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    3.8 (土)14:00

気持ちの部分を織り交ぜつつ、長くなった部分を編集してみました。


是非ご一読を!

 春休みが始まったばかりのターミナル駅。

 普段は行き来する学生たちの制服姿も、今日はその数はまばらだった。

 その代わり、新たな春の装いに実を包んだ若者たちの姿と来るべき新生活への希望が満ち溢れていた。

 街全体が、その若々しい、青々とした春の希望に浮ついているようだ。

 

「まおちゃん、まだかなー」

 ぴょこん、奈緒は、多くの人が行きかう改札の向うを覗き込んだ。

 一週間前あのやり取りの後、奈緒は必死で勉強に励んだ。

「まおちゃんってケータイもってないんだよねー。いまどき珍しいよねー」

 桃の脅しの甲斐もあったのだろう、なんとか桃の設定したハードルを乗り越え、春休みの自由な時間とマネージャー続行権を手に入れていた。


 左手首を返し、腕時計を覗き込む桃。

「一応“改札の前に立っているから声かけるように伝えて”とはメールしたけど」

 桃も改札周辺を見回した。

「お母さんのメールだと、2時15分頃の電車に乗ってくるらしいんだけど……」


 ニヤリ、奈緒は笑い

「それだけじゃ」

 そう言うと奈緒は、ゴソゴソゴソ

「わかんないでしょー?」 

 肩に掛けたトートバッグから、一冊のスケッチブックを取りだした。


「な、何それ?」

 桃は怪訝な表情でそれを見た。


「えへへへへへー、こういうこともあるんじゃないかなって」

 奈緒は自慢げにスケッチブックを捲る。

 するとそこには

「じゃじゃーん!」


「へえー、考えたじゃん」   

 桃はそのスケッチブックにかかれた文字を読み上げる。

「“ようこそまおちゃん!! ここが東京だよ!! ”か」

 携帯電話を持っていない来客を迎えるため、目印として奈緒が用意していたものだ。

 たまに突拍子のない行動を取るが、奈緒はたま女の子らしい気遣いを見せることがある。

「なかなか良いアイデアだね」

 ご丁寧にも雷門とスカイツリーのイラスト付きだ。

 桃は素直に感心した。 


「でしょー?」

 尊敬する姉にほめられたことがよほど嬉しかったのだろう、奈緒はえへん、と棟を張った。

「だけどね、これだけじゃないんだよー」

 ゴソゴソゴソ、再び同じくトートバックをまさぐると

「じゃじゃーん、の第二弾だよ!」

 その手に握られていたのは、動物の耳のついたカチューシャだ。

「えへへへへへー」

 そして、ちょこん、それを頭に載せた。


「ちょ、ちょっと奈緒!!」

 突拍子もないことをすることは重々承知してる。

 しかし、その行動は桃の予想の斜め上を飛んでいった。

「何だよそれ!」

 桃の中学三年生、しかもこの春から高校に入学する女の子の行動にしては、あまりにも幼すぎるものだからだ。


「えへへー、パンダの耳ー」

 桃の驚嘆をよそに、奈緒は両手を広げ、まるで全身を見せ付けるようにくるくると回った。

 そして小さなおしりをちょこん、と突き出し

「みてみてー、しっぽもつけられるんだよー」

 そして桃の顔を見て、とびっきりの笑顔。

「これならまおちゃん、いやでもわたしたちのこと見つけられるよね!」


「ま、まぁそうだけど……」

 自分の顔の引きつりを覚える桃。

 周囲の人たちが二人をじろじろと見つめ、くすくすと笑い声が聞こえる。

 小さな子どもの指差しをとどめる母親の姿も見える。

 できれば、無関係を装いたくなるようなシチュエーションだった。


「でしょ? これなら絶対行き違いにならないよね」

 姉の桃にほめられた嬉しさと、新たな出会いを予感させる胸の高鳴りがそうしたのであろう。

 奈緒は、ぱたぱた、ひょこひょこと楽しそうな様子だ。

 

