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    6.7 (土) 11:30

「ふう、さっぱりしたぁ」

 タオルを首にかけた丈一郎は、すがすがしい表情でシャワールームから出てきた。

「あれ? マー坊君は?」

 きょろきょろ周りを見回し、レッドに声をかける。


「え? さ、さっき先に出て、外で待てるって言ってましたけど」


「え?」

 その答えに、丈一郎はあわてて服を着替える。


「ど、どうしたんっすか?」


「君も急いで! レッド君!」

 髪の毛がまだしっとりとぬれたままの丈一郎は、顔色を変えてレッドに言った。

「マー坊君が逃げちゃう! 急いで引き止めないと! マー坊君が留年しちゃうよ!」


 その言葉に、レッドの表情もさっと掻き曇る。

「わ、わかりましたあ! じ、自分も今すぐ着替えて向かいますっ!」


「うんっ! じゃあボクは一足先に――」

 そう言ってシャワールームの扉を急ぎあけた丈一郎の目の前には――

「――マー坊君を探すから……って……え?」


「あ、川西君。お疲れ様」


 腕組みをして、その長い手足を勝ち誇ったように示す釘宮桃の姿が。


 そして、その足元には――


「よう……丈一郎……」

 観念しきった顔で、その大きな体を折りたたむようにして正座をする秋元真央の姿があった。


「えへへへー、さすが桃ちゃんだよねー」

 ひょこりと、その後ろから姿をあらわしたのは奈緒。

「“あいつのことだから、絶対バックれるに決まってる”っていって、逃げないように先回りしたんだよねー」


「だめですよ、真央君。ご自分の進路にもかかわる問題なんですから」

 幼い子どもに諭すようにして、真央の横に座る葵が言う。

「私達もお手伝いいたしますのに。きちんと素直に先生のおっしゃるように行動しておけば――」


 よく見ると、真央の鼻に鉢のにじむティッシュが細長く詰め込まれている。


「――このような目には合わずにすみましたのに」

 そう言って、葵は苦笑した。

 

