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    3.31(月)16:45

アクセス増えたのをいいことに、馬鹿な自分は調子に乗って文章をつづりました。


何とかはおだてりゃ木に登る、の精神で頑張って書きます。


ブックマークとか、評価、何でもいいのでお願いします!

「あ、マー坊君。お疲れ様」

 伝統と格式を誇る聖エウセビオ学園の一階、事務室前には丈一郎の姿が。

 校外の来客が最初に足を踏み入れる、いわば学校の顔とも言える場所だ。

 ふかふかの白じゅうたんの上には、しっかりと織られた赤いカーペットが奥へと続く。

 丈一郎は来客用の革の椅子の前に座り、手には小さな文庫本。

「ごめんね。今日がマー坊君の学力テストだったってこと忘れてたからさ。葵ちゃんのメールを見るまで、全然気がつかなかった。そうそう、だからこれ……」

 そして鞄の中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、いつものあのさわやかな笑顔で真央に差し出した。

「奈緒ちゃんは家事の当番だから、って言って先に帰ったよ。お詫びってわけじゃないけど、飲んで」


「……おお、サンキュな……」

 いつもの覇気もなく応える真央。

 ペットボトルの曲面に観賞用のゼラニウムの形がゆがんで映る。

 ペットボトルの口を開けるでもなく、それをそのままクラブバッグのポケットに突っ込んだ。


「あれ? マー坊君、おなか押さえてるけどどうしたの? 風邪でもひいた?」

 心配そうに訊ねる。

「それに鼻にティッシュつめてるけど、どうしたの? この時期にのぼせでもしたの?」


「ああ……丈一郎も気をつけたほうがいいぜ」

 ニヒルな表情で真央は言った。


「それに釘宮さんと葵ちゃんも一緒にいるって聞いたんだけど、帰っちゃった?」


「……まあ、いろいろあってな……」

 先ほどの嵐のような一連の出来事を位置から説明するつもりもないしできるはずもない。

 真央は頭をかいてそれをごまかした。

「ところでよ、お前こんな時間までなにやってたんだ?」

 話の流れを変えるかのように

「お前こそ、てっきり先に帰ったもんだとばかり思ってたけど」


「ほら、今日一緒に事務室に来るように言われてたじゃん」

 ガサガサ、丈一郎はクラブバッグの中から封筒を取り出し

「ほら、見てよ」

 封筒の中からプリントを開いて真央に渡した。

「マー坊君のクラブコーチ料とか、いろいろ事務手続きがあるらしいからさ。っていうか、おんなじ封筒もらってるでしょ?」


「……そういや、そんなんあったかなあ……」

 真央は首を傾げたが、どうも完全に記憶の中から消え去っていたようだ。

 首を傾げた真央の目に、派手な額縁の大きな風景画が写った。


 その様子に丈一郎は苦笑い。

「とにかくさ、事務室いこうよ。事務の人も待ってると思うから」

 そういうとクラブバッグを肩に掛けて立ち上がった。


「そうだな。事務手続きとかめんどくせーからな。とっとと終わらせようぜ」

 そういうとポケットに手を突っ込んだままきびすを返し、事務室の扉へと向かった。


「あ、待ってよ」

 丈一郎はあわててその後につく。

「まったく、マイペースなんだから」

 あきれたようなその言葉とはうらはらに、その表情は柔らかだった。




「マジか? こんなにもらえるんか?」

 明細を見た真央は驚きの声を上げた。

