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    3.23(日)14:00

「――事情は大体伺いました」

 40代後半と言った風貌の女性が、がっしりとした机にひじを突き、両手を口元で組む。

 その女性は、地味ではあるがおそらくはしっかりとしたブランドのものであろう、品の良いスーツに身を包んでいる。


「……だれだよ、あのばあさん……」

 手を後ろに組み、その女性の前に立つ真央は隣に立つ桃の耳元に語りかける。


 桃は耳元にかかる真央の域にくすぐったさを感じ、耳元で髪をかき上げながら応える。

「……うちの学校の理事長……失礼なこと言うんじゃないよ……」


 五人は会場で役員による事情聴取を受け、聖エウセビオ学園へと呼び戻された。

 そして理事長室へと通され、理事長臨席による事情聴取を受けることになった。


「まず、理事長があなた方を呼び出したのは、いくつかの点をはっきりさせなければならないとお思いになられたからです」

 理事長の脇に立つ、おそらくは理事長の秘書であろうと思われる女性が言った。

「まず釘宮桃さん、なぜあなたは西山大学付属高校の大山選手をリング外で殴ったのか、と言うことです」

 眼鏡の奥に光る、冷ややかな視線が桃を貫く。

「そして釘宮奈緒さん、礼家葵さん、川西丈一郎君、あなた方にはなぜ釘宮さんを止めなかったということを」


 その言葉は、名前の上げられた三人を完全に萎縮させた。


「そして一番の問題は」

 そういうと何か得体の知れない生物を見るかのような目つきで真央を見る。

「そこのあなた、部外者であるにも関わらず聖エウセビオ学園の生徒であると騙りリングに上がり、西山大学付属高校の山本選手を殴ってしまったと言うことです」


 その追求を無視し

「あんた、失礼なやつだな」

 真央は秘書の女性を睨み返した。

「俺には秋元真央って言う名前があるんだよ。それはあんたも知ってんだろーが。なのにあえて“そこのあなた”なんて俺を呼ぶのは、悪意しか感じねーけどな」


「あなたこそ、口の利き方を覚える必要があると思いますが」

 秘書は人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

「しかもあなたは高校を中退するそうですね? ということは高校生同士がリングの上に上がったのではないということになります。それは暴行とかわりのない行為ともいえるのではないですか?」


「だから気にくわねーっつてんだよ」

 敵意をむき出しにして真央は睨み返した。

「あんたが俺を見下してるってのがビンビン伝わって来るんだよ」


 売り言葉に買い言葉、秘書の女性も徐々にヒートアップする。

「それを言ったらあなたが私達に何の自己紹介が無いことも十分に失礼なことだとは思いますが」


「まあ、待ちなさい」

 その言葉に理事長が割って入った。

「まず釘宮桃さん、なぜあなたはあの場所で暴力を振るってしまったのか、しっかりと説明を頂きたいですね」


「はい」

 萎縮する他の三名に対し、桃はそんな様子を全く見せず堂々と語った。

「あの大山って男が川西君の対戦相手を、そして川西君や聖エウセビオを馬鹿にする発言をしたからです」


「馬鹿にする発言をしたから、と言うことだけであなたは男性を殴りつけたと言うのですか?」

 あきれたように秘書の女性が言った。


 しかし

「反省はしています」

 しれっと桃は言葉を返すのみだった。


「その場にいなかったあんたらなら何とでも言えるけどな」

 桃の態度を後押しするように真央が口を開く。

「あんたらにゃわリーが、俺達はちょっとすっきりしたぜ。あの野郎を桃ちゃんがぶん殴ってくれたことでな。な? 葵」

 と葵に微笑みかけた。


 真央と桃の堂々とした態度に、葵は意を決したように言葉を加える。

「はい。確かに釘宮さんが暴力に訴えたことは問題ですし、それを止めようとしなかった私達にも問題は有ります。ですが、釘宮さんがあのような行動に出た理由には、それ相応の理由があるとお考えください」

 大きく呼吸をつき、葵は続けた。

「本来スポーツマンであるならば川西君と、川西君の対戦相手である杉浦選手、両者に賞賛が与えられるべきであるのではないでしょうか。それを自校の生徒、そして川西君に対し侮辱を与える。これはスポーツを、ボクシングを愚弄する行為ではないでしょうか? 問題のすり替えのようですが、力の劣る女性が男性を殴るにはそれ相応の理由がある、と言うことは――――」