「はははは……まあ、何があったかは想像できるかな」


「じょ、丈一郎先輩、し、支度が――え?」


「あ、レッド君」

 目の前に広がる光景に困惑するレッドに、丈一郎は苦笑しながら語りかけた。

「どうやら、僕達よりも何倍も上手の人が、ここにいたみたいね」


「さ、さすが……桃先輩っすね……」


「さっすが桃ちゃん、だね!」

 奈緒は、いつもの世に無邪気に笑った。


「……」

 話題の中心、お騒がせ男は、青い顔をしてその場に座り込んでいた。


――


「あら、早かったのですね」

 広大な校地の中にある修道院の入り口、シスター・ドミニクは清らかに微笑みかけた。

 そして胸元で手を合わせ、真央に対して小首をかしげる。

「あら? どうしてそんなにお顔の色が悪いのですか?」


「んでもねえよ。まあ――」

 ちらり、後ろを向くと不機嫌そうな桃の顔と、苦笑いを浮かべるその他の面々。

「――まあ、悪魔の仕業ってとこだろうよ……」


 すると、ドミニクは顔色を変える。

「まあ! 本当ですか!?」

 そして胸元で十字を切り、十字架を掲げる。

「もう大丈夫ですよ。ここは清らかな聖なる敷地です。悪魔はもう、入ってくることも出来ませんから」


「……どうやらそのお祈りも効果ないみたいだけど――あがっ!?」


 会話の内容を察した桃の拳が、真央の右わき腹に突き刺さった。


――


「皆さーん!」


 修道院に併設されるホ-ルにドミニクの声が響き渡ると、たくさんの少年少女の顔が一斉に振り返る。


「今日は、聖エウセビオ学園から、たくさんのお兄さんとお姉さんが、皆さんと遊びたいって来てくれましたよー!」


「「「わーいっ!」」」

 そしてその少年少女が、群れをなして取り囲んだのは――


「みんなー! こんにちはー!」

 どちらが遊ぶ側で遊ばれる側か、ぴょこぴょこ飛び跳ねる釘宮奈緒。


「皆さん、今日はよろしくお願いいたいますね」

 シスターと見まがうような、聖母の微笑を向ける礼家葵。


「こんにちはー。今日は一緒に楽しく遊ぼうね」

「こ、こんにちはっす! が、がんばりまっす!」

 へにゃりとした微笑と、気負いすぎなほどに気合を入れて子ども達を出迎える、丈一郎とレッド。


 そして

「「……」」

 腕組みをして、そっぽを向く真央と桃だった。

「聞いてねえぞ……」

「聞いてないよ……」

「「福祉施設の子ども達と遊ぶボランティアだなんて……」」


 皆一様に、ひよこの刺繍のついたエプロンを身につけていた。


 二人のふくれっつらなどどこ吹く風、シスター・レナは清らかな微笑をたたえ続けていた。

「本当に皆さんにいい顔ですわ。ボランティアをお願いして、正解でしたわ」


――


「ねえねえお姉ちゃん! 僕達とあそぼーよ!」

「遊んで遊んで!」

 幼稚園の高学年から低学年の男の子達がまとわりつくのは――


「えへへへへー、うんいいよー!」

 その豊かな胸がエプロンでは押さえきれないような奈緒だった。

「お姉さんと遊ぼうねー」

 普段妹役として扱われているせいだろうか、“お姉ちゃん”として振舞うことが出来ることが楽しくて仕方がないようだ。


「なあなあみんな! あのお姉ちゃん、めちゃくちゃおっぱい大きいぜー!」

「ほんとだ! すごいおっきい!」


「ほえ? ちょ、ちょっとー!」


「うわー、すっごいやわらかいー!」

「ぽにょぽにょしてるよー!」

「しかもおっきいー! シスター・ドミニクよりにおっきいかもー!」

 子ども達は、よってたかって奈緒の巨大な胸を揉みしだく。


「いやーっ! そんなに揉まないでぇーっ!」


――


「“おじいさんは言いました。おおい、おばあさんや、あの山の向こうに――”」

 こちらは、本棚の前で絵本を読み聞かせる葵。


 そこに座る小学校高学年の男子と女子は、絵本そっちのけで、つややかな髪の毛を掻き揚げながら玉を転がすような声で本を読む葵の姿に夢中のようだ。

「おねえさん、すっごく綺麗だね」

 少々ませた感じの少女が、葵に話しかける。

「髪の毛もすっごく綺麗。そんなサラザラの髪の毛になりたいなー」


「あら」

 葵は絵本の手を止め、その少女に微笑みかける。

「あなたの髪の毛も、すごくお美しいですよ。髪の毛は、手をかけてあげればかけてあげるほど、綺麗になりますから」

 そう言ってポケットからくしを取り出し、その少女の髪の毛を優しくすいた。

「こうやって、毎日きちんととかしてたげてください。きっと髪の毛も喜んで、もっと綺麗になろうとしますから」


「……うんっ!」

 少女は顔を赤らめながらも、元気一杯に答えた。


――


「あの……付き合ってる人とかいるんですか?」

「そうそう。好きな人とか」


「ははっ、そうだね」

 窓際の背の低い平均台に腰掛け、丈一郎は同じく左右に腰掛ける少女達に微笑みかけた。

「まあ、いないかな。今のところは」


「「ほんとー!?」」

 ほっとした、どこかうっとりとした表情で丈一郎を見つめる少女達は歓声を上げた。


「じゃあさ、君達には好きな男の子はいないの?」

 へにゃりと笑って問い返す丈一郎。


「いないよー」

 右手の少女が、ぶんぶんと顔を振って言う。

「だってさー、うちらと同い年の男子なんて、ほんとガキなんだもん」

「そうそう。いっつもへんなことしかしないしさー。あいつらを好きになるなんて、絶対ありえないしー」


「ははは、君たちから見たら、確かにそうなのかもしれないね」

 丈一郎は、笑いながらも的確なアドバイス。

「だけど、もう少し待ってみるといいよ。男の子って、君達女の子と違って成長が遅いからさ。だけそ、きっともう数年したら、君達の眼鏡にかなう男の子になってくれるともうよ。ね?」


 しかし、丈一郎をうっとりと見つめる少女達の耳には、馬耳東風という感じだった。


――


「ぅおれのなまえわぁああっ! 電撃レッドォオオオオオッ!」

 右手と左手を、胸元に組むレッド。


「おれのなまえはぁあああああああっ! でんげきぶるうううううっー!」

「おれのなまえはぁあああああああっ! でんげきいえろぉおおおおおっー!」

 幼稚園低学年の子どもも、同じく胸元で腕をクロスする。


 そして三人は、呼吸を合わせて両手を前に突き出す。


「「「おれたち! 電撃バップ!」」」


 呼吸を合わせた三人は、タイミングぴったりでポーズを決めた。


――

 

「……」


「……」


 すっかり打ち解けた仲間達を、無言で見つめていた一組の男女。


「……どうしたんだい、マー坊君。君のボランティアのだったはずじゃないか。遊ばなくていいのかな?」


「……おや、桃さん奇遇ですね。あなたも何も出来なくて一人ぼっちみたいじゃないですか。お姉さんはなれたものなのに」


「いやいや、君ほどじゃあないよ。きっと君は、こういう子ども達とどう接したらいいかわからないんだと思うから。自分自身が子どもなのにねえ」


「ぎゃはははは、よくおっしゃりますなあ。ほら、あそこでふざけている子ども達がいますよ? いつもその子どもみたいな男子高生をしつけるみたいに、鉄拳制裁でマナーを教え込んであげたらよろしいんじゃないですかねえ?」


「あはははは、まさか。まだ賢く成長できる可能性のある、前途有望な子ども達にそんなまねは出来ないな。もはや取り返しのつかないバカだからこそ、あの制裁は意味があるんだから」


「ぎゃはははははは」


「あははははははは」


 そして二人は、ほとばしるように視線をぶつけ合った。


「「いやー、気が合いますなあ」」

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