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    3.23(日)15:30

「ね、今日は約束どおりパーティーしようよ!」

 理事長室から解放された帰り道、奈緒は明るい声を上げた。

「まずは合同練習会お疲れ様の、そしてマー坊君の聖エウセビオいらっしゃい記念の。ね? いいでしょ?」

 一足先を歩くと振り向き、残る四人に声をかけた。


「うーん、なんかそれ所じゃねーって感じだけどな」

 真央は頭をかきむしった。

 プロボクサーになるために東京に出てきたはずが、どういうわけか再び高校生活に、しかも東京の私立高校で二人の少女と一つ屋根の下での生活、あらゆるものがジェットコースターのように転回している。

 冷静に考えてみればあり得ない、さすがも真央もその急展開に戸惑っていた。

「学費の話とか広島のじーちゃんに話しないとだし、教科書とかも色々物いりになるからなあ」

 はあっ、と真央はため息をついた。


「マー坊君らしくないなあ」

 奈緒は真央の後に駆け寄ると、背中をバシッと叩いた。

「大丈夫大丈夫。きっとさ、一所懸命生きていれば、絶対道は開けるから。ね?」

 あと少しで離ればなれになっていたところが、再び、しかも二年間も一緒に住むことができる。

 いつもの明るい奈緒の姿がそこにはあった。


 そのあっけらかんとした様子に真央は

「ぎゃはははは」

 明るい笑い声で返した。

「そうだな、俺らしくねーな。これが夢への第一歩なんだったら、そのために俺が迷っちゃいけねーよな」


「ま、確かにうじうじ悩むのは君らしくないと思うけどな。言うじゃないか。下手な考え休むに似たりって」

 桃は真央の右隣を歩いて笑った。

 そして真剣な表情をつくり、真央の顔に人差し指を近づけて言った。

「そんなことより、これから君はもうお客さんじゃないんだ。家事はしっかりと分担でやってもらうからな」


「そういえば、素朴な疑問」

 丈一郎が訊ねた。

「マー坊君って家事とかしたことあるの? おじいさんと同居していたって言うから、一応の事は出来たりするの?」


「家事? んなもん一度もしたことねーよ」

 真央は顔をしかめた。

「家庭科とかだってろくにやったことねーよ」


 はあっ、と桃はため息をついた。

「君ねえ、本当にそれで一人暮らしをするつもりだったのか? 食事や洗濯はどうするつもりだったんだ?」


 真央はぼりぼりと頭をかいた。

「いやー、コンビニで弁当とか買えば何とかなるかなって。洗濯は最低限手洗いで何とかなるかなって……」


「甘い!」

 桃は真央の顔を指差した。

「家事一つ出来ないで一人暮らしできると思っていたのか? しかもアスリートが栄養管理も出来なんて、甘いにも程がある! 丁度いい機会だ! 今日からしっかりと家事をこなしてもらうからな! 習うより慣れろ、だ!」