「桃ちゃんの場合、明らかにあの男よりガタイもパワーもあったけどな」

 と真央が余計な一言を加えると


 ゴキッ


「うげッ!」

 桃の肘打ちがの脇を捉え、真央は悶絶した。


「――ご覧の通りです」

 にっこりと笑って葵は発言を終えた。


「……ま、あいつに同情すべき点があるとすれば……」

 脇を抑え、苦しそうに真央は言った。

「……桃ちゃんの拳は死ぬほどいてーことかな……」


 ふうっ、様子を見ていた理事長はため息をついた。

「それでは秋元真央君、あなたにお聞きしましょう」


「あんだよ」

 真央は頭をかきむしりながら敵意をむき出しにする。


「あなたが外部コーチとしてこの学園に登録してあることは伺いました。しかしその外部コーチがなぜリングに上がり、許可を得ない試合を行ったのか、その理由を話してください」


「ま、桃ちゃんと葵と同じだけどな、もっと分かりやすく言うと、あいつらが俺たちをなめたからだ」

 桃や葵よりもいっそうシンプルな言葉を口にした。

「ほんの二週間だったが、俺は丈一郎と奈緒ちゃんと一緒に死ぬほど練習してきた。正直俺の方が練習させてもらったってくらいだ。丈一郎をなめるって事は俺がなめられたも同然だ。ボクサー同士がスパーで決着をつけるためにリングに上がったって何の問題もねーだろ」


「問題は大有りです!」

 秘書の女性が強い口調で言い放った。

「何よりの問題は、あなたがわが校の名前を騙って他校の生徒に怪我を負わせたという事実です!」


「んなの勢いだよ、勢い。気にすんなって。しわが増えんぞ」

 面倒くさそうに真央は答えた。


「あのねえ、あなたは事の重大さが……」

 いらいらとした様子を抑えきれず、秘書は何かを言おうとしたが


「あなたがかっとなってどうなるんですか」

 理事長は冷静に秘書の女性をたしなめた。


「す、すいません。つい取り乱しまして……」

 こほん、咳払いを一つして耳元の髪の毛を直した。


「さて」

 理事長は真央の方を見た。

「あなた達がなぜこのような事態を引き起こしたか、それに関しては承知した、と言うわけには行きませんが、言い分は伺いました」


「わかったならもういーだろーが」

 吐き捨てるように真央は応える。


「それに加えて疑問に思うこと、それは秋元真央君、あなたが何者なのか、と言うことです」

 ぎろり、理事長は真央を睨みつけ

「あなたは釘宮さんのいとこ、と言うことでしたが、本当は違いますね?」


「いや……嘘って言うか、なんと言うか……」

 真央は答えに窮し、一転弱気な態度を見せる。


「え、えと……すいません!」

 その様子を見かねた奈緒が、あわてて頭を下げた。

「実は、そうなんです! お母さんの知り合いに頼まれて、うちにしばらく居候することになった、それだけの関係なんです!」


「え? そうだったの?」

「どういうことですか?」

 丈一郎も葵も、初めての事実に耳を疑った。


「マー坊君、えと、秋元君がプロボクサーになるために上京してきたって聞いて、それならしばらくボクシング同好会のコーチに成ってくれないかって頼んだのはわたしなんです!」

 そういうと奈緒は再び頭を上げた。

「悪いのはわたしです。他の人たちは何も悪くありません!」


「え、っと」

 内心の混乱を抑えながらも丈一郎は助け船を出す。

「僕も秋元君に指導をお願いしたし、ものすごく感謝もしています。もし処罰すると言うのであれば、僕も同罪です」

 そういって頭を下げた。


「困りましたね」

 理事長は眉をひそめて言った。そして再び真央に言った。

「そもそも、あなたは何者なのですか?」


「おれか?」

 そういうと真央は胸を張って答えた。

「俺は世界チャンピオンになる男だよ」


「世界チャンピオン?」

 理事長はぴくん、と反応した。

「ボクシングの、ですか?」


「他に何があるっつーんだよ」

 何一つ悪びれることなく、真央は堂々と宣言した。


「成る程。あなたはプロボクサーになるために上京してきた、と」

 理事長は続けて質問を重ねた。

「学校はどうするつもりだったのですか?」


「中退するに決まってんだろ」

 あくまでも真剣な表情で真央は言った。

「俺は今すぐにでもプロんなって、出来る限り早く世界戦のリングに上がんなきゃならねーんだよ」


 ふう、と理事長はまたため息をついた。

 そして

「……お願いします」

 秘書に対して合図をした。


「はい」

 秘書は卓上の電話を取ると、どこかしらに内線をかけた。

「……ええ。こちらに……」

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