3.31(月)17:00
調子に乗って書き上げました!
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シュゥ……ン
自動扉が小さな音を立てて開く。
「いらっしゃいませ」
中年の店長の軽快な声が響く。
「何名様ですか?」
その店はカフェ・テキサコ。
真央が初めて釘宮姉妹にあった日、妹の奈緒の勘違いで起こされたひと騒動の後、彼女らに連れられて入ったカフェだ。
「二名だ」
一足先に入店した真央は、指でジェスチャーしながら応えた。
「はい、じゃあ奥の席へどうぞ」
にこにことした様子で店長は奥の席へ真央と、その後についてきた丈一郎を案内した。
偶然にも、その席は初めてこのカフェ・テキサコに入店した時と同じ席だった。
「おう」
促されるまま、真央はスチール製の椅子に腰かけた。
「それじゃ、失礼して」
丈一郎は無造作に置かれた真央のクラブバックを、よいしょと跨ぐと
「どっこいしょ」
真央の向かいの席に腰を下ろした。
「お前、意外とおっさんくせえんだな」
丈一郎の意外な態度に、真央は顔をしかめた。
「あれ? 君以前も来てたよね」
プレート上の氷水の入ったグラスとメニュー表を二人の前におきながら店長は言った。
「あ? それがどうかしたか?」
ぶっきらぼうに真央は言った。
「いやいや、その最近じゃ見ない型の学ランとか、その、なんというかもじゃもじゃの頭、すごく印象に残ったからさ」
店長は、明らかに営業スマイルではない類の笑顔で言った。
おそらく、営業そのものよりも、足を運ぶ客とのやり取りを重要だと考えるタイプの人間なのだろう。
「髪型の事はほっとけよ」
真央は頭をくしゃくしゃと掻きむしる。
「ところで、今日はあのかわいい女の子たちと一緒じゃないの?」
そう言うと店長は向かいに座る丈一郎の顔を見た。
そしてニヤリ、と笑うと
「でもまあ、今日はなかなかにかわいい男の子と一緒だねえ」
「か、かわいい?」
その言葉を聞くと、丈一郎は少し顔を赤らめた。
「そ、そうですか、ねえ……」
「くだらねーことはいいからおっさん、早くメニュー表よこせ」
そう言うと真央はプレートの上からメニューをひったくった、
そして丈一郎の方を見て
「お前もいちいち顔を赤らめんな」
「で、僕への相談って、一体何?」
注文を終えると、丈一郎は早速の本題を切り出す。
「僕が相談に乗れること、あればいいんだけど。まさかの恋愛話?」
身を乗り出し、目を輝かせる。
「あほか、気持ちわりーんだよ」
そう言うと真央は丈一郎の頭を小突いた。
左手に頬杖をついたまましばらく視線を中空に泳がせた後
「あのよ」
丈一郎の目に視線を合わせ
「笑わねえか?」
「う、うん」
その様子に丈一郎は姿勢を正し、真央の前に向き直る。
「……あのよ……」
そしてまた髪の毛を掻き毟りながらうつむき
「……あのよ、桃ちゃんたちに、プレゼントをしてーんだ……変じゃねえかな?」
「……」
きょとん、として丈一郎は真央を見つめ
「……別に、いいんじゃないかな、と思うんだけど……」
「本当か?」
その言葉に反応するかのように、真央は顔を上げた。
「なんか、気持ち悪いとか、思われねえかな?」
「ははっ、気にしすぎだって」
丈一郎は軽やかに笑って見せた。
「すごい真剣な様子だったから、どんな重大な相談かと思ったよ」
「俺には重大なことなんだって!」
今度は真央が顔を真っ赤にしてテーブルを叩いた。
「俺は女にプレゼントとかしたことねーんだよ! だいたい俺見てーな男がプレゼントするなんて、そういう柄じゃねーだろーが!」
「ははっ、考えすぎだって」
事もなげに丈一郎は言う。
「お礼の気持ちを込めてプレゼントをするんだよ? 全然そんなことない思うんだけど」
「そ、そうかな?」
眉を顰め、真剣な様子で真央は身を乗り出した。
「いやな、以前生活費くらいは家に入れるよっつったんだけどよ、そういうの、桃ちゃんたち受け取ろーとしねーんだよな」
はあっ、と大きなため息をつき、言葉を繋げる。
「今日それなりの金を受け取ったんだけどよ、何もしねーでこのまま一緒に暮らすなんて、俺の義理が立たねーよ。そう思わねーか?」
「義理とか、そういう感覚は僕にはわからないけど」
小首を傾げて丈一郎は言った。
「だけど、僕もお金じゃなくて、何か心を込めたプレゼントとかの方がいいと思うよ? 釘宮さん家、どう見たってお金に困る風には見えないし。だからその選択は、うん。正解だと思う」
「そ、そうか。正解か……んじゃよ」
ふう、っと大きく息を吐き、そして言った。
「じゃあよ、何あげたらいいのか教えろよ」
その言葉を聞くと、丈一郎は腕を組んで唸った。
「うーん、それはマー坊君が考えた方がいいと思うんだけど」
「それがわかりゃあ苦労しねえんだよ」
