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    6.4 (水) 12:40

「本当に申し訳ありません!」

 礼家葵は丁寧に、心をこめて頭を下げる。

 長くつややかな髪の毛が、するりと重量にしたがいまっすぐ伸びた。

「私としたことが……つい取り乱してしまいまして」


「……ったくよぉ……なんで毎回こうなんだよ……」

 秋元真央は、鼻へとティッシュをねじ込み、そうぼやいた。

「……そのうち俺ぁ弾みで殺されちまうかも知れねーぜ……」


「謝ることないよ、葵」

 腕組みをシ、すらりとした腕を組み冷たく言い放つのは釘宮桃。

「こころにいやらしい隙があるからこういうことになるんだ。葵だって見ただろ? あの鼻の下伸ばした、しまりのない顔をさ」


「んだとこの野郎!」

 鼻に詰まった血染めのティッシュが、真央の鼻から勢いよく飛び出す。

「俺のどこがしまりのねえ顔してるって言いやがるんだ!? ああ!? この暴力女が!」


「なんだと! この変態男!」


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいあなたたち!」

 二人の間に、あわてて岡添が割って入る。

「べ、別に釘宮さんが想像するようなことなんて! な、何もないんだから! ふ、二人とも落ちつい――きゃっ!?」


「あらっ!?」


「えっ?」

 

――


「っててててて……一体なんだってんだ――ふわっ――」

 桃、岡添ともみ合い、倒れこんだ真央の顔に、ふかふかとした感触。

 この世のものとも思えぬ心地よさと同時に、一抹の不安を感じた真央は、恐る恐る自分の顔を包み込む柔らかな存在に指を触れる。


「あ、ん――いやっ……」


 真央の耳に、死刑宣告のように響くなまめかしい声。


「……もしかして……これは……」

 ゆっくり顔を上げる目の前には――

「うわあああああああああああっ!」


「いやあああああああああああっ!」


 真央は、今度は岡添の、ブラウスに包まれた白い頂に顔をうずめていた。

「ほがっ! ち、ちげえんだって! これは不可抗力の――」

 真央はあわてて体を起こそうとするが、先ほどまでその柔らかなふくらみをもてあそんでいた指先に、一気に体重がかかり――


「え?」


 プツンプツンプツン――


 岡添の、ブラウスのボタンが、こらえきれないように一気にはじけとんだ。


「きゃああああああああああああっ!」

 岡添の黒い下着に包まれた、しっとりとした谷間があらわになった。

「ちょ、ちょっと! こんなところで……だめよ……秋元君……」


「ま、まてよ! そんな誤解されるようなこと――ほげがあっ!?」


 今度は桃と葵、二人の足の裏に、真央はその顔を挟まれた。


――


「というわけで」

 ここにまでいたる喧騒もなんのその、シスター・ドミニクは歳暮の微笑で真央に語りかけた。

「真央君にはボランティアを頼みたいんです。一日だけでいいので」


「ボランティアって言ってもよ」

 濡れタオルで頬骨を抑えながら真央は言った。

「俺そんな時間ねえぜ? 一応俺はインターハイ出場決めたから、東京都予選には出るつもりはねえけどよ、それでも丈一郎とかの練習手伝わないといけねえしな」


「そうだよねー」

 うんうんとうなずく奈緒。


「……一体いつ戻ってきたんだよ……」

 頬を押さえながら、いぶかしそうにい真央。


「えへへへへー、よく考えたら、マー坊君こういうことって良くあるしさー。それに――」

 奈緒はかわいらしく苦笑すると、誰にも聞こえないようにごにょごにょつぶやく。

「……女の子に興味ないよりは、あったほうがずっといいもん……」


「……奈緒、あんたなんか言った?」

 じろり、腕を組んで妹をにらむ桃。


「ほえっ!? な、ななななな、なんでもないっ!」

 姉の凍りつくような視線に、奈緒は飛び上がる。

「とととと、とにかくっ! マー坊君がいないと、練習できないんです。インターハイ予選は再来週ですし」


「とはいっても、私も難しい立場なのよ」

 ふう、ブラウスを着替え、眼鏡をさえる岡添絵梨奈。

「確かに、秋元君はインターハイ出場を決めて、学校としても当然喜んで入るわ。けど、やっぱり、ね」

 岡添は、ちらり、シスター・ドミニクを一瞥する


「そうですね」

 ドミニクはうなずいた。

「やはり、このままの成績だと進級判定にもかかわってくるのです。そして、成績がこれ以上向上しないと判断された場合は、補修などによって、倍に四手はインターハイ出場も――」


「――危うくなる、ということなのですね」

 葵は、胸元を押さえて口を開いた。

「真央君、確かにお気持ちはわかりますが、インターハイ出場どころか、進級にまでかかわってくる問題です。一日限り、ということであれば、お引き受けしたほうが得策ではないのでしょうか」


