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    3.22(土)11:00

「いよっと」

 ギッ、ギッ、ギッ

 リングロープの最上段に手をかけ、背中のストレッチを行う真央。


 ペットボトルを口に含みながら、タオルで汗を拭く丈一郎。


 スパーリング大会の直前、ジムにおいて最後の調整に取り掛かるところだった。


「よっしゃ丈一郎、いくか?」

 腰に手を当て、ストレッチをしながら真央が話しかける。

「マス行くか。マウスピース噛んでリング上がれ」

 そういうと真央はヘッドギアをつけ、リングへと上った。

「今日の練習、っつーか俺の練習の総仕上げだ。スパーリング2分1ラウンド、行くぞ」


「うん」

 そういうと丈一郎はヘッドギアを装着し、マウスピースを口にした。

 そしてロープをくぐり、リングに上がった。

「玉砕覚悟でがんばるよ」


「バカ」

 そういってグローブで丈一郎を小突いた。

「相変わらず大げさなんだよ、おめーはよ。たかがマススパーだろが」


「そ、そうかな?」

 顔を赤くした丈一郎だった。 




「じゃ、二人とも準備はいい?」

 デジタルタイマーのゴングの前で奈緒は身構える。


「こっちはいつでもOKだぜ」

 真央はそういうと前後に小さくフットワークを踏んだ。

「だろ?」

 そして丈一郎を見る。

 その目はすでに、丈一郎を標的としてセッティングしている。


 その目を真正面から睨み返し

「よろしくお願いします!」

 大きな声で、深々と丈一郎は頭を下げた。

 

 ふっ、その心意気を、しっかりと真央は受け止めた。

「だっから、大げさなんだって、おめーはいちいち」




 すぅ、奈緒が大きく息を吸い込む

「じゃ、いくよー!」


 カァン


 奈緒の手でゴングが鳴らされた。




「おらこい!」

 気合のこもった真央の声が響く。

「倒してみろや!」

 挑発するような、煽り立てるような声でプレッシャーをかける。

 

「ふうっ」


 シュッ


 その声に気圧されることも無く、右フックを繰り出す丈一郎。


 クンッ、真央は状態を後にそらし、スウェーによってそれをかわす。


 ブン、さらに丈一郎の左フックが真央の顔を追撃。


「甘ぇーよ」

 今度は大きくひざを折り、ダッキングによってこれをかわす。

「どうしたどうした? そんなもんか?」

 タン、タン、タン、距離を取り、丈一郎の周りをサークリング。

 シュ、シュ、シュッ、旋回しながら左ジャブ。

 体格差を生かした、完璧すぎるほどのアウトボクシング。


 しかし丈一郎はまったくひるまない。

 細かいジャブを左手で完璧にブロッキングする。

 当然すべてのジャブを防ぎきることは不可能だ。

 しかし、スウェー、ダッキング、パーリング、基本技術をきちんと使いこなし、真央に決定打を打ち込む機会を与えない。

「ふうっ!」

 隙あらば、確実にカウンターを取りに来る。




「いい感じだよー、丈一郎君!」

 ストップウォッチを見ながら奈緒が丈一郎に声をかける。




 すると


「なに!?」

 真央は驚愕した。


 ダッ、プール練習で鍛えたばねを生かし、幅の広い一歩で丈一郎は一気に距離を詰める。

 と同時に、ブンッ、体重の乗った、切れのよい右ストレートを放つ。


「いよっと」

 真央は、スウェーとバックステップでそれをかわす

「ひゅー、やるじゃねーか」


 その挑発するような言葉をよそに、丈一郎は追撃の手を緩めることなく、左右のフックを繰り出し続ける。


 リーチの差を生かしそれを難なくかわす真央。

「あたんねーよ! もう少し頭使えよ!」

 しかし

「!」


 丈一郎の大振りのフックとストレートは、思いもよらず真央をコーナーへと追い詰めていた。


「やっべ!」

 左に逃げようとする真央。


バシィッ!


 その道をふさぐかのような右ボディーフックが決まる。


「かっ!」

 真央の足が止まる。


 丈一郎は、そのまま左ボディーフックで左右に真央の体を揺さぶる。

 体の回転を生かし、右ボディーアッパーをみぞおちに食らわせる。

 真央の体をコーナーへ釘付けにした後、サンドバッグのようにパンチを叩き込む。

 意識をボディーへと集中させる。

 そして

「はぁっ!」


 バシッィ!


