気にしてねーからよ」

 と返した。


「そう」

 その言葉を聞くと、モモはその頭を上げた。

 その表情もまた、真剣なまま。

「謝りついでで悪いんだけど、言っておかなければならないことがあるんだ」


「なーに? 桃ちゃん」

 お気楽なな表情で訊ねる奈緒。


 のほほんとした奈緒に取り合うこともなく

「ごめん。やっぱり見ず知らずの男の人を何日間も泊めておくことはできないんだ」

 再び深々と頭を下げた。

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