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    3.31(月)11:10

 シュウゥ―ン

 

 階下から昇ってきたエスカレーターが静かな静止音を立てた。

 ゆっくりと開く扉。そこから悠然と歩く一人の人物。

 

 磨き上げられた黒い革靴のかかとは、ロバートのオフィスルームへと繋がる通路に敷き詰められた赤いじゅうたんにしっかりと食い込み、その歩みを進めた。

 

 身長はおよそ180センチメートル。

 アメリカ人の平均身長としても大柄ではあるが、取り立てて特筆すべきものではない。

 大型化が著しいミドル級ボクサーとしてはなおさらだ。


 しかし、その男の存在感は異様だった。

 ストライプの細身のスーツは、その下に盛り上がる筋肉によりはじけ飛びそうに見えた。

 そのヘラクレス的肢体は、一点の曇りもなくそりあげられたスキンヘッドにより一層の荒々しさを感じさせた。

 チョコレート色の肌には、レイバンのティアドロップが似つかわしく、まるで顔の一部であるかのように張り付いていた。


 ガチャリ


 ノックもすることなく、ごつごつとした手が手馴れた様子でドアノブをまわす。


「よう、ボブ」

 口ひげに隠された唇が動き、真っ白な歯とともに低く簡潔明瞭な言葉が姿を表した。

 およそ三週間前、強敵を粉砕した現代のアダム、グノーシス的なアダム、フリオ・ハグラーだった。


「お待ちしていましたよ。チャンプ」

 大げさに両手を広げ、ロバート・ホフマンはフリオを迎え入れた。

 ロバートは青のポロシャツにウールのスラックスというラフなスタイル。

 たたき上げのボクサーのフォーマルなスタイルと、大統領補佐官を務めキューバ危機すら乗り越えたインテリのラフなスタイルは、奇妙なコントラストを示していた。


「あなたがわざわざこの老いぼれの為にここまで足を運んでくださるとは。一体何の用ですかな?」

 フリオをオフィスの中に迎え入れた後、デスクの前にあるソファに腰掛けさせ、自身もそれに向かい合うように対面し腰掛けた。

「この堅苦しいオフィスなどではなく、隣のゲストルームに場所を移しますかな? あなたの好きなワシツ、タタミルームもございますぞ?」


 その言葉を聞くや、フリオは両手を広げて見せるジェスチャーで

「結構だ」

 言葉少なにその申し出を拒絶した。

 そしてレイバンを取ると胸ポケットに掛け、両肘を膝につきロバートを見る。

「俺達の間にはビジネスという関係以外存成立しない。違うか?」

 彫像のような無表情で言った。

 本人にはそのつもりはないのであろうが、むしろ睨みつけているかのように見えた。

 普通の人間ならばその威圧感に凍り付いてしまうだろう。


 しかしロバートは

「そうですか」

 慈悲深い笑顔で動じることなくそれに答えた。

 この男もまた只者ではないのだ。

「ではシャンパンでもいかがかな?」


「知っているだろう」

 低く唸るような声でフリオは言った。

「俺は引退するまで一切のアルコールは摂取しない」


「そうでしたな。年はとりたくないものです」

 再びロバートは好々爺然とした微笑を見せ、デスクの内線で秘書に命令をした。

「ミスターにペリエとレモンを、この老いぼれには適当なシャンパンを見繕ってください」


「かしこまりました」

 必要最低限の受け答えはするつもりはない、そんなトーンが内線から響いた。

 すべてにおいてそうでなければ、このロバート・ホフマンの秘書は務まらないであろう。




 数分後

「お待たせいたしました」

 NGNアリーナではプレゼンターも勤める女性秘書が入室する。

 品のいいシャネルスーツで実を包み、優雅だが決して目立たぬ振る舞いでフリオの右横後に立った。

「お確かめください」


 フリオの前にレモンが掛けられた緑色のボヘミアングラスを置いた。

 そしてペリエのボトルの栓を開け、そこに注ごうとしたが

「……」

 フリオは無言でそれを拒絶した。

 そして女性からペリエのボトルを受け取ると、それをそのまま口をつけて飲んだ。


 続けて女性はロバートの前にはシャンパングラスを置き、ピンク色のシャンパンを注ぐ。

 そしてそのままロバートの後に微動だにせぬまま立ちつくした。

「ありがとう」

 孫を見る祖父のような表情でロバートは秘書に声をかけた。

 そしてグラスを一口含み、ふう、と小さなため息。

「それでは、あなたの言うところのビズィネスの話をしましょう」

 ロバートの目の奥が怪しく光った。

 表情は相変わらずの微笑だったが、目の色が明らかに変わった。


 そのロバートの様子に全く動ずることなくフリオは言った。

「次の対戦相手を至急見つけるんだ」


「相変わらずですな」

 にやり、と悪魔のような微笑でロバートは言った。

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