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    6.2 (月)20:00


「あ?」

「え?」


 ぷにゅん――


「きゃっ!?」

「あがっ!?」


 ゴンッ――


「……ってえ……」


「……あいたたたた……す、すいません、大丈夫ですか?」


「……お、おう……って、ふわっぷ?」

 頭を痛打した真央の顔の上には――


 ――薄く白いバスタオルにくるまれた、柔らかくたわわな岡添の“果実”が押し当てられていた。


「うわあああああああああああ!」

 真央は慌ててそのしたからはいずりだした。


「す、すいません! 急にドア開けちゃって! それに、私目が悪いもので、眼鏡を取っちゃうと、本当に何も見えなくなっちゃって……」

 その言葉通り、岡添えはあさっての方向を向いて、胸元のタオルを押さえながら必死で頭を下げ続ける。


「き、気づかれてねえみてーだな……」

 しかし


「? 岡添先生? どうかいたしましたか?」

 ドアの奥から響く葵の言葉に


「ってそれどころじゃねええええええ!」

 真央は自分の足元に放り出されたタオルを拾い上げると大切な部分だけを隠し、そして慌てて大浴場の奥へと姿を隠した。

 ごつごつとした大きな岩の陰に身を潜め、混乱する頭の中の整理を始める。

「どういうことだ? 俺ぁ気づかないまま女風呂に入り続けてたってことか? けど……」

 真央は三十分ほど前の記憶を手繰り寄せ確信する。

「いくら俺だって、あんなでかでかと“男”って書いてあって、読み間違えるはずなんてねーぞ? なんだ? 俺は狐にでも化かされて――」


 カラン――


「うわー! おっきいー!」

 真央の混乱をよそに、最悪の状況が実現する。

 紫は、その華奢な体にタオルを巻きつけたまま、大きく腕を広げて叫んだ。

「こんな広い温泉、紫たちだけで独占できるなんて、夢のようじゃん……って先生、何やってるの?」


「えっとその声は……紫さん?」

 かろうじてその声の響く方向に、岡添は目を細めて話しかけた。

「あの、もしかしてさっき私がぶつかったのって……紫さん?」


「はえ?」

 その奥から大浴場に姿を現した奈緒は、小さなタオルでは包みきれないからだの全部を、左手で覆いながら首をかしげた。

「んー、違うと思いますよー。だって、わたしと紫ちゃん、ずっと一緒にいたんだもんー」


「おかしいですね」

 タオルの上からも見て取れる、めりはりのある女性らしい体の持ち主は葵。

「今日は平日ですから、私たち以外にお客さんはいないとお伺いしていたはずなのですが」


「……やべえな……続々増えてきやがった……とにかくさっさとここから抜け出ねーと……声きく限り、葵と先生と奈緒ちゃん、ションベンガキくれーなもんか? まあ、あいつらくらいなら、風呂は行ってる隙見てさっさと――」


 ――しかし、その希望はもろくも崩れ去った。


「もしかして、誰か忍び込んでいるんじゃないのか」

  真央の希望を粉みじんに打ち砕いたのは、同じくタオルを身に包んだ桃の声だった。

「痴漢とか……そういうおかしな男が忍び込んでいる可能性だってあるんじゃないのか?」


「ちげーよ!」


「?」


「やべっ!」

 顔は慌てて自身の口をふさいだ。


「……やっぱりおかしな……間違いなく人の気配がするんだけど……」


「てめえは野生動物かよ!」

 真央は誰にも聞こえないような声で叫んだ。


「あー、もしかして、ほら、野生のお猿さんとかが来てるんじゃない? 温泉によく入って来るらしいじゃんー」


「あらあら奈緒ちゃん、いくら山が近い言うても、さすがにこんな街中に猿なんてでるわけなあよ」


「あ、綾子!」

 

 ドキン――


 真央の心臓は止まりそうになる。

「あ、綾子も温泉に……てことは……」

 お湯に身を浸しながら、少しずつ岩場の蔭からその姿を―ー

「何考え取るんじゃ俺わ!?」


 ゴキン


「!?」


 真央の、自身の顔を殴りつける鈍い音に反応したのは――

「やっぱり何か気配がするぞ?」


「だからなんでてめーはそんなカンがいーんだ!? マウンテンゴリラがぁ!」

 真央はいたたまれなくなり、ぎりぎりと歯噛みした。


「気のせいだよ気のせい、桃ねーさん」

 

