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    5.23 (土)10:40

「まーちゃんにこんなところで合うなんて、人の運命なんて分からんもんじゃね。秋元、って言うから、最初誰かわからんかったんよ。いま、お母さんの苗字名乗ってるんね」

 ベンチに座る綾子は、真央の顔を見てやや寂しそうに微笑んだ。

「ああ、いけんね。未だに気を抜くと標準語が抜けよるわ。標準語覚えようと、これでもうち、がんばっとるんよ」


「関係ーねーだろ、今は俺の名前なんてよ。大体、気持ちわりーんだよ。てめーがそんな標準語しゃべるなんてよ」

 その隣に座る真央は、おっとりと微笑むその顔を見ることなく、精一杯の憎まれ口をはき捨てた。

「てめーこそ今何やってるんだ? 高校中退して、親戚の世話になるっつっていなくなっちまったのはてめーだろーが」


「ゆうてくれるね」

 その微笑みはしかし、数年ぶりにあった年下の少年を見る懐かしそうなものへと変化していた。

「うちは親戚に引き取られたけんど、結局いろんなところたらいまわしにされてね。ほんで今は、昼間は美容室で見習いやりながら定時制高校通ぅとるんよ。おかしなもんじゃね、うちももう十九で高校に通うなんて思いもよらんかったけんど、いい年して制服着込んで、これでも真面目に通ぅとるんよ」


 駅の近くにある公園のキオスク、真央と綾子、そしてそれを見守るようにして桃、奈緒、紫が向かい合って座る。

 真央と綾子以外は、二人の関係がいかなるものであるかを測るため、一様に無言のまま。


「けっ、てめーには全くお似合いの人生だぜ」

 相変わらずそっぽを向いたまま、真央は呟いた。


「まったく、相変わらずなんだから。駄々っ子みたいに」

 少々困ったような表情で微笑むと、すっくと立ち上がり、桃と奈緒に向かって深々と頭を下げた。

「本当に不思議なめぐり合わせじゃね。まずは、紫ちゃんのこと、迷惑かけたね。それと……驚いたわ、まーちゃんにこんな親戚がいたなんてね。まーちゃんを面倒見てくれて、本当に感謝の言葉しかないわ」


「え、えっと、そのですね……」

 恐る恐る、ぎこちない笑顔で奈緒は訊ねる。

「あ、あの、マー坊君と綾子さんは、一体どういうご関係なんですか?」


「あ、あたしも聞きたーい!」

 同じく右手を上げ、生意気そうな笑顔ではしゃぐように声を上げる紫。

「ねえねえ、二人とも広島に住んでいたんでしょ? もしかして……元恋人同士だったりするの?」


 何の遠慮もデリカシーのない言葉だったが、その表現は何の解釈もはさみようもないほどにストレートだった。

 その言葉に奈緒、桃、そして真央の表情が固まる。


 すると綾子は

「あっはははははは」

 豪快に笑うと、手をぱちぱちと叩いた。

「面白い冗談じゃね。うちとまーちゃんは、そういうんじゃないんよ。うちは……ほうねえ、いってみれば、まーちゃんの保護者みたいなもんじゃね。ああ、ごめんごめん、うちの言葉聞き取りにくいよね」


「い、いえ! そんなこと……」

 “そういうんじゃないんよ”その言葉にやや表情を和らげ、胸をなでおろしながら奈緒は言った。


「さっきも言ったけど、うちはまーちゃんの保護者みたいなものだったのよ。まーちゃんと、うちの兄さんが仲良しで、よぉうちに遊びにきてね、それでご飯とか食べさせてやったり、まあ、いまのあなたたちみたいな存在ね」

