3.31(月)20:00
読めば読むほど、自分の力のなさにへこむことばかりですが、バカはバカなりに頑張ってみようと思います!
よろしければ、読んでくださった方、ご自分の作品をご紹介いただけると嬉しいです。
勉強させてください。
ギィ、ギィ、ギィ
一階から二階へ続く白い階段を慎重に昇る秋元真央。
相変わらずの着古した学生服のズボンに、グレーのスウェットといういつもと変わらない姿。
その手には、3時間ほど前に購入したプレゼントが詰まった濃いブルーの紙袋。
赤の他人の自分を、いくつかのトラブルは有りながらも受け入れてくれた釘宮姉妹。
その恩人に心の底からのお礼がしたいという、一切の打算のない、まじりっけなしの純粋な気持ち。
それを生まれて初めて形にするという、今までの自分には絶対できなかったことを初めて実行に移した。
こそばゆいような恥ずかしいような感覚が胸の真ん中から体中に広がっていくような気がする。
だからこそ、だ。
今まで生まれてこの方、まごころを形にして人に渡すなどという事を経験したことがない。
そのため、その手に持ったまごころを、どのようにして渡せばいいのか皆目見当がつかない。
どんなに考えても、自分にはどこかわざとらしく、場合によっては気障ったらしくも感じられる。
「……ああ、くっそ……」
足元の慎重さが、心の中の逡巡をよく表していた。
この男がリングの上で見せる溢れ出んばかりの闘争本能は、こと人間関係に関しては全く該当しなかった。
しかし、ここまで来て渡さないわけにはいかない。
自分の心に嘘をつけるような器用さなど持ち合わせてはいなかった。
内装まで白で統一された地中海風の白亜の豪邸は、二階までもがまるでホテルのスィートルームと見まごうばかりだった。
階段から見て一番手前の部屋、そこに釘宮奈緒の部屋がある。
まずは奈緒に、自分のプレゼントを渡そう、そう心に決めた。
――スゥゥゥ――
鼻腔から大きく息を吸い、それを肺活量目いっぱいまで胸に貯め
――シュゥゥゥゥゥゥゥ――
ゆっくりと吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
考えたって無駄だ。
不器用でもいい、とにかく自分の心を伝えよう、その心は決まった。
コンコンコン
右手中指の第二関節で部屋のドアをノックする。
「……はーい……」
白い扉を通してもわかるかわいらしい声。
「……ちょっと待って。今上着るから……」
部屋の中で奈緒は完全なプライベートの、無防備な姿でいるようだ。
「……」
その言葉に、何を想像したのだろうか、真央は紙袋を持ったまま俯くしかなかった。
しばらく部屋の中から物音がした後、カチャリ、とドアが開けられる。
「ごめんねー桃ちゃん、時間取らせちゃって……」
姉の桃と勘違いしたのだろう、にこにことドアを開ける。
しかしそこにあったのは姉の姿ではない。
「……」
少しづつ視線を上げていく。
身長の高い姉よりも、さらに高い位置に視線を感じる。
しばしの混乱の後、目の前に立つ男が誰か、ようやく認識できた。
「!」
「よ、よぉ」
小さく敬礼するようなしぐさを見せる真央。
「ちょっと、時間くれねーかな」
すると奈緒は、真央の手を強く引っ張り
「早く!」
この少女からは考えられないような強い力で真央を部屋の中に引き入れた。
「お? おお」
不意を突かれた真央は、その手に導かれるように部屋へと足を踏み入れた。
「もー、びっくりしたよー。桃ちゃんが来たのかと思ったら、マー坊君がいたんだもん。もしこんなとこ桃ちゃんに見られたら、絶対に怒鳴られちゃうんだから」
デスクチェアに腰かけながら奈緒は小さく笑った。
「あ、そ、そうだな。すまねーな」
「あ、ほかに座るところないから、ベッドに腰かけてね」
そう言って右手をベッドに差し出した。
「ああ、そうさせてもらうわ」
といいながらも、真央は遠慮してベッドを背もたれにするような形で床に腰かけた。
「……」
真央は周囲を見回した。
もともと大豪邸であるのは知っており、自分自身の部屋の大きさを考えれば、奈緒の部屋がこれほど広く作り上げられているのは当然の事だ。
しかし、その内装は地中海風の家とは正反対のキュートなものだった。
窓辺や棚にたくさん並べられたぬいぐるみの数々。
がっしりとしたアンティーク調のウッドデスク。
カーペットの上にはゴシック風のスティールのテーブル。
初めてこの釘宮家に足を踏み入れた時とはまた違った意味で、これほど可愛らしくしつらえられた部屋を見たことはなかった。
「どうしたの?」
その落ち着かない様子を見て、奈緒は訊ねた。
「ん? ああ、何かすげー可愛らしい部屋だと思ってよ」