再び頬杖をつき、壁にかかった抽象画に目をやりながら真央は言った。
「じゃあ例えばさ」
人差し指で天井を指すようなしぐさを見せて
「今までもらったプレゼントで嬉しかったものは何か、とか考えて、それをあげたらいいんじゃない? やっぱりさ、プレゼントって自分が貰て嬉しかったものを上げれば間違いないと思うよ?」
「あ、ああんとさ」
先ほどの体制のまま、真央は言葉を続けた。
「俺さ、今まで生きてきた中で、そういうプレゼントとかもらった記憶がねーんだよ」
そしてちらりと丈一郎に視線をやり、そしてすぐにまた視線をはずし
「だから、こういう時どういうものを送ればいいか、全然見当がつかねーんだ」
「……」
真央の言葉に、丈一郎は返す言葉がなかった。
当然の事だ。
丈一郎が今まで生きてきて、誕生日に、クリスマスに、親や親せき、友人からなにがしかの形を伴ったプレゼントをもらってきた。
周囲を見回しても、程度の差こそあれ皆に通った環境にあると思っていた。
そのような環境こそが、いわば常識であると思っていた。
ならば真央が嘘をついているのだろうか。
いや、この男は嘘をつけるほど器用な男ではない、わずか一か月足らずの付き合いではあるが、それはわかっていた。
だからこそ、この目の前の男は、一切の混じりっ気のない真実を口にしていることが一体ほど伝わって来た。
この少年は、いったいどのような環境で生きてきたのだろうか。
そう考えると、丈一郎は何としてもこの男の力にならなくては、と考えた。
「じゃあさ……例えばさ……花とかはどう?」
「花か」
真央は気乗りしない様子で言った。
「花を上げるなんて葬式じゃあるまいし」
「ははっ、普通はそんな風には考えないよ」
丈一郎は苦笑いした。
「女の子って、花をあげるとすっごい喜ぶよ」
「んー、それになんか気障ったらしくてな」
「そんなことないよ。女の子はみんなお花が大好きさ」
カチャリ、真央の前にソーサーとコーヒカップが置かれた。
「はい、お待たせしました。君はブレンドだったね」
「そうだよマー坊君。感謝の気持ちを込めて、お花をプレゼントするなんて、どう?」
それに乗るように、丈一郎は言った。
「あ、アメリカンは僕です」
そう言って小さく手を挙げた。
「はい、どうぞ」
かちゃり、同じように丈一郎の前にカップを据えた。
そして、真央の方を見下ろして
「君、もじゃもじゃ君。プレゼントをあげられるような女の子がいるってだけで幸せだと思った方がいい」
「あ? てめーに何がわかるってんだよ」
面倒くさそうに真央は言った。
マスターはふっ、っと笑うと
「君がプレゼントを上げようって相手は、あの美人の女の子だろう? だったら意地を張らずに、もじゃもじゃ君の――」
「おう、大将! ラガーの追加だ!」
カウンター席から荒っぽい声が響く。
「さっきから言ってんだろうが! さっさとしねえか!」
マスターは一転して苦虫をかみつぶした表情になり、いらいらした様子で振り返った。
「大将はやめてくれっていてるじゃないか、山さん。俺はこの店のマスターなんだよ」
「あ? うるせえな、さっさと持ってきやがれ」
そして空になったグラスを掲げて訴える。
「ラガーだよラガー。ら・が・あ!」
「……あのアル中親父」
山さんに聞こえないような小さな声で呟いた。
そして今度は怒鳴るような声で
「ミキちゃん! ユウちゃん! 誰か山さんにラガーの追加だよ!」
「――すいませーん、今こっちの手が離せないんでー――」
他の客の接客に忙しい女性店員たちの声が店の反対側から響く。
「ぎゃはははは、呼んでるぜ大将。さっさと戻れよ」
白い歯をむき出しにして笑う真央の声。
「あのじいさん、ほっとくとめんどくせーんじゃねーのか?」
「……」
カフェのマスターの権威も形無しになった大将は、無言でカウンター席へと引き換えした。
「何をプレゼントするべきか、だけど」
ズズッ、アメリカンを小さくすすろうとすると
「あちっ」
猫舌なのだろうか、今度は念入りにカップに息を吹きかけ
「本当に感謝していて、心からお礼がしたいって思うなら、やっぱり、マー坊君が考えるべきだと思う」
きっぱりと丈一郎は言った。
「例えば、マー坊君が、女の子からじゃなくてもいいから、もらって一番嬉しいものってどんなものだと思う?」
「なんだろーな」
一方マー坊は、ブレンドコーヒーに一口も口をつけずに言った。
「少なくとも、花とかもらってもあんま嬉しくねーな。花なんかもらっても持て余しちまうし。それに、せっかくもらったもんがだんだん枯れてくのなんて見たくねーよ」
「でも、咲き誇る時があるから、花なんじゃないのかな?」
「……必ず枯れるんだよ、花はよ……枯れるものをただ何もできず眺めるままなんて、悲しすぎるだろうが」