 追撃するかのような左フックが真央の右頬を捕らえた。


 カァン




 奈緒のゴングは、およそ二分間のスパーリングの終了を告げた。


「おお!すげーじゃねーか丈一郎!」

 マウスピースを吐き出すとともに真央は言った。

「すげークレバーなボクシングだぜ! これきちんと実行できればよ、スパーリング大会なんか目じゃねーぜ!」


「本当にすごかったよ、丈一郎君!」

 奈緒もリングに飛び込んできた。

「完全にマー坊君をコントロールしてたよ!」


「い、いやー」

 丈一郎もマウスピースをはずしながら言った。

「実は結構頭の中で考えていたんだ。それがたまたまうまくいったっていうか……」


「ようやく視野を広げられた、ってとこか」

 真央はヘッドギアとグローブをはずした。

「リングの広さ、自分と相手の位置、それを全部頭の中に入れて相手をコントロールできるようになったんだ」

 そういうと丈一郎の頭をわしわしとなでる。

 丈一郎のさらさらの髪の毛がぐしゃぐしゃになった。

「わかっててもよ、そうそうできるこっちゃねーぜ」


「マー坊君がこんなに褒めるんだもん」

 そういうと奈緒は丈一郎の両手を握り締めた。

「丈一郎君、これって絶対強くなってる証拠だよ」


「そ、そうかな……」

 丈一郎ははにかんだ笑い顔を見せた。


「断言してやるぜ。お前はと強くなったってな。二週間前より、断然だ。ま、あんなパンチぜんぜん効いてねーけどな」

 ニイッ、真央は笑って見せた。

「この二週間、コーチしてきた甲斐があったってモンだ」


「そっか」

 ふと気がついたかのように丈一郎は言った。

「今日でマー坊君のコーチも終わりなんだよね」


「ん? まあ、そうだな」

 真央は自分の頭をがりがりと掻いた。

「いよいよプロテスト、だな」


「そうだったね」

 奈緒が小さく呟いた。

「何だか寂しいね」


「まあ、そういうなよ。丈一郎が強くなった、それでいいじゃねーか」

 そういうと真央は奈緒と丈一郎の肩を抱き寄せた。

「取り組むべきメニューもきちんと理解できただろーが」


「マー坊君……」

 奈緒は突然の事態に戸惑った。


「俺もさ、これで結構楽しかったんだぜ」

 真央の声も、心なしか寂しそうに響いた。

「一生忘れらんねーよ」


「だったら!」

 奈緒は潤んだ目で真央を見上げた。

「この高校に、聖エウセビオに転校しよーよ! ずっとわたしのうちに住めばいいじゃない! いとこ同士なんだから!」


「奈緒ちゃん……」

 真央は二人を解き放ち、困った様な笑い顔。

 かわいく駄々をこねる子どもを見つめる父親のような顔な。

「あのさ……」

 何か言葉を言いかけたその時


「奈緒ちゃん、それは言いっこなしだよ

 丈一郎が静かに言葉を紡いだ。

「故郷も捨てて家族も捨てて、一人の男が自分の人生をかけて達成しようとする目標がある。僕たちにそれをとめる権利は無いよ。なによりも、僕たちの言葉くらいで揺らぐような、そんな生半可な決意で達成出るような目標じゃないんだ」

 そういうと大きく深呼吸し言った。

「あの、フリオ・ハグラーを倒すってことはね」


「丈一郎……」

 二週間前からは思いもよらない力強い言葉に、真央は目を見張る。


「本当にこの二週間、僕にとって充実した毎日だったよ」

 さらに丈一郎は続けた。

「それは奈緒ちゃんも同じじゃない? だからこそ、これからは僕たちの力でこの同好会を盛り上げていかなくちゃならないんだ」

 そういうと真央の顔を見つめ

「そうだよね?」


 しばらく真央は丈一郎の顔を見つめていたが

「ぎゃはははは」

 急に破顔一笑した。

「言うようになったじゃねーか。ああ? 丈一郎」


「ご、ごめん、僕なんかが生意気なこと言っちゃって」

 丈一郎は頭をかいた。


「ありがとな」

 そういうと再び丈一郎と肩を組んだ。

「お前、何だか男になったぜ」


「ええ? えと、そうかな」

 照れ笑いを浮かべる丈一郎。


「ああ。すげー男らしーぜ」

 そういって肩を組みながら丈一郎の頭を撫でた。

「奈緒ちゃんもありがとな。すげーうれしかった」


「マー坊君……」


「きっと……ぜってー一生忘れねーよ」


「うん……」

 そういうと奈緒はうつむいた。

 するとおもむろに顔を上げ

「明日は、またパーティーしよう!」


「「え?」」


「丈一郎君の祝勝会! ね? 絶対だよ?」

 

真央と丈一郎はしばしあっけに取られていたが


「ああ」

 そういうと真央は、ニイッ、と笑った。

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