そう言うといつものように頭をガリガリと掻いた、
「なんか、女の子の部屋は言ったの初めてでよ。なんか、こう、落ち着かねーもんだな」
「え? そう、かな?」
可愛らしい、という言葉に奈緒は少々顔を赤らめた。
「わ、わたしも、ね、男の人、部屋に入れたこと、初めてなんだけどね……」
そう言うと奈緒はもじもじと両手を太物の間に挟み、真央から視線をそらした。
「あ、そ、そうか」
その様子に、真央も視線をそらさざるを得なかった。
それも当然の事だ。
ショートパンツにカットソー。
時折真央を悩ませるグラマラスな肢体がはっきりと見て取れる。
妄念を打ち消すように頭を振ると、再び部屋の中を見回した。
「ん?」
あることに気づき、立ち上がってそこに近寄った。
そこにあったのは
「おお! すげー! これ、シュガー・レイ・レナードのポスターじゃねーか!」
「え? あ、わかった? さっすがマー坊君」
奈緒は真央の横に並び、そして慈しむようにポスターをなぞった。
「このポスターね、お母さんがくれたの。わたしが小学生の時、お母さんがプレゼントしてくれたんだー」
「ボクサーのポスターを? プレゼントに?」
思いもかけないその答えに、真央は少々困惑した。
「奈緒ちゃんたちのお袋さんってよ、変わった人なんだろーな」
「えへへへ、よく言われてるよー」
へにゃっ、とした柔らかい微笑みを返した。
「桃ちゃんにはね、あたしとお母さんは、ほんとに似た者同士、なんていわれるけどね」
そしてその横に並べて貼ってあるポスターに指を移し
「こっちはね、お母さんが外国によく行くようになってから、ちょくちょく送られてくるお土産だよ」
「ウィルフレド・ベニテスにアレクシス・アルゲリョか。有名ボクサーばっかだけどよ、こんなん中学生の女の子に送るか? 普通」
真央は苦笑いを浮かべた。
「そうだね」
奈緒はまた小さく笑った。
「だけどね、わたしは嬉しいよ。ちょっと普通の形とは違うけど、大切な人の心がこもったものだったら、貰って嫌なものなんてないよ」
「……そうか……」
奈緒の横顔を見つめながら、真央は再び大きく息を吸い、そして吐いた。
そして手に持った紙袋の中から、丁寧に包装された包みを出した。
「あ、あのさ、これ……この一か月間のお礼、って思ってくれるとありがてーんだけど……」
そう言いながら、おずおずとそれを差し出した。
「ほえ?」
不意を衝く真央の言葉に、奈緒はふとその声の方を見た。
「……これ、私に?」
「なんつーかさ、大したものじゃねーんだけどよ」
真央は頭を掻きながら明後日の方向を向いて言った。
「あけてもいい!?」
興奮した声をあげる奈緒。
「当然だろ? 奈緒ちゃんにあげたんだからよ」
「うん!」
言うが早いか、とは言いつつも慎重にその包みのシールがはがされた。
「あー! かわいー!」
その手に握られていたのは、カチューシャだった。
「これ? ねえこれ! マー坊君が選んでくれたの?」
「ん、まあな」
照れ隠しするように、ニイッと口をゆがめた。
「初めて奈緒ちゃん見たときよ、何か猫の耳見てーなもん頭に飾ってたよな? それがすげーかわいーなって思っててよ」
「そ、そんなこと、ないよ」
そう言って奈緒は顔を赤くした。
「でも、すっごく嬉しい。高校の入学式の時、絶対つけていくからね?」
「そっか、奈緒ちゃんももう高校生なんだな」
「うん」
にっこりと、丸く笑った。
「マー坊君も私たちとおんなじ、聖エウセビオの生徒になるんだね。それで、六月にはインターハイ予選。これから大変だけど、わたしね、すっごく楽しみにしてるから」
「ああ、俺もだ」
目を細めるようにして奈緒を見た。
「……」
その真央の顔をじっと見つめる奈緒。
そう言えば、ここまでまじまじと真央の顔を眺めたことは初めてかもしれない。
屈強な肉体に意識することはなかったが、その顔が意外にも整っていることに驚いた。
自分自身の鼓動の高鳴りをはっきりと認識する。
この音がこの目の前の男の耳に届いてしまうかもしれない、そう思えるくらいの胸の高鳴りだった。
「……えい」
ふと、奈緒は真央の腹を指でつついた。
「お? おぅ?」
不意を突かれたな真央は、脇にくすぐったさを感じ身をよじらせる。
「な、なにすっだよ!」
「えへへへへ、前からね、ちょっと触ってみたかったんだ。マー坊君のお腹」
そして奈緒はその指で自分の腹をつつき
「本当に全然脂肪ないんだね。あれだけいっぱい食べてるのに。ほんとにうらやましーな」
「そ、そうか?」
真央の頭に、今朝味わったばかりの奈緒の柔肌の感覚がよぎる。
その様子を見て
「えへへへへへー」
いつもの甘えるような声で笑って言った。
「マー坊君、ありがとっ! 大切にするね!」