真央はそう言うと、そのまま口を閉じてしまった。
「……まあ、確かにそうだけど……」
その真央の様子に、丈一郎は少々たじろいだ。
その言葉が、普段のこの男には考えられない言葉だったからだ。
花は確かに枯れる、それは真理だ。
しかし、真央のその言葉の裏には、その単純な意味を超える、何かもっと深い意味が隠されているように思えた。
それがいったい何を意味するものなのか、丈一郎は訊ねようとしたが、その深く沈んだような真央の横顔を見ると、もはや何も言えなくなってしまった。
「じゃあ、さ。何か形に残るももならいいんじゃない?」
「……そうだな……」
その提案には、真央も心を動かされたようだ。
「形になって、できれば、日常的に使えるものがいいかも知れねーな」
「だとすると、バッグとかお財布とか、そういうのは喜ばれると思うけど」
丈一郎は再び腕組みをして熟考するそぶりを見せ
「そういうのってどっちかって言うと、誕生日とかの方がいいかもしれないね」
「誕生日にプレゼントを贈る風習が実在することに驚くわ」
真央は顔をしかめた。
「まあまあ」
丈一郎は苦笑いをし
「だからさ、日常的に使えるもので、もっとライトなものをあげればいいんじゃない?」
「ライトなものねえ……」
今度は真央が首を傾げる番だった。
「ライトなものっていわれても、全然見当がつかんわ」
「難しく考える必要はないよ」
そう言うと丈一郎は目を閉じ
「ねえ、マー坊君も閉じてみて」
丈一郎が促すと
「お、おう」
促されるままに真央は目を閉じた。
「まずさ、釘宮さんと奈緒ちゃんのことを、よーく頭の中で思い浮かべてみて?そして、その姿に一番しっくり来るものは何か、言ってみて? そしたら、それが答えだから」
目を閉じた真央に対し丈一郎が語り掛ける。
「どんな姿が見える?」
「どんな姿?」
その言葉に従い、真央は桃と奈緒の姿を胸に描く。
まずは奈緒。
初めて会った時、声をかけるのを躊躇するほどに可愛らしい姿だった。
パンダの耳のカチューシャに小さなしっぽ。
くるくると、子犬のようにはしゃぎまわる姿。
大きなぱっちりとした目は、人懐っこい可愛らしい表情を強調する。
蜂蜜のような甘い声。
ふわふわと風に舞い踊る、やや栗色の軽くウェーブのかかった髪。
そして
ミニスカートから見えたシマシマのパンツ。
さらに
水着の上からもわかる
中学生離れした、張りのあるふくよかな胸。
「うぉおおうっ?」
あたふたと真央は宙をもがくようなしぐさで叫んだ。
「? どうしたの?」
ぎょっとした様子の丈一郎。
「な、なんでもねえ!」
そう言うと、真央は心に浮かんだ映像を掻き消すように頭を振り、再び目を閉じる。
奈緒じゃない、桃だ。
今度は桃の姿を思い浮かべる。
初めて会ったのは、女だてらに三人のひったくりを追いかける姿だった。
小馬のような軽やかさとストライドで風のように飛んでいくその後姿。
後にきゅ、とまとめられた絹のようなつややかな長い髪、まさしく駿馬の尾だ。
170cm近い長身から延びたすらりと長い手足。
一見クールで近寄りがたい表情は、長いまつげと大きな瞳により引き立てられていた。
世の中の女性が望んでやまないものを持ち合わせた、勝ち誇ったような美しさだった。
「……」
その姿を思い浮かべると、自然とこの一か月の様々な出来事が胸に浮かぶ。
思えば、こんなに近くに女性がいたことなど、いまだかつてなかったことだ。
女性と一緒にいて、これほど自然に感情が発露するとは思わなかった。
しかも、これほど美しい女性が自分を一人の対等な人間と認め接してくれるとは考えすらしなかった。
衣食住を提供してくれるだけではない、今まで感じたことのない、自分には言葉にすることのできない、何か“あたたかいもの”が与えられたような気がする。
この言葉にできない“あたたかいもの”を与えてくれた少女に、“ありがとう”を形にして返さなければならない。
これは義理なんてものではない。
心の問題なのだ。
「……何か見えたんじゃない?」
先に目を開け、真央の顔を見つめていたのは丈一郎だった。
「うぉおおうっ?」
再び真央は、あたふたと宙をもがくようなしぐさで叫んだ。
「てめえ! じろじろ見てんじゃねーよ!」
「まあまあ」
丈一郎はにやにやと両肘で頬をついた。
「で、結局何か見つかった?」
「まあな。つっても漠然としたもんだけどよ」
そう言うと真央はぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、クラブバッグを肩にかけて立ち上がり
「ま、とりあえずサンキューだわ。ここはおごるからよ、もーちっと付き合ってくれや」
「はいはい」
丈一郎はそういうと、クラブバッグを持って立ち上がった。
「今日はどこまでもお供しますよ」




