3.31(月)13:30
チン
「どうぞ」
品のよいスーツに実を包んだ、ロバート・ホフマンの秘書が促す。
ストライプのスーツに実を包んだ大柄な男は無言で手を上げ、それに応えた。
女性をレディとしてエスコートする程度の社交性はこの男とて持ち合わせている。
しかし、これはビジネスだ。
秘書はこのエデンを支配する神、ロバート・ホフマンに仕え、それ相応の報酬を受けている。
それに見合った行動が取れなければ、たちまちにこの天使はエデンから追放されてしまうだろう。
この秘書の利他的行為は、ホスピタリティによるものではない。
すべてがビジネスという範疇においての行動でしかないのだ。
この男、フリオ・ハグラーがこの秘書を女性として扱えば、それは女性の為すべきビジネスの領域を侵してしまうことになる。
フリオは、ビジネスパーソンとしての秘書に敬意を示す意味でも、あえて無愛想な態度をとった。
ビジネスで繋がった両者に、必要以上のものを介在させることは、不純な行為といえる。
「フリオ! 一体どうしたんだ!」
白髪交じりの男性がフリオのもとに駆け寄る。
「言ったはずだ! マネージャーである僕を介さず、直接ロバート氏と会ってはならないと!」
白い顔を紅潮させながら、フリオのマネージャーを務めるその男性は言った。
「いいかい? この“北米一ダーティーな男”と渡りをつけるのはボクのビジネスだ!」
その言葉を、ロバートの秘書は全く関心を示す様子を見せずに聞いていた。
マネージャーの男性は続ける。
「マネジメントは君のビジネスじゃない! 君はボクサーであり僕はマネージャー、もう20年近くも僕たちはそうやって来たじゃないか? なのになぜ? 何故君は――」
「俺たちの間は、ビジネスなのかい? ネッド?」
レイバンのティア・ドロップをはずし、一転して人懐っこい表情を見せフリオは言った。
「エディ、俺は君たちに拾われ、君たちのトレーニング、そしてマネジメントを受けてきたからこそこうして今でも第一線で戦って来れたんだ。俺とネッド、君たち兄弟の間にそんな冷たい関係しか存在しないなんて、俺は信じないぜ」
その言葉を受け、ネッド、エドワード・トスカネリは言葉を詰まらせた。
しばし頭を悩ませた後、めがねのブリッジを上げ、勤めて冷静に言葉を紡ぐ。
「君がそういってくれることは素直に嬉しいがね。しかし、それとこれとは話が別だ。君も知っているだろう。あのロバート氏がどれだけしたたかな人間であるか。正直に言って、ビジネス以上に親友として君とあの男を直接会わせたくはない」
「心配する必要はない、ネッド」
両掌を開き、ネッドを迎え入れるような仕草を見せる。
「俺は単純にビジネスパートナーと会った。そしてあの大金持ちから豪華なランチをおごってもらった。ただそれだけのことさ」
ネッドはその言葉を無言で聞き、そして疑り深い視線でその漆黒の目をにらみつけた。
その様子を見て、さしもの世界チャンピオンも肩をすくめるしかない。
「全部お見通し、ってわけかい?」
そしてその心を見透かされぬように、といわんばかりにレイバンを掛けなおし、両手をポケットに突っ込んだ。
「包み隠さず話してくれるね? 君があの男とどのような話をしたのかを。そして、君が一体何を求めているのかを」
「その言葉は、ビジネスパートナーとしてのものか? それとも親友としてのものか?」
「当然――」
ごほん、ネッドは咳払いをして言った。
「――君の親友であるビジネスパーソンとしての言葉だ」
「で、あれば致し方ない」
そういうとネッドの肩を抱き、連れ立ってホテルのロビーへと足を運んだ。
「とはいっても、別段隠すつもりもなかったんだがな」
「ちょ、丁度いい。今後のこともしっかりと話し合いをしなければならないと感じていたところだ」
フリオの体に押しつぶされそうになりながらネッドは言った。
「ハイヤーを待たせてある。そこでじっくりと話し合おうじゃないか」




