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    3.31(月)14:15

読んでくれる人、感謝です!


うれしくてたまらん感じです!


だから頑張って書きました!


評価とか、ブクマとか、できればお願いします!

「……ねえ……」 

 その声の主は、自習室中央の長机に腰かけた釘宮桃。

 やや短めのプリーツスカートから伸びたしなやかな長い足は、無造作に、いやむしろ無防備に組まれ、左手は頬杖となりその右手の指はせわしなく机をたたく。

 整ったその顔の、形の良い眉の間には小さなしわがより、その少女の持つクールな表情をいっそう近寄り難く見せた。

「……ねえ、聞いてる?」


 そのクールな美少女のその右手の視線の先には、これまた美しい少女の姿。

 黒い髪の全部は丁寧に切りそろえられ、いかにも大和撫子といった風の、釘宮桃とはまた違ったタイプのその少女は

「……ええ……」

 その声の方向に顔を傾けることもなく、鞄から取り出した小さな文庫本に目を落としていた。

 その足はあくまでも丁寧に、一部の隙もなく斜めにそろえられ、その姿勢も折り目正しさを失っていない。

「……これだけ近い距離にいるのですから。当然ですけど」


「……だったらさ、もうちょっとちゃんと人の話を聞いてる態度を見せてほしいんだけど」 

 そのいつもとは違う、コミュニケーション自体を拒むような態度に、桃は困惑していた。

 いや、その態度だけではない。

「……ていうかさ、なんで葵まで待つ必要あるわけ? マー坊ならあたしが見張っておくからさ。葵は別に帰っていいんだよ?」


「あら? ここは自習室ですのに? この学校の生徒である私が自習をする分には、全く問題はないかと思いますが」

 文庫本に顔を向けたまま葵は言った。

「今日はたまたま私と桃さんしかいないみたいですから。ちょっとお互いが気になってしまうだけでしょう。それとも、私がここにいては何か都合の悪いことでもあるのでしょうか」


「ま、まあ、それは……」

 いつもの歯切れの良さを発揮できない桃は言葉を失った。

「それは別に、そんなことはないんだけど……」


「ならばそれでよろしいのではないでしょうか」

 突き放すように葵は言った。




 十分、二十分と無言のままの時間が過ぎていく。

 

 いつもと違う葵の態度に、さすがの桃もむっとしていた。

「ねえ、自習って割には、さっきから小説ばかり読んでいるじゃないか」


「ええ。私、フランス文学に興味があるもので」

 すました態度で葵は言う。


「……ふうん、じゃあ、その文庫本は自習のために読んでるってことか」

 そういうと桃は葵の文庫本を指さし

「さっきから全然ページがめくられてないんだけど、気のせいかな」


「!」

 葵は体をこわばらせて顔を赤くした。

「……え、ええ。そうですね」

 黒く長い髪を耳元でかき上げ

「わ、私、内容だけではなくて、ぶ、文章表現の手法にも関心があるものですから」

 そういうと思いついたかのようにページを繰った。


「別に何でもいいんだけどさ」

 そういうと再び右手の指で、こんこんと机をたたいた。

「さっきから葵、なんか態度おかしくない?」


「そういう風に見えるなら、そうなんじゃないんですか?」

 と言いながら、顔を真っ赤にしたまま顔をぷい、と明後日の方向に向ける。


「あのさ、あたし何かした? 何か嫌なこと言った?」

 たまりかねたように、桃は声を荒げた。

「だったらさ、はっきり言ってくれないとわからないじゃないか!」


 ぱちん、葵は小気味よい音を立てて文庫本を閉じた。

 そして

 ばたん、右手で長机に文庫本をたたくように置いた。

「さあ、胸に手を当てて考えてみたらいかがです?」

 そういうと唇を噛み締め、桃の顔を凝視した。

「言ったと思いますが、私、こう見えて負けず嫌いなんです。奈緒さんにも、桃さんにも負けたくないんです!」


「な、なんだよ急に……」

 普段目にすることのないその剣幕に桃はたじろいだ。

「負けたくないって、もしかして……マー坊のこと?」


「さあ、どうでしょう?」

 ぷい、再び顔を背ける葵。

「桃さんは、奈緒さんも真央君と一緒に、一つ屋根の下に暮らしていらっしゃいますから。学校での、限られた時間でしか会うことのできない私の気持ちなんてわかるはずはないと思いますけど」


「ちょ、ちょっと! 誤解を招くようなこと、言うなよ!」

 今度は桃が顔を赤くする番だった。

「あいつが広島から出てきて暮らす場所がないんだから、しょうがない——」

 その言葉を口にしたとき、ふと、桃の心にずっと引っかかっていた何かがよぎった。

「――ねえ葵、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「? 急にどうしたのですか?」

 話のトーンがいきなり変化したことに、葵は戸惑いを覚える。


「葵はさ、何か感じない? たまに見せる、あいつの表情にさ――」




「――そういうことですか」

 葵は右手で細い顎を触りながら言った。

「確かに私も、思い当たることがあります」

 葵の心によぎるのは、月に照らされる真央の顔。

 みんなで釘宮家に集まったあの月の夜、いつも底抜けに明るいあの少年の横顔は、月光に照らし出されているなかで物憂げに、そして繊細すぎるほどに見えた。

 これが本当に同一人物なのだろうか、葵ですら心がかき乱されるほどの表情を見せた。

「たまに、なんというかこう、何とも言えない陰りのようなものを感じることがあります」

 さらに葵は思った。


――たぶん、さ、そう言うのは……向こうにおいてきたよ。広島に。全部――


その言葉、自分との距離をとるための、見た目以上にシャイなその性格が言わせたセリフだと考えていた。

 しかし、もしかしたら何か本当に深い意味があったのではないだろうか、葵はそう考えた。


 こくん、桃も頷いた。

 そして、桃も思い出した。

 あの日、初めて真央に会った日。

 あっという間に三人のひったくりを打ち倒したその力は、ボクシングによって得られたものだろう。

 それは間違いないだろう。

 しかし、本当にそれだけであろうか。

 その時だけではない。

 釘宮家に集まった日、あのボクシング馬鹿といってもいい男が見せた、どこか暗い表情を。

「一応お母さんの友達ってことで、あいつあたしの家に一緒に……まあ、一緒に暮らしてんだけど。正直に言って、あたしたちもあいつについて知ってること、ほとんどないんだよ」