 鉄造りのがっしりとした扉を開たところにすえられたカウンターは、まるで地方の県庁を思わせるような清潔さと、現実的な効率性が伝わってくる。

 その清潔な空間に、真央の大げさな声が響いた。

「こんなんもらってほんとにいいんか?」


「うふふっ、そんなに喜んでもらえるとちょっと嬉しいわね」

 カウンター越しの椅子に座る、痩せ型の中年女性がにこにこと笑う。

「せっかくお金を支給するんだから、喜んでもらえるならこっちも嬉しくなるわ」

 うふふっ、佐藤とかかれたネームプレートをつけた女性は、会話のたびに笑い声を上げた。

 どうやら相当の笑い上戸のようだ。

「それじゃあね、秋元君、ここに印鑑を押してくださいね。うふふっ、受け取りの証明となりますからね」

 うふふっ、小さく体をゆすりながらにこにことして言った。


「あ、ああ、っす」

 そういうと真央は体中をまさぐるような仕草を見せ

「……すんません、俺、印鑑とか持ってねえ……」


 うふふっ、相変わらず佐藤は体をゆすりながら笑っていた。

「じゃあいいわよ。ここにサインしていただければそれで証明になりますから。うふふっ」

 そして机上のペンたてからボールペンを取り、真央に差し出した。

「ここに書いてくだされば、うふふっ、結構ですよ」


「すんません」

 頭を下げながら真央はボールペンを受け取り

「これでいいっすか?」

 署名を行い示した。


「はい、これで大丈夫です」

 そういうと真央から書類とボールペンを受け取り

「ええと、それじゃあね、川西君、秋元君がコーチとして出校した日に間違いがないか確認して、ここに印鑑をお願いします」

 今度は丈一郎に書類を渡した。


 丈一郎は手元から手帳を取り出し、その日付と日数を確認すると

「大丈夫です」

 そういって認め欄に押印した。


「はい。これで大丈夫です」

 真央にかけた言葉と同じ言葉を、これまたにこにことして丈一郎にもかけた。

「あ、あと秋元君、転校に関わる書類は一通り届きましたから。これで明日以降この学園に正式に所属になりますので、今後の書類作成などはこの事務室に言ってくださいね」

 にこにこと笑いながらも、あくまでも現実的な口調で佐藤は言った。




「そっか、明日から四月、新年度が始まるのか」

 しみじみと丈一郎が声を上げた。

 真央と二人で男同士、夕焼けに映える桜並木の間を歩く。

「僕たちも二年生に進級か。あっという間の一年間だったよ」


「全くだ」

 真央はポケットに手を突っ込んだまま、丈一郎の横を並んで歩く。

 ジャリッ、ジャリッ、真央の靴が舗装用に敷き詰められた、茶色と白のモザイク模様のレンガの上に散乱する砂利とこすれて音を立てる。

「一年経ったから、いよいよ丈一郎も大会にでられるな」


「うん。そうだね」

 丈一郎はぐっと拳を握って言った。

「このために一年間、一生懸命頑張ってきたんだ。マー坊君のコーチも受けたんだから、何とか一勝したいな」


「ぎゃははははは、相変わらず大げさなんだよ」

 人差し指の先で丈一郎の頭を軽く小突いた。

「ま、まずは関東とインターハイ予選か。とにかく頑張ろうや」


「うん」

 丈一郎は笑って言った。

「そういえば、前いたジムの在籍証明書、届いたの?」


「ああ」

 びっ、とサムアップし

「ま、後もろもろ書類をそろえれば、俺もいよいよデビューだぜ」

 そしてニヤリ、と笑った。

「不思議なもんだよな。ついこの間までは高校辞めてプロになるつもりで出てきたのによ。ジェットコースターにでも乗ってる気分だぜ」

 