「けどよ」

 真央は頬杖を着いて、不服そうに言った。

「そうはいっても、俺だけの問題じゃあねえんだぜ? もしかしたら、丈一郎の野郎だって十分インターハイ出場の可能性あるんだぜ。それに、レッドの野郎のことも――」


「――だいじょうぶだよ」


「どわっ!」


 真央の後ろから、少々高く澄んだ声が響いた。

 その顔を振り返ると――


「マー坊君言ってたじゃん。関東大会が終わったばかりだから、むしろ体を休めながらインターハイに備えなきゃ、ってさ」

 川西上一郎が、あのいつものへにゃりとした微笑でたっていた。

「ボランティアが面倒くさいからって、敵と名子といっちゃだめだよ。それに――」

 丈一郎は部屋の中、そしてそこに集う面々を一瞥すると、へにゃりとしたかわいらしい微笑みは、どこかいたずらなものに変わった。

「――こんな楽しそうな状況に、僕を呼ばないなんてずるいなあ、マー坊君」


「「「川西君っ!」」」


「はははは、冗談冗談――って、あだっ!?」 


「ふざけたこといってんじゃねえっ!」

 真央は、丈一郎の脳天に鉄拳をめり込ませた。


「あたたたたた……はははは、けどさ、うそはいけないよ、マー坊君」


「うっ……」

 真央は答えに窮した。


「じ、自分たちは大丈夫っすよ!」

 丈一郎のその後ろから姿を現した、ちょっと太めの体をゆする瀬川隼人、通称レッド。

「い、いずれにせよ、自分たちも練習が終われば午後から時間ありますから! 模試良かったら、自分たちもお手伝いするっすよ!」


「まあ、男手が増えるのであれば、それはうれしいことですわ」

 シスタードミニクは胸元で手を組み、感謝をささげるようにしていった。

「それでは、土曜日と日曜日の午後、お手伝いをお願いいたしますわ」


「おおっ!?」

 一切の邪念のない様子で真央の腕を取るシスター・ドミニク、しかし、その真央の腕には、清らかでありながらも凶暴なふくらみが押し当てられる。


「それでは、ご一緒に、神の御名の元に尽くしましょう。真央君」


「ちょ、ちょっとまったーっ!」

 その二人の密接な関係に割り込むように、今度はさらにふくよかな胸元を、奈緒が真央の顔に押し付ける。

「だ、だったらわたしも手伝うもんっ!」


「奈緒!」

 桃は思わず立ち上がる。

「あんた、言ってることめちゃくちゃだよ!」


「だって、ボクシング部の部員が、ボランティアに駆り出されるんでしょ!? マネージャーなら、お手伝いするのが、当たり前だもんっ!」


「そ、それなら私もっ!」


「葵!?」

 

「この学校のことは、生徒会である私にもかかわる義務があります!」

 葵は両手を机に突き出した。

「ですからシスター・ドミニク! 私も、修道院のためにお手伝いをいたします!」


「まあ、うれしいですわ」

 あふれんばかりの感動に、シスター・ドミニクは目を潤ませる。

「本当にすばらしい方々ですわ。私も、この学校のOGですので、後輩たちがこれほどまでに熱心に神の恩ためにご奉仕いただけるなんて、本当に、天にまします主のすばらしいお引き合わせといえますわ」


「勝手にしなよ」

 ふう、桃はあきれたようにため息をついた。

「好きなようにすればいいさ。悪いけどあたしは付き合ってやる暇は――」


 ぽん


「え?」


 桃の肩に置かれた、細く白い指。

「釘宮桃さんですよね? 岡添先生から伺っていますわ」

 にこにこと、少女のような屈託のない笑顔を浮かべるのは、シスター・ドミニク。

「あなたがいると、真央君は何でも言うことを聞くとのことですね? ぜひとも、今回のボランティア、あなたにも参加していただきたいのです」


「はああああっ!?」

 桃の端正な顔が、困惑でゆがむ。

「何であたしがあいつの手助けなんてやらなくちゃならないんですか?」


「悪いわね、釘宮さん」

 腰に手をやり、岡添絵莉奈は言った。

「ほら、さっきから見てわかると思うけど……秋元君って……ほら、女の子と一緒にいると……」


 その言葉に、桃がちらり視線を動かせば、女三人に取り囲まれる真央の姿があった。


「お願い、釘宮さん。私も、出来る限り手伝いはするから。ね?」

 申し訳なさそうに苦笑すると、岡添は小さく頭を下げた。


「くっ……」

 何かを言い返そうとする桃だったが、諦めてがっくりと肩を落とした。

「仕方ない……お引き受けいたします……」


「やったあ! 桃ちゃんも一緒だね!」

 奈緒は無邪気に飛び上がる。

 高校一年生にしては大きすぎる胸元をゆすりながら。


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