表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/228

    3.9 (日) 8:30

 守衛室を通り過ぎ、正面に見える礼拝堂の前まで連れ立つ三人。


 先頭を進む桃は二人を振り返る。

「じゃ、あたしも部活行くからな」

 

「うん。桃ちゃん、色々ありがとねー」

「とりあえず、サンキュな」

 二人はそれぞれの言葉で桃に感謝した。

 あまりにも現実的に機能的な桃の行動、どこかしら抜けている二人ではこうもスムーズにことは運ばなかっただろう。


 すると、桃は真央を指差した。

「何度も繰り返すようで悪いけど」

 機能的で現実的な行動は、彼女の振る舞いをいっそうクールに見せた。

「ちゃんと奈緒の言うこと聞かなきゃだめだからな?それと……」


「……それと……なんだ?」

 両方の眉を吊り上げ、のんきな表情で真央は訊ねる。


「奈緒に変なことしたら即刻出てってもらうからな」

 クールな桃は真央に釘をさすことも忘れてはいなかった。


「あるわけねーだろ!」

「そうだよ桃ちゃん、考えすぎだよー」

 桃の心配をよそに、二人はあくまでもマイペースだった。


「どうだか」

 腕を組んだ桃は横目で真央を睨んだ。

「昨日のこと、胸に手を当ててよーく思い出してみな」


「「!」」

 その言葉に、体を硬直させる両者。


「……」

「……」


「こら!二人で顔を赤らめるんじゃない!」

 桃のどなる声は思った以上に周囲に響いたようだ。

 ブレザーを着た男女がこちらを振り向いた。

 そのことに気づいた桃は、小さく咳払いをすると

「ったくもう」

 いつものクールさを装う。

「とにかく、ちゃんと君はやるべきことだけをきっちりこなすこと! いいな!?」

 そう言うとエナメルバッグを抱え、高等部の校舎の方へと足を向けた。


「あ、釘宮さんおはよう」

 クラスメートであろう女子生徒が桃に声をかける。


「あ、おはよう」

 にこやかに答える桃。

 先ほどの怒号はどこへやら、その姿は立派な“優等生・釘宮桃”そのものだった。




 桃の姿を見送った真央と奈緒は、礼拝堂の前を左折し部室への道を進んだ。

 中学部と高等部は同じキャンパス内にある。

 すでに春休みであるにもかかわらず、たくさんの生徒が講習や部活で足を運んでいる。

 その生徒たちは、一様に奈緒とともに歩く真央の姿にちらちらと目をやった。


「なんか、見られてるみたいで落ち着かねーな」

 その状況は真央にとって居心地のいいものではなかった。

 このキャンパスに足を踏み入れるときにも感じた、明らかな場違い感をぬぐうことが出来ない。


「うちの学校の中で学ランなんだもん。それはしょうがないよ」

 奈緒はなだめるように言った。

  