 バシャバシャバシャ――


 すでにシャワーで体を流し始めた紫はこともなげに言い放った。

「だいたい何か当ても、綾子さんと桃ねーさんがいれば怖いことなんてないしさ。そんなことよりさっさとお風呂入ろうよ! みてよ、このにごったお湯」

 紫が指差した浴槽に見えるのは、乳白色にとろりとしたとぎ汁のようなお湯。

「紫、早く入りたくって仕方ないんだから。だからそんなこと気にしないで、温泉楽しもうよ!」


「そうだよ桃ちゃん」

 その言葉に促されるように、奈緒も紫の横に座って言った。

「ね? せっかく紫ちゃんや綾子さんと過ごせる最後の夜なんだからさー。こんなことで時間を無駄にしたら損だよ」


「……ったく、あんたらはいつでも能天気なんだから……」


「まあまあ桃さん」

 葵は優しく桃に語りかけた。

「奈緒さんや紫さんの言うことにも一理あります。桃さんも疲れていらっしゃるんですよ。温泉にでもつかって、ゆっくり休みましょう。ね?」


「葵が言うなら……まあ……」


 そして女性人はめいめいがシャワーの前に据わり、体を流し始めた。


「……あぶねえあぶねえ……とにかく、あいつらが体を洗ってる隙に――いや、できれば髪の毛を洗ってる隙にでも――」


 ちらり、岩陰から覗き込むが――


「はうわっ!?」


 そこから覗いたのは、誰が見ても文句のつけようのない侍女たちの、あられもない裸の背中だった。

 女性に対し一切の免疫のないこの男には、一瞬たりとも見ることのできない光景だった。


「やべえって! けど、どうすりゃいいんだよ……このままだとのぼせてぶっ倒れちまう……いや、それだけじゃねえ……もし桃ちゃんや葵に見つかったとしたら……」


 真央の脳裏によぎるのは


 その約束に一縷の望みを託した真央だったが


“マー坊、死ぬのと殺されるの、どっちがいいか選べ”


“うふふ、桃さん、それでは同じことではありませんか。苦しんで死ぬか、楽に死ぬか、どちらかを選ばせるべきだと思いますわ”


“わかったよ。せめて楽――”


“却下”


「うがああああ! どっちにしろ殺されちまうてことじゃねえかあああああ!」

 真央は左の顔面に突き刺さるであろう桃の右ストレートに、前身に鳥肌を立てた。

「くそう……神埼の右ストレートなんかより、あのメスゴリラの右ストレートのほうがよっぽどおっかねーつうのはどういうことなんだよ――」


 ジャボン――


「なにぃっ!?」


「これ紫ちゃん! いくら貸切状態じゃからいうて、そんな飛び込んだらいけんよ」


「いいじゃんいいじゃん。かたいこと言いっこなし!」


「何さっさとてめえは体洗い終えてやがんだあ!」

 真央は岩陰とお湯に小さく身をひそませるほかなかった。


「あー、やっぱり温泉はいいなあ……ふう……うちのアパートの狭いよく質なkk奈とは比べ物にならないよぉ……」

 ゆったりとした表情の紫の頬は赤く染まった。

「けど、本当に広いねこの温泉。あ、あっちのほうまで広がってるよー」


「あ? げっ! やべっ! ど、どっか隠れる……隠れる場所……」

 真央は慌てて周囲を見回すと

「南無三っ!」


 ジョボッ――


 慌てて白濁した温泉の中身身を潜めた。


「うーん、こっち側はちょっとだけぬるい感じもするけど、ゆっくりつかっていられる温度かもねー」

 そういうと紫はリラックッスした様子でお湯に体を浸し、浴槽の縁に体を傾けた。

 しかしその岩場の直下には――


「ンー! ンー! ンー!」


 必死で息を止め、そして目の前の、開いては閉じする紫の太ももの間から目をそらそうとする。

 そして紫のその細い足が――


 ぬるん――


「ん?」


「ンー!」

 真央の肩口に触れた。


「どうしたのー、紫ちゃんー」

 ざぶざぶとお湯をかき分けて、奈緒もこちら側へとやって来た。


「いや……なんかぬるっとした医師みたいなものが足に触れた気がしたんだけど……」


「? あー、きっと下に硫黄が溜まっているんじゃない?」

 奈緒は石造りの浴槽の下に指を這わせて、雪のように真っ白な奈湯の花を掬い上げた。

「ほらー、これだけ硫黄が溜まってるんだからー。気をつけないと滑っちゃうくらいなんだもんー」


「そっか、そうだよねー。ちょっとびっくりしちゃった」

 

「ぷっはあ!」

 息が持たなくなった真央が、その場を離れて一瞬で息継ぎをするが――


「だねー、なんか魚でも触ったみたいな感触するもんねー」


 けらけら笑い合う二人は以降に気がつくことはなかった。


「いまだ!」

 二人の目を盗み、真央はその辺に転がっていた木製の手桶を手に取り、そこに顔を入れて体を湯に鎮める。


「はあっ、はあっ、はあっ……これで何とか息継ぎの心配はなさそーだな……早くあっちに行きやがれ……

ってああん?」

 手桶の隙間から覗く真央の視界の中に入ってきたものは――


「あら、皆さん、こんなところにいらしたのですね」

「姿が見えなくなっちゃうくらい広いのね、このお風呂。お母さん……理事長に感謝だわ」

「ほうねぇ。やっぱり気が引けるけんど、すごい大きさじゃねえ」


 葵、岡添、そして綾子が合流。


「広いとかいいつつせめーとこに集まってくんじゃねえ!」


 そして、更なる悪夢が――


「なんだ、みんなこんなとこにいたのか。せっかく広い温泉なんだから、こんなところに固まんなくってもいいのに」  

 呆れたように腕組みをする桃の姿だった。


「だったらてめえもこんなところに来るんじゃねえ!」

 真央は、自身の生命のカウントダウンが始まったことを直感した。

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