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    3.8 (土)14:45

大改訂です!


読みやすくなっていてくれ……

 二人の瞳は、再び交錯する。 

 三人の若者をあっという間に叩きのめした少年の眼は、鋭く強く桃の瞳を貫く。

 一方、桃の瞳はそれを真正面から受け止める。


 薄く、固そうな唇がゆっくりと開く。

「俺に何か用か?」

 

「……」

 しばらくの間、桃は無言でその少年の視線を受け止めていた。

 すると、ぎゅっと拳を握りしめ

「ねえ、君」

 意を決したように訊ねた。

 桃の心に、先ほどの少年の動きがよみがえる。

 強靭な下半身に柔らかい上半身、そして正確に急所を打ち抜く技術と一撃で意識を断ち切る拳の硬さ。

 間違いない。

 この少年は

「君、ボクサーだろ」


「ん? おお、よお分かったの」

 硬く張りつめていた少年の表情は、一気に和らいだ。

 にやり、右口角を吊り上げ

「あんた、ボクシング好きなんか?」


 その言葉を聞くと、桃の表情はいっそうこわばった。

 “ボクシング”このキーワードが桃の心を頑なにした。

 そして何か不快なものを耳にしたように少年から顔を背け

「別に」

 表情を強張らせて、突き放すように言った。

 少年を不快にさせようとしたわけではない。

 桃なりに、気を使ったうえでの返答だった。

 本当ならば、大っ嫌いだ、と大声で叫び返したいところだったのだから。


「そうか」

 しかし少年はまったく気にしていないかのようだ。

「あんたにゃあ、助けられてしもうたの。ま、ばあさんからひったくりするような野郎、何人来ても俺にはかなわんじゃろうけどの」

 むしろ、桃の返した答えに、いっさいの悪意を感じ取れなかったかのようにも思える。

「そういやあんた、駅にいとったの」

 先ほどの冷酷なトーンからは想像もできないような、のんきな様子で訊ねた。


「あ、ああ」 

 その雰囲気の変化に戸惑いながらも

「そうみたいだね」

 冷静を装って答えた。

 先ほどの、精密機械のように三人もの成人男性をあっという間に叩きのめした時に見せた冷酷な表情と、今桃に見せている人懐こい笑顔。

 本当にこの少年が、あの少年と同一人物なのだろうか。

 桃の心は乱れた。

「あんなところで、君はいったい何をしていたんだ?」


「いや、実は人を探してての」

 明るい表情で少年は言った。


「人を?」

 怪訝な表情で桃は返した。

「君、もしかしたら広島出身じゃないか?」


「おお、ほうじゃけど」

 事もなげに少年は言った。

「ほんで待ってる人言うんは、この辺にすんどる人なんじゃけど」


 “人を待つ”“広島”これら二つのキーワードに、桃は何かを感じ取った。

 いやしかし、待つべき人物は女性のはずだ。

 だがもしかして。

「ねえ、君。君の名前って……」


「俺か? 俺の名前は……」

 少年が自分の名前を名乗ろうとしたその時


「おまわりさん! あの男です!」

 少年を指差し、大きな声が響く。


 その声の響いた方向を、桃と少年が振り向く。

 そこには一人の少女の姿が。


 桃はその声の主を見て目を丸くした。

 やや小柄な体に、二つに結んだふわふわとした髪。

 そしてなぜか頭につけたパンダの耳のカチューシャ。

「奈緒!」

 それは誰あろう、桃の妹、奈緒だった。


「ん?」

 少年は事情を飲み込むことができず

「俺?」

 人差し指で自分自身を指差した。


「うん! うんうんうんうんうん!!」

 奈緒はぶんぶんと大きく何度も首を縦に振った。

 奈緒の目の前には返り血を浴びてバックを持つ少年の姿。

「あの男がひったくり犯です!」


「抵抗するな!」

 数名の警官が少年を取り囲んだ。


「ちょっと奈緒!」

 桃が奈緒の両肩をつかんだ。

「一体どうしたんだよ!!」


 奈緒は瞳を潤ませていた。

「だって引ったくりがあったから! 桃ちゃんをおまわりさんに呼べって呼べってって!! それでわたしね!!!! すっごいがんばって!!!!」


「いいから落ち着きなって!」