「それにさ、いよいよマー坊君と同じ学校に通えるんだよね」

 心躍らせるかのように丈一郎の声が弾む。

 夕日は徐々に地平線へと傾き、その顔を赤く照らした。

「テストの出来どうだった? 同じクラスになれるかな? なれたら嬉しいね」


「……」

 その言葉を聴くと、真央はがっくりと肩をとした。

「……どうもその期待にはこたえらんねー見てーだわ……」


「そうなの? 一年生の、ごく基本的な範囲の内容だって聞いていたんだけど」


 はあっ、この男には珍しい大きなため息が漏れた。

「……お前らの基本を俺の基本と一緒にすんなよ……」

 そして両手でぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き毟った。

「あー! もう、なんで俺こんなに頭わりーんだよ! くそっ!」


「まあまあ」

 丈一郎は苦笑した。

「でもさ、せっかく広島を離れて、東京の学校に通うことになったんだからさ、ボクシングだけじゃなくて、高校生活を楽しんだらいいんじゃない?」


「……そうだな……」

 うつむいたまま真央は言った。

 足元に転がる小石を見つけると、ぽん、とそれを蹴り飛ばし

「“花の都に憧れてェ、飛んできましたァ一羽鳥ィ”ってな」


「? なにそれ?」

 突然の聞きなれない言葉に丈一郎は戸惑った。

「何かの詩?」


「なんでもねえよ」

 ニイッ、と笑った。

「それよりよ、ほんとにこんな金もらっていいのか? 俺こんなに現金持ち歩くの初めてだぜ」

 そういうと学生服の胸ポケットを握り締めた。


「マー坊君の稼いだお金だよ」

 そういうと丈一郎はファイティングポーズをとり

「聖エウセビオ学園の、僕のコーチを一ヶ月近く、ほとんど毎日勤めてくれたんだから。それくらいは当然じゃない?」


「別にお前の金じゃねーだろが」

 そういうと真央は再び丈一郎の額を指で小突いた。


「ははは、そうだね」

 丈一郎は照れ笑いをした。

「そういえばさ、学費とかはどうするの? その中から出すの?」


「学費か……」

 再び真央はポケットに手を突っ込んだ。

「一応、じーさんの収入明細とか出したらよ、減免措置とか奨学金とかでほとんど払わなくてもいいらしいんだわ。この学校、本当に金持ってんだな」


「まあ、見ての通り、だよ」

 丈一郎は周囲を見回した。

 真央や丈一郎が汗を流す、屋内プールとシャワールームを併設する体育館。

 シリコン製のトラックを有するアスレティックフィールド。

 それ自体が文化財に指定されている格式高い第一号館正面玄関と、いくつもの付属棟を有する教室棟。

 そして電子黒板などの教育機器を配備した各教室。

 古い歴史と最新鋭の教育が同居する、まさしく伝統に裏付けられた進学校の姿だ。

「もともとは伝統的なお嬢様学校だったし。OBOGからの寄付もかなりのものらしいから。大体釘宮家だってかなりのお金持ちって感じだもん」


 そう話す丈一郎を、真央はじとりと見つめ

「じゃあよ、丈一郎、お前んちも結構な金持ちなんじゃねえの?」


「僕の家?」

 そういうと丈一郎は首をかしげ

「僕の家は普通の公務員だよ。さすがに釘宮家とか、葵ちゃんの家見たいにはいかないよ」


「ふーん」

 そういうと真央は背中を丸めた。

「いやな、心配なことがあってよ」


「なあに?」

 きょとん、として丈一郎は訊ねる。

「お金のこととか、事務手続きだってほとんど終わったじゃん。それでも何か心配なこととかあるの?」


「あぁん、と」

 右手でもしゃもしゃと頭を掻き毟り



「俺、この学校になじめんのかな。つうか、友達とかできんのかな」




 思いもよらない真央の言葉。

 丈一郎は一体このいかつい男が何を言っているのか理解できず、一瞬表情が凍りついた。

 しばしの沈黙が続いた後

「ぷっ」

 その言わんとするところがようやく理解でき、溜まらずに吹き出してしまった。

「あっははははははははは」

 そして腹を抱えて笑い出した。


 その様子を苦々しく見つめる真央。

「だってよ、通ってた高校男子校だし。それに周りの連中、都会の金持ちだしよ。なんかこう、結構不安になってくるぜ……」


「あははははは、意外と、かわいいんだね、ははははは」

 見た目のいかつさとのあまりのギャップに丈一郎は耐え切れずに笑い続けた。


 そのあまりの様子に、少々むっとする真央。

「お前、笑いすぎだ」

 ゴンッ、右拳で丈一郎の頭を殴った。


「ははは、痛いって。ごめんごめん」

 叩かれながらも丈一郎は笑い続けた。

「大丈夫だよ、マー坊君。この学校みんな良い人ばかりだからさ。友達なんてすぐにできるよ。だって僕たちだってすぐ友達になれたんだし」


「……だといいんだけどな」 

 そういうと真央は丈一郎の肩を組んだ。


「ま、マー坊君?」

 いきなりのスキンシップに、丈一郎な鼓動が高鳴る。

「い、いきなりどうしたのさ――」


「よろしく頼むぜ、親友」

 横目で丈一郎の目を見つめながら、真央は真剣な表情で言った。


「え、え、あ、うん」

 真央の顔が至近距離に見える。

 丈一郎は少々顔を赤らめながらそれに応えた。

「ぼ、僕も、こちらもよろしくお願いします……」


「それとさ」

 小さく咳払いをする真央

「ちょっと頼みてーことが編んだけど」


「? 頼みごとって、何?」

 きょとん、とした表情で訊ねる丈一郎。


「実はな……」


 耳打ちをする真央の息をくすぐったく感じながら、丈一郎は真剣にその言葉に耳を傾けた。 

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