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    6.7 (土) 14:20

「なあ幸弘、お前はなんであいつらとあそばねえんだ?」

 真央は幸弘の前に座り、語りかける。

「あそこの背のでけーねーちゃんと鬼ごっこしたりよ、髪の毛のなげーねーちゃんと本読んだりよ。せっかく俺らが遊びにきたっつうのに、それじゃあ意味ねえじゃねえか」


「……いいよ、別に……」

 真央の呼びかけにもかかわらず、しかし幸弘は顔を背けた。

「……別に僕……誰かと遊びたいなんて思わないもん……」


 ふう、真央たちの上から聞こえたため息、その主はシスター・ドミニクだった。

「ねえ、幸弘君。せっかくこうやってお兄さんが声をかけてくださっているのですから。一緒に遊んでもいいのではないですか?」


「……シスターには関係ないでしょ……」

 そう言うと、プイ、と再び顔を背けてしまった。


「……なあ幸弘……」

 その様子を見ていた真央は、ぐいいと幸弘の頭をつかんでこちらを向かせる。

「その姉ちゃんの言う通りだぜ。話しかけられたり誘われたらな、キチンと反応するのが男ってもんだろうが」


「……う、うん……」

 真央の気迫に押され、幸弘は恐る恐る真央の顔を見た。

「……け、けど、僕本当に遊びたくないもん。こんなことやったって、なんの得にもならないじゃないか……ってあいたっ?」


「男のくせにうじうじつべこべぬかしてんじゃねえっ!」

 顔は、丈一郎に対するそれの、100分の1程度の力で幸弘の頭を殴りつけた。

「てめえ俺の半分くらいしか生きてねえだろうが!? そんなガキが偉そうに人生知ったみてえにスカしたことぬかしてんじゃあねえよ!」


「……じゃないか……」


「ああん?」


「……どうせ、いるじゃないか……」

 叩かれたことで、幸弘の視線が少々恨みがましいものになる。

「……お兄ちゃんには……お兄ちゃんには、お父さんもお母さんもいるじゃないか……僕には……僕には――」


 その言葉を聞くと、真央はピクリ、頬を動かす。

 そして

「おら、こっち来い!」


「うわわっ!?」


 幸弘の首根っこを掴み、軽々と肩に抱え上げた。 


「ちょ、ちょっとマー坊君!」

 その様子を見ていた、丈一郎が叫ぶ。

「い、いくらなんでも手荒すぎるよ? 相手は、僕やレッド君じゃないんだからさ!」


「おめえらはだぁってろ!」

 真央は丈一郎の言葉をそう切り捨てると、幸弘を担いで講堂を出ていった。


「そ、そうだよマー坊君! きゃんっ!?」

 寄ってたかって胸をもみしだかれながら、奈緒もたまらず声をあげる。

「そ、その子は……はんっ! まだ小さい――」


「えー、おねーちゃんはおっぱいおっきーよー」


「だから、胸そんなに揉まないでええええっ!?」


「ったく……ほっとけばいいよ、川西君」

 迫りくる子どもたちを軽々とかわしながら、圧倒的数のふりをものともせずに鬼ごっこを優位に進める桃が言った。

「こういう時はさ、あいつはそんな間違ったことは市内って、前言ったじゃん」


「ですが……」

 心配そうに口を挟むのは、葵。

「なんでわざわざ講堂の裏に、あの小さい男の子を連れて言ったのでしょうか……」


「あの……あのですね……」

 真央の後姿を、子どもたちを両手にまと割り着かせたまま見つめていたレッドが、口を開く。

「こ、ここは……ここは、釘宮先輩の、おっしゃる通りかも知れないっす……」


「レッド君?」

 思いもよらぬ人物の、思いもよらぬ言葉。

「何か……何かレッド君には思い当たるところ、あるの?」


「あの子……マー坊先輩が担いでいたあの子を見る、マー坊先輩目……ものすごく似ているんです」


「ものすごく?」

 と丈一郎。


「似てる?」

 と葵。


「は、はい……」

 頷くレッド。

「あの目……怖いけど、何故かどこか寂しそうな眼……じ、自分を助けてくれたと気の目とおんなじなんっす。あの時――」


「あの時――」

 丈一郎は思いだした。

 レッドと初めて会った時、あの男子トイレの中。

 先輩たちに理不尽な暴行を受けるレッドを助けだした、真央の姿。

 不器用ながらも、レッドに書けた優しい言葉。

 それらがすべて、丈一郎の脳裏にありありと再現された。

「その時……レッド君を見ていた目が……あの男を見ていた目と同じ?」


「は、はいっしゅ」

 レッドは力強くうなづいた。

「もしかして……マー坊先輩は、自分をほおっておけなかったように……あの子をほおっておけないって……ほおっておけない何かを感じ取ったんじゃないかって、思うんです……」