「そうなんですか」

 葵が呟いた。

「不思議な方ですよね。大人びているかと思えば、急に子どものようなしぐさも見せますし。すごく図太いようでいて、どこかはかなげでナイーブで」


「そうだね」

 桃は腕組みをし、そして親指の爪を噛んだ。

「いったい、あいつは何者なんだろう」


「桃さんのお母さんに聞いてみたらいかかですか?」

 と葵が提案したが


「それがさ、今お母さん、ナイジェリアに入っちゃってるらしくてさ。しばらく連絡つかないんだよね」

 はあ、と桃はため息をついた。

「それにね、あいつあんな感じであたしたちと話をしたりするけど、どこか何かよそよそしいっていうか、壁があるように思うんだ。気を許していないっていうか」


「そうですね」

 葵も頷いた。

「もし私たちが、真央君の過去を訊ねたとしても、きっと核心的なことは話してくれないような気がします」


「とりあえず、あたしさ、康子おばちゃん、あたしたちをマー坊に紹介した人なんだけど、その人に――」


 ガラッ


 無造作に扉が開けられた。


「……終わったよ……」

 うなだれたむさくるしい男がぬるり、と自習室に入ってきた。


「マー坊!」

「真央君!」


「……何もかも……終わった……」



「……」

 その後ろから、眼鏡を抑えた女性が入室して来た。

 来年度より真央の担任になることが内定している、岡崎女史だ。

 その手には、真央の答案がまとめられていた。

「……本当にあなたは、高校入試に受かったのですか?」

 

「……」

 この男には珍しく、無言のままうなだれた様子で何一つ言い返すことなくたたずんでいた。


「一体どうしたのですか?」

 葵が訊ねた。


「これを見てください!」

 岡添女史は二人の前に三種の答案を突き出して見せた。


「「……これは……」」

 二人の美少女の、美しい顔が奇妙にゆがんだ。

「「……ちょっと、何とも……」」


 国語は、何度も感漢字を書き直した形跡が見られるものの、何一つ正しいと燃える解答が書かれていなかった。

 数学は、なんども消しゴムで消したために答案は破れていた。

 英語に至っては、全くの白紙状態だった。

 答案用紙の特徴はそれぞれだったが、要するにまともな解答が書かれていたものは何一つ存在しなかったのだった。


 はあっ、岡崎女史はこの上なく、マリアナ海溝よりも深いため息をついた。

「本当にあなたはいったい何を勉強してきたのかしら? 何割かはうちの中学校の入試問題を混ぜてあるというのに!」


 真央はうなだれたままぶるぶると肩を震わせた。


「だいたいですね、あなたのような人間をこの高校で預かるなんて、そもそもが間違っているのよ!」

 腰に手を当てて岡崎女史は続けた。

 完全に精神的優位に立ったことを実感したせいだろうか、いつになく強気な様子だ。

「しかもあなたの担任になるのはわたしなのよ? あなたのような人間を面倒見なければいけない私の――」


「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 真央が爆発した。

「うっせーんだよ! わりーかよ!! どうせ俺は頭わりーよ!」


 びくっ、葵は驚いて桃の後ろに隠れた。


「あちゃー」

 桃は目頭を押さえる他なかった。


「な、何ですか急に!」

 岡崎女史は体を硬直させた。


「返しやがれ! 俺の答案!!」

 そういうと岡崎女史の手から答案をひったくろうとした。


「ちょ、ちょっと! 乱暴はやめ……あっん」


 ズタァン


 二人はもつれあい、そのまま床に倒れこんだ


「……ってぇ……」

 頭を振る真央の手には不思議な感触が。

 この感触は、何度か経験したことがある。

 釘宮家に居候するようになってから、何度か経験したことのある感触だ。

 しかし、その感触を直にこの手でじっくりと感じたことはなかった。

「……こ……れ、は」

 小刻みに、何かを確かめるように手を動かす真央。

 そこに存在したのは、スーツの上からもわかる、葵とも奈緒とも、そして桃とも違う成熟した大人の





 胸のふくらみ





「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」 岡添女史は真央を突き飛ばし、胸元をきつく抑えた。

「おかーさーん! たすけて! おそわれるー!!」


「って!」

 信じられない力で突き飛ばされた真央は、長机の足に頭をしたたかに打ち付けた。

「って、ちょっとまてって! だから、そういう誤解を招く表現は……」

 この時真央直感した。


 ――ああ、いつものパターンだなこれ――


 全てを受け入れた真央は、おとなしく桃の右ストレートを、制裁として受け入れた。

 もうどうにでもなれ、仮に頬骨にひびが入ろうとも、股間をつぶされるよりましだ、と。

 しかし想定外の出来事があった。

 その死守すべき股間に、今まで経験したことのない激痛が走った。

 予想だにしない展開に、その痛みを与えた人物の顔を見る。


――ああ、なんだ、葵じゃん――


 薄れゆく意識の中で、激痛を感じながらも逆に真央は笑えてきた。


――ははは、殺せよ、もう――

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