 おっとりと、穏やかに話す綾子。


 しかし、桃は気づいていた。

 その綾子の言葉に、眉間にしわを寄せいらついたような表情の真央の顔に。


「なーんだ、紫、てっきり二人がそういう関係だったのかなって思っちゃった」

 頭の後ろで腕を組み、つまらなそうに紫は言った。

「けど、そういう関係じゃない、って割にはすごい親密そうだしさぁ。絶対なんかある、って思うのが普通じゃない?」


「そうねえ……まあ……」

 ちらり、横に座りむくれたような表情の真央を確認すると、再び困ったように綾子は笑う。

「……まあ、いろいろあったんよ。うちもほら、紫ちゃんよりいくらか長くいきとるけ」


「そんなおばちゃんみたいなこと言わないでよ」

 紫はいたずらっぽく笑う。

「大丈夫、綾子さんはまだまだ若いし、それに綺麗だから」


「ほんに、この子はゆうてくれるね」

 綾子がそう答えたその瞬間――


 ――ピピピピピ、ピピピピピ、ピピピピピ――


「あれ」

 綾子のバックから、控えめな機械音が響く。

 すると綾子はバッグから携帯電話を取り出し、ピッ、その着信に応える

「……はい……ああ、うん、大丈夫、ちゃんと会えたよ、桐生……」


 その応対の様子に桃、奈緒、そして真央の表情が再び固まる。

 高校二年生にして、すでに高校二冠を達成した天才ボクサー、神埼桐生。

 関東大会Aのトーナメントで、東京代表の真央が拳を交える相手。

 その名前が、この目の前にいる女性、綾子の口から飛び出した。


 綾子の目は潤み、その会話の様子からは二人の強い絆が感じられた。

「……うん、そうそう……そう、そこの公園の……うん。わかった……まっとるね……」

 ピッ、そういうと綾子は携帯をしまった。

「ああ、ええと……釘宮さんのお姉さんの……ええと……」


「桃です」

 きっぱりと応える桃。

 それは先ほどとは違い一切の戸惑いもなく、何かを決断したような表情だった。


「ああそう、桃ちゃん。紫のお兄ちゃんの、桐生があんたたちにお礼を言わなくちゃって言ぅとるんよ。もうすぐ着くから、しばらく待っててって」

 対照的に柔らかく、愛らしい笑みを綾子は浮かべた。

「そういえば、関東大会で二人は対戦するんじゃね。二人とも正々堂々と、精一杯頑張って――」


「――お前はどっちを応援するんだ」

 綾子の言葉に割り込むようにして立ち上がり、真剣な表情で問う真央。

「俺と神埼、お前はどっちを応援するんだ」


「え?」

 

「ちょ、ちょっと! どうしたの、マー坊君!?」


 いきなり響く真央の低くうなるような声に困惑する奈緒をよそに

「答えろ」

 射抜くような視線で綾子を見つめる真央。


「……それは……」

 綾子は一瞬困ったようにしてうつむくと、再び顔を上げ諭すような笑顔を見せる。

「どっちも応援してるにきまっとるよ。ね?」

 そう綾子が答えた時――


「……綾子」

 テンションの低い、クールで抑揚のない声がキオスクの外から響いた。

「……悪いな、遅くなって」


「あ、あの人、もしかして」

「てめーは……」

「この人が……」


「紹介するわ」

 そういうと、綾子は笑って立ち上がる。

「神埼桐生君。まあ、いまさら紹介するまでもなかったのかもしれんけど、一応、ね」

 そして、神埼に向かって同じく口を開く。

「ほらほら桐生、あんたもきちんと挨拶しんさい。この人たちが、紫ちゃんを預かってくれてたんじゃけ」


「……そうだったな」

 そういうと、学生服姿の桐生は小さく頭を下げた。

「……すまなかったな。赤の他人を留めさせるなんて、すげー迷惑かけちまったな。今日はしっかりと説教くれてやるから、それで勘弁してくれ」

 そういうと、氷のような視線で紫を睨んだ。


「……わかってるわよ……」

 紫はおびえたような表情でうつむいた。


 すると綾子は、その手のひらを真央にも向ける。

「ほら桐生。この顔、分かる?」


 その手のひらに促されるようにして、神埼桐生はその顔を確認する。

「……お前は……秋元真央、か」


「正解! よぉ分かったね。実はね、この子、秋元真央、うちはまーちゃんと呼びよるんけど、昔の知り合いだったんよ」

 そして、今度は真央の顔を見つめて言う。

「あんたも分かったようじゃけど、あの子が神埼桐生よ。いい試合、できるとええね」


「……ああ、これ、たいしたもんじゃないが」

 桐生は、紙袋を五人の前に差し出す。

「……紫を預かってくれた礼には足りないのかもしれないが、心ばかりのもんだが受け取ってくれ」


「ほうね、それじゃ――」

 真央の前を去り、綾子が桐生の元へと行こうとしたその瞬間――


 ――グッ


「そんなやつのところ、行くな」

 

「? ちょ、まーちゃん、なにいっとるん?」

 きつく食い込む真央の手に、困惑したような表情を浮かべる綾子。


「ちょっとマー坊君!? いきなりどうしたの?」

「そ、そうだよ秋元! いきなりなにしてんのよ!」


「……どういうことだ綾子、秋元」

 さらにその表情を曇らせ、眉間にしわを寄せ真央を睨みつける桐生。


 すると真央は

「てめーがこいつを綾子、なんて呼ぶな」

 綾子の腕を引き寄せるとその肩を抱いて言い放った。


「……てめぇ」

 一触即発の雰囲気を身にまとい、真央に詰め寄る桐生。

「……綾子は俺の女だ。昔の知り合いかは知らんが、お前にとやかく言われる筋合いはねぇ」


 すると真央は、乱暴に綾子を背後のベンチに座らせると、同じく桐生に詰め寄った。

「誰が決めた」


「……お前……綾子に惚れてんのか」

 ポケットに手を突っ込んだまま、胸を真央に突合せ視線を飛ばす桐生。


 すると真央は、その視線を真こうから受け止めるようにして、はっきりと断言した。

「惚れたが悪いか」


「……知ったことじゃねえ」

 凍りつくような視線で真央を射抜く桐生。


「こっちのせりふだ」

 そして燃えさかる眦で視線を返す真央。


「……殺すぞ」


「やってみろ」


「マー坊君……」

 “惚れたが悪いか”その言葉に、体を小さく震わせる奈緒。

 自分が心から好きな男性が、今目の前で自分とは違う女性に対し好きだと断言する、生まれてはじめての経験に、奈緒は心が張り裂けんばかりになった。


 その瞬間

「その辺にしておきなよ」

 クールに、そして力強く二人の間に割って入ったのは、釘宮桃だった。

「二人ともボクサー同士、だろ」

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