「んー」

 真央は入校証をいじり、頭をもしゃもしゃとかきむしる。

「つーか、やっぱ違うよな」

 ため息交じりの言葉が漏れた。


 一方で、クラブバッグを抱えて真央の横を歩く奈緒の足取りは軽快だ。

「何がー?」

 とにこにこして訊ねた。


「いや、信じらんねーよ。春休みになってまでこんなたくさんの生徒が学校にいるなんてよ」

 春休みになってまで学校に通う、そのこと自体が理解できない。

「大体よ、学校の大きさもそうだし、俺こんなでけー学校見たときねーよ」

 真央の通っていた学校は地方都市にある学校であったため、おそらくは東京の一般的な公立学校よりも広いはずだ。

 しかし、その真央にとって見ても、この学校の敷地面積、そして何よりもこの風格のある校舎群はあまりにも巨大に見えた。


「うーん、そんなもんかなー」

 空を見上げながら答える奈緒。

 小学校のころから通いなれたキャンパス、奈緒に取ってはこれが当たり前の光景だ。

 しかし、この学校にいささかの退屈さを感じていたのも事実だ。

「まあ、なんだかんだでうちの学校はお上品な学校だからねー」

 ボクシング同好会を立ち上げるときも、たくさんの反対意見が教員たちからあったと耳にした。

 しかし、幸運にも理事会での了承を受け、同好会を発足し物置同然だった部室を自由に使える権利を得たのだ。

 多少の不平は、むしろ我慢すべきものだろう。


「そーだな」

 しかし、それゆえに真央は一つの疑問を払拭できずに、奈緒に訊ねた。

「けどよ、そんな学校に、廃部になったとはいえ、何でボクシング部なんてあったんだ?」

 元女子高の伝統あるカトリック系の学校にボクシング、真央の中では両者がうまく結びつかなかった。


「うーん、その辺のいきさつはわたしにもわかんないんだけど」

 なんとかその疑問に答えようと奈緒は頭をひねる。

 奈緒自身も、この学校にボクシング部があったと聞いたときは驚いた。

 生徒の中でも、知っているものはほとんどおらず、勤務歴の長い古株の教員のみがそれを知っていた。

「ただ言えることは、廃部になってから何十年もたったものを、私が復活させたってこと、それだけかなー」

 奈緒がクラスの清掃で、ゴミ袋を運んでいたとき、偶然見つけたのがボクシング部の部室だった。

 ボクシングファンの奈緒は、奮い立ち、そして同好会発足を実現した。

 少々抜けたところはあるものの、この少女の行動力と意思は、大いに賞賛されるべきものだ。




 二人は中等部と高等部の校舎の間にある中庭を超えると、林に囲まれた部室棟の方へと足を進める。

 その部室棟をさらに通り過ぎると、目に飛び込んでくるのは一棟の古びたプレハブ。


 奈緒はそのプレハブを指さした。

「あれだよ」


「これか」

 築何年たっているだろうか、少なくともプレハブの本来の耐用年数は過ぎているだろう。

 ボクシングジムにはよくある外見だが

「この校舎の中にある割には結構ぼろいんだな」

 やはりこの格式高い校舎郡と比較すると見劣りがした。 


「しょうがないよ」

 そう言うと奈緒はバッグの中から錆びた鍵を取り出した。

「廃部になってからずいぶん経ってるし。それにこう見えて……」

 

 ガチャガチャ


 これまた古びた南京錠に鍵を差し込むが

「……中の……設備は……それなりに……」


 ガチャッ


「ふうっ」

 ようやく南京錠を開錠した。

「中にはそれなりの設備がそろってるんだよー」

 というと奈緒は

「んっ」

 今度はプレハブの扉を開けようとしたが

「ん! ん、ん!」

 力を込めても開けることはできない。

「ご、めんね! 建付け! 悪くて!」

 

「どいてろよ」

 そう言うと真央は両手を扉に手をかけた。


 ガタガタガタ、ガラッ、苦しそうな音を立てて扉は開いた。


「さっすがマー坊君」

 奈緒は小さくガッツポーズをした。




「おおー」

 真央の口から驚嘆の声が漏れた。

「確かにちょっと古いけどよ、これなかなかのもんだぜ」

 

 中には古いながらもサンドバッグ、パンチングボール、大きな姿見、そしてきちんと杭を打ち設営されたリングもある。


「確かに古いは古いよねー」

 真央の後から奈緒の声が響く。

「たしか作られたのが、ファイティング原田が二階級制覇した頃らしいから、かなり年季は入っているよね」

 そういうと奈緒は壁に貼られた、色あせたファイティング原田のポスターを指さした。


「もったいねーな」

 そう言うと真央はバシン、サンドバッグを右拳で叩く。

「ここで普通にジムが開けるぜ。どうしていままでこんな立派な設備誰もつかってなかったんだ?」


「もともとうちの学校女子が多かったのもあるし」

 カーテンを開けながら奈緒は言った。

「入部者がいなくなって自然消滅したんじゃないのかな」


「ふーん」

 真央は腕組みをして言った。


 すると、がらり、戸を開ける音がした。


「あ、来たみたい」

 その音の響く方角を奈緒は振り返る。


「あれー、奈緒ちゃんもう来てたんだ」

 一人の男子生徒がバッグを抱えて入って来た。

 サラサラの髪の毛と一見すると女性にも見えるような整った顔立ち、ほっそりとした小柄なの少年だった。


「誰?」

 真央が奈緒に訊ねた。


「唯一のボクシング同好会の会員。マー坊君と同い年だよ」

 奈緒は簡単な紹介を加えた。


「奈緒ちゃんおは……」

 ふにゃ、っとした笑顔を奈緒に向けたが

「……よ!?」

 真央の存在に気が付くとその可愛らしい顔は強張る。

「えっと……その人……は、誰?」

 聖エウセビオ高校の生徒があまり接したことがないような真央のいかつい風貌に、その少年は思わず後退りした。


「よっす」

 そう言うと真央は守衛に返したような敬礼をした。


「今日から二週間、コーチしてくれることになったマー坊君。わたしの親戚なの」

 そう言って奈緒は少年に真央を紹介した。


「マー坊君?」

 そのいかつい風貌とのギャップにやや少年の緊張は和らいだ。


「はじめまして、だな」

 真央が少年に近づく。

「俺、秋元真央。真央だからマー坊って呼んでくれればいい。よろしくな」

 そう言って右手を差し出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