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    3.31(月)13:35

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「よう、葵じゃねーか」

 シャワーを浴び終えた真央は、シャワールーム前のベンチに座る一人の少女に声をかける。


「まあ、真央君。今部活が終わったのですか?」

 その声に反応し、少女は振り返った。

 青みがかった、長くつややかな黒髪がまとわりつくようにゆれる。

 そして、柔らかな表情と黒水晶のような輝く瞳で真央の目を真っ直ぐに見つめる。

「私たちも先ほど終わったところです。今こうしてシャワーを浴び終え、着替えたところです」


「奇遇だな」


 ギィ、バタン


 後ろ手でドアを閉め、真央は言った。

「つーか腹減ったな。なんか丈一郎のペースに巻き込まれてよ、予定時間よりも一時間近く練習長引いちまったぜ」

 もしゃもしゃと頭をかいた。

「早く帰って飯にすっかな」


「真央君らしいですね」

 葵はくすくすと笑った。

「でも、そうはいかないんじゃないですか? だって今日は、真央君の大切な学力テストの日だと伺っておりますが?」


「んー、まーそうなんだけど」

 そらとぼけるように真央は言った。

「なんかめんどくせーな。できればばっくれてー気分だよ」


「ばっくれ……なんですか?」

 きょとん、とした表情でその耳慣れない言葉の意を質す葵。


「要するに……サボりてぇ、ってことだよ」

 うつむきながら言葉を返した。


「まあ」

 葵は両手で口を押さえた。

「それはいけませんよ。このテストで真央君のクラスの振り分けが決定するわけですから」


「そうらしいな」

 またもや真央は頭を掻き毟った。

「つうかさ、俺無理だって。どうせろくな点数取れるわけねーし」


「頑張ってもらわなければ困ります」

 葵はぴしゃり、と言った。

「……そうでなければ、私と真央君、同じクラスになれませんから……」


「なんだって?」

 その呟くような言葉は、真央の耳には届いていないようだ。


「いえいえ、こちらの話です」

 葵はにこにことした笑いを返した。

「あ、そういえば――」

 手首を返すように腕時計を見つめ

「そろそろ試験開始時間ではないのですか?」


「ああ、ん。そういやそうだな」

 心底嫌そうに真央は応えた。

「2時に4号館の自習室、集合だとよ。あのばーさんの秘書が昨日電話で言ってたわ」


「ああ、あの方ですね」

 葵の頭に、一週間前のあの日光景が思い出された。

 真央が自分と、皆と同じ子の聖エウセビオ学園に通うことが決定した日。

 もしかして、もう二度と合えなくなるかもしれない、そんな思いが完全にひっくり返された日。

 その事を思うと、葵の心は躍った。

「この春から、理事長の秘書だった方、岡添先生が真央君の担任の先生になるのですね。」


「……なあ、葵。何でそんなににやついてんだ?」


「あ、ああ、いえ。なんでもないです」

 今度はその同様を隠すことができずに、顔を真っ赤にした。

「では急がないといけませんね。早くしないと遅刻してしまいます」


「ん、まあな。」


「私がご案内いたします。早く行きましょう?ね?」

 そういうと葵は真央の手をとり、階段へ向かおうする。


「お?おお。けどよ、丈一郎まだシャワー浴びてっし。それに、奈緒ちゃんも――」


「なおさら早く行きましょう!」

 そういうとさらに力をこめ、強引に真央を地上へ繋がる階段へと引っ張った。

「私が4号館までご案内いたします!」


「い、いや、だけどよ。丈一郎と奈緒ちゃんにそのこといっとかねーと――」


「私がメールで連絡します!」

 そういって葵は真央を引っ張り、強引に階段を駆け上がった。




 葵と真央、まさしく美女と野獣コンビは連れ立って体育館を後にする。

 新年度を控えようとする生徒たちの期待が、浮かれたように学園の中に充満している。

 暖かな日差しは、もうすでにじっとしていれば痛いほどにも感じられるようになっていた。

 その日差しの下を、一組の男女が連れ立って歩く。

 ポケットに手を突っ込み、ぶっきらぼうに歩く真央に、葵はがぴったりと寄り添った。


「な、なあ葵、もうちょっとはなれてくれねーかな」

 何度か学校に足を運んでいるとはいえ、まだまだ在校生にその存在を知られていない真央にとって、この美しい少女と親密な様子で歩くのはできれば敬遠したい事態だ。

「ただでさえ、俺学ランで目立っちまうし。あんま目立つの嫌なんだよな」


「あら? 私と一緒に歩くのはお嫌ですか?」

 むくれたような表情で真央を見つめる。

「いつも奈緒さんとは楽しそうに歩いていらっしゃいますのに」


「何でって言われても…」

 葵から半歩前を早足で歩きながら

「まあ、奈緒ちゃんはなんか妹みてーな感じだし。妹いねーけど。それに丈一郎も一緒の時が多いしな……」


「それでは私はどういう存在なのでしょうか?」

 いたずらっぽく葵は問いかけるが


「……友達、だろ? 俺たちは」

 顔を背けたまま、これまたぶっきらぼうな言葉を返した。


「まあ。でしたらもう少し親密にしてもらってもよろしいのではないですか?」

 そういうと歩を早めて真央の横に並んだ。

「制服が届けば、一緒に歩いてくださる、ということなのでしょうか」


「制服ねえ」

 真央は顔をしかめた。

「俺、なんかブレザーって着たくねえんだよなあ。なんか体質に合わねーし」


「そんなことありませんよきっと似合うと思います」

 葵は断言した。

「それだけスタイルがよろしいのですから。きっと映えて見えると思います」


「ほめてくれるのは嬉しーけどよ、じんましん出ちまいそーだせ」

 そういうと学生服の襟首を掴み言った。

「桃ちゃんとかに見られたら、きっと“似合わないね”って笑われそうだしな」


 その言葉を聴くと、葵は見上げるような視線で

「桃さんの反応が、気になりますか?」


 その視線に、一瞬たじろいだが

「ま、まあな。きっと葵みたいにほめてくれるとは思えねーしな」


「今は私といるのですから、あえて桃さんや奈緒さんのことを話す必要もないと思いますけど」

 すねたように葵は言った。


 真央は、なぜ自分が葵の機嫌を損ねたか、またもや理解できない。

 しかし、「女性といるときに他の女性の話をすると、その機嫌を損ねるものだ」ということは理解できた。

 そしてそれが、いわゆる“でりかしー”と呼ばれるものであり、今後共学校で生活していくうえで必要不可欠なものだ、ということも理解できた。

「ああ、んと」

 なんとか話題を切り替えようと、真央は頭をひねる。

「葵って頭いいんだよな? 俺全然勉強苦手だからよ。もしわかんねーことあったら、教えてくれよ」


 その言葉を聴くと、葵の表情は和らいだ。

「それは私に対する依頼、お願いと受け取らせていただいてよろしいですか?」


「あ? ああ」

 上ずったような声が飛び出した。

「んなムズカしー言葉よくわかんねーけど、まあ、お願いするわ」


「承りました」

 そういうと、葵の整った顔は紅潮した。

「私が、責任を持って勉強のお手伝い、させていただきますね」

 そういうと再び真央の手を取って言った。

「さ、急ぎましょう。早くしないとテスト、始まっちゃいます。時間に間に合わないと、損しちゃいますからね」


 葵に引きずられるようにして、真央はレンガで舗装された校地の通路を歩いた。

 時折、ちらちらと風に舞うさくらの花びらが二人の髪にまとわりつく。

 それにもかまわず、二人は桜並木の間を足早に歩いていった。

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