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    3.31(月)11:05

 アメリカ合衆国、ネバダ州パラダイス。

 その名の通り、この都市にはあまりにも人工的で即物的なエデンの園が形作られる。

 このあまりにもマテリアルな天国の頂点には、プロボクシングが存在する。

 世界中のスポーツ選手が年間何試合もかけて手にするその何倍もの金を、プロボクサーはわずか一日、一時間足らずで手中に収める。


 しかし、そのバベルの塔は世界中の、名もなき無数のボクサーたちによって支えられている。

 頂点と底辺の格差は、これも世界中のあらゆるスポーツ選手においても隔絶している。

 それゆえに、底辺に生きる世界中の若者たちは、このピラミッドの頂点にあるパラダイスに自分の居場所を得るために、似たような境遇、自分の写し身のような他者と闘争を繰り広げる。

 富と名声、そして最高級のエバを手に入れるために。

 それがボクシングだ。

 

 パラダイスへの安住を許されたアダムたちも、その身分が常に安泰というわけではない。

 注意しろ。

 贅を尽くした饗宴の天井には常にダモクレスの剣がつるされているのだ。

 楽園は常に失われる危機にさらされている。

 easaycome/easygoは世の常である。

 このパラダイスにおいてはそのすべてが極端なのだ。

 億万の富はあっという間に他者に搾取され、移り気なエバは新たなアダムを見つけることでパラダイスへと住み続ける。

 現代のアダムたちは、たった一人でエデンの東、荒野へと追放されるのだ。

 

 そのエデンを主催する神は、より洗練された形態をとりプロモーターと呼ばれている。

 ボクサーが文字通り命を掛けて手にした億万の金、その何倍もの金を現代の神は手にするのだ。

 アダムになるためにバベルの塔を駆け上がろうとするボクサーよ。

 知恵を知る禁断の木の実など口にしようと思ってはならない。

 用心せよ、用心せよ。

 儲けのからくりなど知るものではない。

 それは神への傲岸不遜な挑戦に他ならないのだ。

 戦慄せよ、戦慄せよ。

 それは搾取ではない。

 偉大な神への捧げものなのだ。

 カインとなれ、アベルともなれ。

 自分の似姿である若者を蹴落とし、素晴らしき贈り物を紙に捧げるのだ。

 すれば、神のいとし子の一人となり、現代へのエデンに住み続けることができるだろう。

 神の寵愛が移ろわない限りにおいては。

 

 現代のエデンに立つカジノホテルの一室、覚めやらぬ一月前の熱気からも隔絶した地から、現代の神の一人であるロバート・ホフマンは地上の楽園を見下ろす。

 このオフィスと自宅を兼ねたこの神の座において、この男は底辺の人間たちの欲望と運命を操り、言い方を変えれば個人間の闘争に物語を与え、幾多の伝説を生み出してきた。

 壁に掛けられた無数の写真パネルは、すべてが自分自身のプロモートしたボクサーたちのその闘争の一瞬が切り取られている。

 この部屋は、まさしく聖典の編集室だった。

 この世のすべては、自分のものだ。

 神たるものの矜持として、その言葉は決して口には出されることはない。

 しかしそれは驕慢ではない。

 事実なのだ。

 主観的にも客観的にも、動かしようのない事実なのだ。

 その恍惚とした表情がすべてを物語っていた。

 

 ピー

 

 静寂を切り裂く発信音。

 それに続き、階下にいる秘書の美しい呼びかけが響く。

「会長、ミスターがいらっしゃいました。」


「おお、そうですか」

 慈悲深く威厳に満ちた声を返した。

「それではお通しください」

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