 桃は奈緒の肩をつかんで落ち着かせようとした。

「よく考えな、奈緒はひったくり犯の顔見てないだろ!!」


「見てないけど!」

 いやいやをするように奈緒はその手を振りほどき、泣きじゃくるように言った。

「あんな怖い人!!ひったくりに間違いないんだもん!!!」


「ちょとまてやぁ! 俺のどこがひったくり犯に見えるんじゃ!!」

 警察に囲まれながら、少年は濡れ衣を払おうと奈緒に詰め寄ろうとする。


「どこって……」

 奈緒は少年の頭のてっぺんからつま先までをじっくりと見つめる。

 屈強な肉体、もじゃもじゃの頭、鋭い眼光、そして返り血を浴びた服が身に飛び込む。

「ぜんぶ!」


「おゥい!」

 警官の囲みをかき分けるように少年が奈緒に詰め寄ろうとした。


「きゃっ!」

 少年の威圧から逃れようと、奈緒は桃の後に隠れて悲鳴を上げた。

「いやー! こないで!! 助けてー!!!」


「さあ、いいから。詳しい話は署で聞いてやるから、な?」

 数名の警官が少年の腕を取った。


「違うって! 俺たまたま引ったくり捕まえようとしただけじゃけ!! そこにころがっとる男たち見いや!!!」

 少年は懇願するように叫んだ。


 警官たちは周囲を見回す。

 そこには血を流して倒れている二人の若者。

 警察官は顔を見合わせ、そしてうなづいた。

「窃盗に加え暴行! 現行犯逮捕だ!!」


「なんでじゃ!」

 少年は身悶えしながら叫んだ。

 

「じゃあお前以外に誰がやったんだ?」

 警官はあくまでも冷静に問いただす。


「確かにやったのは俺じゃけど……」

 頭を掻きながら少年は言った。


「やっぱりお前じゃないか」

 背の高い若い警官は鋭い目で少年を睨みつけた。


「でも違うんじゃ!!」

 少年はちぎれんばかりに首を振った。

「信じてくれぇや!」


「いいから、詳しい話は署で聞くから、な?」

 やや背の低い初老の警官が諭すように少年に語りかけた。


 ――ウーウーウー――


 警官たちが呼んだのだろうか、パトカーがこちらへ向かっているようだ。


「勘弁してくれえや! みなさーん、国家権力の横暴じゃ! 俺、人またなぁいかんのです!!」

 少年は警官たちに体を抱えられながら絶叫する。

「 あれじゃ、釘宮さん!!! 釘宮さんが俺を迎えに来てくれるんじゃ!!!!」


「釘宮さん?」

 桃の耳はその言葉を逃さず捕らえた。


 ――ヴヴヴヴ、ヴヴヴヴ――ヴヴヴヴ、ヴヴヴ――


 呆然としながら桃は携帯電話を取る

「もしもし?」


『いったいどうしたの?』

 京香からの電話だった。

「ちょっといろいろあってさ」

 パトカーに押し込まれそうに鳴る少年の姿を見ながら桃は言った。

 

『よくわからないけど、まあいいわ。さっきの話の続きだけど、あなた何か勘違いしているわ。女の子じゃなくて男の子よ。名前も“まお”じゃなくて……』


「俺は“あきもとまひろ”じゃ! 釘宮桃って子を呼んでくれ!! 奈緒って子でもええ!!! 俺はその子と待ち合わせをしとっただけなんじゃぁぁぁ!!!」


『まひろ”って読むの。真央君にはもう会えた?』

 

「ね、桃ちゃん、どうしたの?」

 奈緒が恐る恐る桃に声をかけた。

「あいつすごい抵抗してるよ。絶対悪いやつだよね。桃ちゃんも怪我無くてよかったね」


「……お母さん。奈緒……」

 携帯電話の向こうにいる母親と、自分の後ろに隠れるようにすがりつく奈緒向け、桃は静かに声を発した。


「『はい』」

 二人が返事をした。


「……今度お母さん帰ってきたら、ちゃんと家族会議をしましょう……」

 静かではあるが、その声は何か、噴火前の火山を思わせるように静かに震えていた。


「『何で? 議題は?』」

 相変わらずのんきな声で話す母と妹に対し


 桃は携帯電話を壊れるほどに強く握り締めて言った。

「……あんたたちのいい加減さであたしがどれだけ大変な目にあっているかということです……」


「『あっ……』」

 不動明王のようなその声とうしろ姿に、母親と妹は全てを悟ったのであった。

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