「……ちょっと」

 意を決したように、桃は奈緒の腕を引っ張る。

 そして耳打ちをした。

「あのさ、奈緒は、さ……奈緒は恥ずかしくない、の?」


「何がー?」

 言うが早いか再び両手を広げくるくると回る。

 くるくると回る奈緒のその姿は、パンダというよりも、自分の尻尾を追い掛け回す子犬のようにも見えた。


「……」

 桃はしばらく無言でそれ眺めていたが

「ぷっ」

 思わず噴出してしまった。

 少々の恥ずかしさも感じていたが、その妹の天真爛漫さ、なんともいえないかわいらしさをいとおしく思った。

「ま、いいか」

 奈緒のあまりに愛らしい様子はむしろ見るものを和やかな気持ちにさせた。

「さ、もう良いから。せっかく作った看板、きちんと見せないと作った意味がなくなるぞ」

 と微笑んだ。


「うん!」

 奈緒はひょこひょこと改札の前へと戻り、しっかりとスケッチブックを前に構る。

「えへへへへー、まだかなまだかな、まおちゃんまだかなー」

 そして待ちきれないような、わくわくしたような表情を見せた。


「ええと」

 ちらり、桃はあらためて腕時計を確認する。

「今この時間だから、次の電車、5分くらいで着くと思うんだけど……」




 桃が母親の京香から伝えられた予定時刻を過ぎた。

 電車がホームへと滑り込み、多くの乗客たちが階段を降り、ぞろぞろと改札を通り過ぎて行く。




「まおちゃん、まだ来ないねー」

 奈緒が首をかしげた。


「そうだね」

 桃は腕組みをした。

「まあ次の電車を待つしかないな」




 しかし予定時刻を30分以上過ぎても一向にそれらしい人の気配は感じられない。


「ぜんぜん来ないねー」

 最初の元気もどこへやら、奈緒は困った表情でへたり込んだ。


「変だな」

 桃は爪を噛み、桃は周囲を見渡した。

「それらしい女の子を見落としたつもりは無いんだけど」

 行き交う人々の中にも、待ち合わせをしているだろう人の中にも、同年代の女の子の姿は見えなかった。

 確かにこれだけの人通りの中で、見落としてしまうこともあるかも知れない。

 しかし、予定時間よりもかなり早く来て、そして出迎えのためのスケッチブックまで用意したのだ。

 もし来ているのであれば、向こうから話しかけてきてもよさそうなものなのに。

「まいったなぁ……」

 桃は眉間を人差し指で押さえ、途方にくれる他なかった。


 

 

 それからまたしばらくの間、釘宮姉妹はそれらしい少女を探し、そして改札をくぐる乗客をくまなくチェックし続けた。

 しかし、それらしい姿は依然見当たらない。

 疲労によってへたり込んだ奈緒をよそに、桃はそのまま何度も周囲を見回し続けた。


 その時である。


 桃のその視線の先に、ある一人の人物が写った。


 年の頃は桃と同じ頃だろうか、この辺りではなかなか見られなくなった学生服を着込み、そして大きなバッグを肩にかけていた少年がうつむき壁にもたれかかっていた。

 身長は175cm以上はあるだろうか。

 癖毛のきついもじゃもじゃ頭。

 学生服の上からでもその引き締まった体格が見て取れた。

 しばらくその姿を眺めながら、あれくらい体が大きい子と並んだら、自分も女らしく見えるのだろうか、ふとそのようなことを考えてみたりもした。

 


「ん?」 

 その少年も、桃の存在に気がついたようだ。


「あ……」

 その瞬間、桃と少年の視線が交錯した。


 やや釣り目の桃の大きな瞳と、ぎょろりとした少年の射抜くような眼。

 わりと整ってはいるが、大胆不敵なその面持ちに、独尊な雰囲気が漂う。

 その強い眼光に、桃は少々たじろいだ。

 しかし、桃も相当に気は強いほうだ。

「……なんだよ、あいつ……」

 視線をそらすと負けだ、なぜか桃はそう考え、少年の強い視線を、自分の視線ではじき続けた。

 

「ふぁ? どうしたの?」

 そのただならぬ様子に、奈緒は立ち上がり桃に訊ねた。


「あ、奈緒……」

 思わず桃は奈緒に振り返る。


 すると少年も、再びポケットに手を突っ込み、うつむいた。


 奈緒は桃の視線の先をたどる。

「おや」

 奈緒もその少年の姿に気づいていたようだ。

「ねえ桃ちゃん、あの男の子、さっきからずっとあそこに立ってるけど」


「うん。そうだね」

 桃もあらためて、うつむく少年を視界に入れる。

「連絡を受けた時間からここまで、あの男の子だけがずっと立ち続けていたよね」

 