「まったく、マー坊君。君って男は」

 丈一郎は呆れたようにため息をつき、その細く、衣のような髪の毛を柔らかくかきあげる。

 その仕草を、その周りにいた少女たちはうっとりとした表情で見つめていた。

「本当に不器用なんだから。あんな荒っぽい態度取らなくたって、せめて僕に位は事情を説明してくれたってよかったのに」 



「おう、幸弘」

 行動の裏の土の庭、真央はそこに幸弘を下ろして立たせた。

「てめえ、さっき、俺に親父とお袋がどうのこうの、言ってやがったよな?」


「そ、そうだけど……」

 おっかなびっくりの幸弘は、おずおずとそう答えた。

「……僕には……お父さんもお母さんもいないし……」


「二人ともいないのか?」


「……お父さんは……死んじゃった……」

 幸弘は寂しそうに、蚊の鳴くような声でそう言った。

「……僕が小さい頃……事故で……」


「そっか」

 すると真央は、初めて優しくシュウの肩を叩く。

「お袋さんは?」


「おかあさんは……」

 すると幸弘は唇をかみしめ、固く拳を握ってうつむいた。

「おかあさんは……いま、僕と一緒にいれないの……。お仕事とかいろいろ忙しいから……僕はこの家でお母さんが来るの待ってるの……」


「寂しくは……ねえのか?」


「寂しいよ……寂しくて仕方ないよ……だけど……お母さんが、必ず迎えに来てくれるから……僕は悲しい顔して待ってなくちゃいけないんだ……」


「そうだな。男なら、お母ちゃんにさみしい顔なんて見せらんねえもんな」

 真央は、誉田夫は優しく幸弘の頭を撫でた。

「だからよ、そんな泣きそうな顔すんなよ。そんな顔しといて、お母ちゃんにいい顔見せるもなにもねえだろうが。男ならよ、強くならなくちゃ、な」


「強、く?」

 真央の言葉に顔を上げた幸比呂だったが、真央の笑顔を見ると、また顔を背けてうつむいた。

「だめだよ、僕。僕、弱っちいもん。喧嘩とか勝ったことないし……それに、痛いのとかいやだもん」


「あのな、幸弘」

 そう言うと真央は、幸弘の前に岩のような拳をつき出して見せた。

「喧嘩に勝つとか、そう言うのだけが強いってことじゃねえ。例えば、お前のお母ちゃんが割るものに襲われた時、お前ならどうする?」


「え?」

 その言葉に幸弘は目を閉じ、そしてその状況を想像してみた。

「やだやだやだ! ぜったいに、お母さんにひどいことなんかさせない!」


「だったらどうするよ」

 ニイ、真央は気持ちのいい笑顔を浮かべた。

「お母ちゃんが何よりも大事ならよ、お母ちゃんに頼ってばっかいるんじゃなくて、守ってやらなくちゃいけねえんじゃねえのか? ん?」


「けど、僕なんて……」


「よっと」

 真央はしゃがみ、幸弘の手を取ると、一つ一つ指を降り拳を作る。

「大切な人、大切もんを守るってのはよ、男としての役割なんだよ」


「男の……役割……?」


「ああそうだ」

 そして、その両の拳を、幸弘のあごの高さに構えさせた。

「お前にとって大切な人は、お母ちゃんなんだろ? そのお母ちゃんが、危ない目にあった時、お前が男として守ってやるんだ。助けてやるんだ。お前の、お父ちゃんのかわりにな」


「お父さんの……無理だよ」

 幸弘は拳を解くと、小さく頭をふるった。

「僕は、お父さんとかお兄ちゃんみたいに強くなれないよ……僕なんて……ふわっ!?」


 ヒュン


 風を切る音と風圧が、幸弘の顔に吹き付けた。


「い……今の……何?」


 ニイ、右唇を上げほほ笑んだ真央は立ち上がると、ファイティングポーズをとる。


 そして


「……え?  え? ええええ? な、なにこれすごい……」

 幼い幸弘は、その感動をストレートに、シンプルに表現した。


 真央は、幸弘の前でシャドウボクシングを披露する。

 空を、ジャブが切り裂き、ストレートが打ち抜き、フックが打ち砕きアッパーが破裂する。

 幼い幸弘の目にも、それが何か尋常ならざる鍛え方をしてきたことが手に取るように分かった。


「幸弘、俺にも親がいねえ。お父ちゃんも、お前にはいる、お母ちゃんもな」


「お兄ちゃん……」


「けどな、俺は今、ボクサーなんだ」

 そう言うとふう、小さく息をつき、そしてまたファイティングポーズをとった。

「ボクサーってのは、この世で一番つええ男たちなんだ。だから、俺はお父ちゃんが居なくても、お母ちゃんが居なくても負けねえ。お前も、お母ちゃんが本当に大切だってんなら、強くなれ。さもないと――」


 シュン――


 閃光の様なストレートが一瞬の真空を作った。


「お前のお母ちゃんは、どっかに行っちまうぜ」


「お兄ちゃん……」

 そう言うと幸弘は自分のその柔らかな手のひらを見つめ、そして先ほど真央がやったように小指から一つずつ指を折り曲げていき、拳を作った。

「僕も……ボクサーになったら……ボクシングをやったら、強くなれる?」


「ああ」

 そう言うと真央は、幸弘の頭をわしわしと乱暴になでた。

「約束すんぜ」


「お兄ちゃん!」

 幸弘は両拳を上げ、たどたどしくも力強いファイティングポーズを作った。

「僕に……僕にボクシングを教えて!」


 ニィ、真央は再び火的な笑みを浮かべた。

「ああ、いいぜ」




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