 くすくすと葵はその様子を眺めて笑った。

「まあまあ、私も一応のことは出来ますから、出来る限りお手伝いいたします。それに、料理などは私も結構得意ですから。基礎的なことならお教えできますよ」


「おお! 本当か葵!」


「ええ。今日は私と真央君、二人でご馳走を作りましょう」

 そう言うと葵は真央の腕を取った。


「あー、ずるいー。あたしも手伝うー!」

 そう言うと反対の腕を奈緒が取った。


「こら! あんたたち、いい加減にしなさい!」

 そう言うと二人を真央から引き剥がした。

 そして再び真央を指差し言った。

「うちに来たからには、最低限のことは身に着けてもらわないと困るんだからな!」


「もう、釘宮さんは大げさだな」

 丈一郎は苦笑いした。

「だったらさ、釘宮さんがマー坊君に教えてあげたらいいんじゃない?」


「え?」

 桃はたじろいだ。

「ななな、何であたしが?」


「だってさ、マー坊君も奈緒ちゃんや葵ちゃん相手だと絶対に甘えちゃうからさ」

 にっこりと丈一郎は笑って言った。

「釘宮さんなら厳しく教えてくれるんじゃない?」


 しばらく桃は考えたが

「ま、まあ、そういわれてみれば、そうだな」


「まあ、でしたら」

 そう言うと葵はニヤニヤと笑った。

「今は全自動の洗濯機もありますから、まずはお洗濯物などから始めたらどうでしょうか」


「絶対だめ!」

 桃が顔を真っ赤にして叫んだ。

「洗濯なんて絶対だめ!」


「な、なんでだよ」

 真央はそう言うと丈一郎の顔を見た。

「全部自動でやってくれるっつうんなら、俺にもできそうじゃねーか。なあ?」


「はははは」

 丈一郎はもはや苦笑するほか無かった。


「やっぱりー、マー坊君はもう少しデリカシーを身に着けたほうがいいかなー?」

 奈緒は天を仰いで頬を掻いた。


「おっと、そういえば」

 ふと、思い出したように真央は奈緒に訊ねた。

「そういや今日、なんかご褒美くれるって言ってたじゃねーか。あれ、どうなったんだ?」


「え? え? え?」

 不意にみんなの前での言及に、奈緒はしどろもどろになった。


「奈緒、どういうこと?」

 じろり、と桃が奈緒を睨む。


「それに関しては、私も詳しくお話をお伺いいたしたいですね」

 微笑む葵の目は、その表情とは裏腹に笑っていなかった。


「えーっと、うーん、なんだろうねー、えへへへへー」

 そう笑って奈緒はごまかした。そして誰にも聞こえない小さな声で

「一緒に暮らせるようになったんだから、しばらくはお預けだよ……」


「ん? なんだって?」

 何か声が耳を掠めたような気がした真央は、その意を正そうとしたが


「なんでもない!」

 奈緒は顔を真っ赤にしてそれを打ち消した。


「ったく、わけがわからないんだから……」

 その様子を見て、桃は呟いた。


「でも羨ましいですね、奈緒さん」

 その横で葵は桃に言った。

「あんなに天真爛漫でかわいらしくって。男の人なら、絶対放って置かないでしょうね」


「まあ、ね」

 その言葉に桃の表情も和らいだ。


「けど、桃さんを見ていて、今日少し悔しくなりました」

 うつむき言葉をつなげる葵。


「え? 何? なんで?」

 その言葉の意味を捉えかね、桃は青いに訊ねた。

「どうして葵が悔しい思いをするの? あたしを見たから?」


 すると葵は、足を止めて桃に言った。

「今日、真央君の心を本当に理解できていたのは、奈緒さんでも、川西君でも」

 そういうと胸を押さえ、一呼吸をおいて言った。

「私でもありません。桃さん、あなただけでした」


「葵……」

 その張り詰めた様子に、桃もまた足を止めた。

「……別に、そんなこと無いと……」


 その様子を見て、葵は不意に微笑んだ。

「でもいいんです。こういう気持ち、私も初めてですから」


「こういう気持ち?」

 桃の心は乱れた。

「ど、ど、ど、どういう気持ち?」


「さあ、胸に手を当てて考えてみたらいかがです?」

 そういうと数歩足を進め、再びと待て桃を振り返った。

「私、こう見えて負けず嫌いなんです。誰にも負けるつもりはありませんから。奈緒さんにも。そして……桃さん、あなたにも」

 そういうと再び前を向き、軽く駆け出した。

「みなさーん、待ってくださーい」


 ひとり残された桃は、その葵の言葉を何度も心の中で反芻した。

「こういう……気持ち……あたしの……気持ち?」

 言いようの無い胸の高鳴りが桃の心を捉えた。

 そしてしばしその場に足を止めたままになった。


「おーい桃ちゃーん! はやくはやくー!」

 数十メートル前を歩く奈緒の声が桃を現実へと引き戻した。


「あ、ああ!」

 そういうと桃は両手でぴしゃり、と自分の両頬を叩いた。

「ああ! 今行くよ!」

 そして小走りに自分を待つ四人の元へと駆け出した。

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