「もしかして」

 と桃。


「もしかして」

 と奈緒。


「「もしかしてあの男の子が?」」

 桃と奈緒は顔を見合わせたが

「「まさかねー」」

 二人の意見は一致し、笑いあった。

 どんなに見た目は違っても、生まれてずっと一緒にいる姉妹なのだ。

 考えていることはどうしても似通ってくる。

 この笑いは、あらためて二人の間の絆を浮かび上がらせてくれた。


「ま、多少遅れたってしょうがないよな」

 ひとしきりの笑いは桃の疲れを吹き飛ばした。

 桃は、開き直って約束の少女を待つことに決めた。

「広島からはじめて、しかもたった一人の女の子が上京してくるんだからな」


「えへへへー、ほんとにねー、だよねー」

 少々笑いすぎた奈緒は、薄らと目元に涙を潤ませる。

「わかった! もう少し待ってみようよ!」

 小さくガッツポーズを作り、そしてぴょんと飛び跳ねた。

「でもさ、一応、お母さんには連絡してみたら? もしかしたら、お母さんの方には何か連絡入ってるかもしれないし」


「そうだね」

 というと桃はポケットから携帯電話を取り出した。


 ――RRRRRRRR――RRRRRRRRR――RRRRRRRRR――


 しばらくの呼び出し音の後、

 ガチャッ

『んー、もしもしー? 桃ー? こんな夜中にどうしたのぉ?』

 眠そうな京香のねぼけた声が、電話口から響いた。


 ふうっ、小さくため息をつく桃。

「何度も言うけどこっちは昼間だから」

 まあいつもの事か、そう考えたが、やはり言うべきことは言っておかないと、という風に桃は言った。

「ていうか、寝てるところ起こしちゃって悪いけどさ」

 そして簡単にこれまでの経緯を説明し

「まおちゃん、時間過ぎてるのにまだ着かないみたいなんだ」

 

『まおちゃん?』

 ファサファサとベッドの衣擦れが電話の奥から響いた。

『いったい何のこと?』


「ちょっと、寝ぼけないでよ」

 桃は顔をしかめた。

 まだ寝ぼけているのだろうか、桃は質問を畳み掛けた。

「もしもしお母さん? ちゃんと聞いてる? 時間過ぎても女の子なんて誰も来ないんだけど」


『女の子?』

 京香はまだ事態を把握できていないようだ。

『だから、一体何の話?』


 またいつものかみ合わない会話。

 一方通行がいつまでも続く状況に、またしても桃は苛立ちを押さえきれなくなった。

「だ・か・ら、まおちゃんが時間過ぎても改札口に現れないって言ってんの!」


『桃、あなた何か勘違いしていない?』

 その言葉は相変わらずだったが、携帯電話から響くその声のトーンは、少なくとも寝ぼけているようではなかった。 

『あのね、お母さんがメールに書いたのは、まおちゃんじゃ……』

 と京香が言葉を繋げようとしたその時だった。


「ごめんお母さん! また後でね!」

 ブツン、桃は携帯を切り、急いでポケットにしまった。


「え、え、え? どうしたの、桃ちゃん?」

 そのただならぬ様子に、改札口を向いていた奈緒があわてて振り返る。


「奈緒はすぐ警察を呼んで!」

 言うが早いか桃は駅の外へと走り出した。

「引ったくりだ!」

 桃は目の前で、数名の若者が老婆のバックをひったくる瞬間を目撃したのだった。 

「あたしは追いかけるから、おばあさん助けて! 早く警察を呼んで来て!」

 そういうと長い手足のストライドを一気に伸ばし

「だああああああああ!」

 引ったくり犯を追いかけて風のように外へと飛び出していった。




「すごーい……」

 あっという間の出来事に、放心状態の奈緒。

「さすが陸上部のエース……」

 奈緒はあっけに取られながら、その美しいフォームの後姿を眺めていたが

「じゃないや!」

 あたふたとスケッチブックをしまい

「早くしなきゃ!」

 駅構内の交番へと駆け出した。

「おまわりさーん!」

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