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    5.21 (木)19:10

「ちょっと! 離してよ!」

 左手を掴む男の手を振り払い叫ぶ紫。

「なんで紫があんたらみたいな連中と遊びに行かなくちゃならないんだよ!」


「いーじゃん別にさあ」

「そうそう。こんな時間にバッグも持たずにふらふらしてるんだからさ、君も暇なんでしょ?」

「ねっ、だからさ、俺等と遊びに行こうよ」

 にやにやと卑しい笑いを浮かべる三人の男たち。

 着こんでいるのは、聖エウセビオとは異なった制服。

 その男たちの中の一人が再び紫の腕を掴み、そしてコンクリートの壁に押し立てる。

 そのほかの男たちは、更に紫を取り囲むようにしてその周囲に立つ。

「そんな短いスカートはいてさ、道考え立って誘われ待ちかもって思うじゃん? いいじゃん、俺等の友達呼ぶからさ、クルマ用意するからパーッといこうぜ。なっ?」


「いいかげんにしてよっ!」


 パシッ


「てっ!」


 紫の小さな手のひらが、男の頬をはる。

「な、なんで紫があんたたちみたいな不細工なゲスと遊びにいかなくちゃならないのよ! どうしても遊びたいんだったら、遺伝子レベルから人生やり直してきな!」

 おびえながらも生意気な啖呵を切った紫は、男たちの囲みを解いて飛び出そうとする。


「……っけんじゃねえ!」


 バシッ


「きゃっ!」


 今度は仕返しのように、先ほどまで紫の腕を掴んでいた男が紫の頬を張る。

 紫は崩れるようにしてコンクリートに倒れこんだ。

「……ったく、やさしくしてやればつけ上がりやがってよぉ……おう、おめーら、早くクルマ手配しろ」

「オッケー。んじゃぁ今日は一晩中、楽しませてもらうとするか」

「へっ、悪いのはおめーだからな。精々今晩はお互い仲良くやろうぜ」

 そういうと、男の一人がポケットから携帯電話を取り出した。

 その時――


「おめーらみてーなクズがこういうもん持っちゃいけねーっつう見本みてーだな」

 三人の背後から現れた背の高い男が、その携帯電話をヒョイとつまみ上げた。

 そして


 バキッ!


 それを地面に叩きつけると、靴のかかとで更に粉々に打ち砕いた。

「こんなしょんべんくせーガキに欲情してどうすんだよ。ロリコンかてめーらは」


「……ったたた……あ、あんたは……」

 頬を押さえ、その人物を見上げる紫。

「秋元!」 


「うわあああ! なにしやがんだ!」

 様々な情報の詰まった携帯を破壊され、慌てふためく男。

「て、てめー何しやがんだ、こら!」

「そ、その制服は、聖エウセビオじゃねーか! てめーらみてえなお坊ちゃんが、俺らに喧嘩売ろうってのか? ああ?」

 男たちは後ずさりしながら、威嚇するように声を張り上げる。


「っへへーんだ! もうこの男が来たからには、あんたたちなんか恐くないんだからねーっだ!」

 立ち上がり、すかさず真央の背中に回りこむと、再び余裕の表情で煽りを入れる紫。

「何度も言うようだけど、紫はあんたらみたいな不細工どもに付き合ってる余裕なんてないの! 文句あるんだったらかかってきなさいよ、バーカ!」


 その様子に、真央はあきれ果てたように口を開く。

「……人を盾にしておいてわけのわかんねーこと叫んでんじゃねーよ……」


「こんのガキぃ、もう我慢ならねー」

 そういって拳を固める男の肩を

「おいっ! ちょっと待て!」

 別の男が掴んで振り向かせる。

「せ、聖エウセビオの……あ、秋元って言ったよな、あいつ……」

「あーん? それがどうかしたんかよ?」

「た、たしか以前、あの橋の袂で……あの木下さんを……」

「……まさか……あいつが?」

 その言葉に、拳を握り締めた落ち子は恐る恐る真央の姿を確かめる。

 

 百八十近い長身に、ブレザーの上からも分かる屈強な肉体。

 短く刈られた頭髪、そして何よりも体中からほとばしる好戦的な、不敵な雰囲気。


「木下? ああ、もしかしておめーら、あのチンピラの知り合いかよ」

 真央はポケットに手を突っ込んだまま、面倒くさそうに頭をかいた。

「あのチンピラ元気か? 今思えば、ちっとばかしやりすぎたかもしんねーな。今度会ったら謝っといてくれや。あいつ、今度はきちんと盃もらえたか?」


「……あいつが……聖エウセビオの……秋元……」

「……ああ、たぶん……間違いねえ……」

「……や、やべえよ……ヤクザだろうがなんだろうが、気にくわねえ奴は粉みじんになるまですりつぶす狂犬野郎だって話じゃねえか……」

 男たちは、頑迷蒼白の呈で少しずつ後ずさりする。


「……おめーら、あの野郎からどんな話聞かされてんだよ……」

 真央はあきれたように顔をしかめ、男たちをにらみつける。

「おら、もういいだろ。こんなションベンガキ相手にしたって、おめーら一ミリの得にもなんねーぞ。女引っ掛けてーんだったら、別の所行け。分かったらとっととうせろ。いいな?」


「うっ……っく……」

 じりじりと距離を開けた男たちは

「お、覚えてろよ!」

 捨て台詞を残すとそのまま一目散にその場から消えて行った。


「ったく、あの手の連中が消える時っつーのは、何でこうもおんなじ事しかいわねーんだろーな」

 そういうと、自身の背後にいる紫に声をかけた。

「大丈夫か」


「う、うん……」

 思いもよらぬやさしい言葉に、紫はあっけにとられながら、そして頬を赤らめ礼を言った。

「あ、ありが、と……け、結構やさしいんだね……」




「まったく、いくら紫が美少女だからって、あんな強引に軟派しなくてもいーのにさ」

 ぶつぶつとこぼしながら、紫は真央の数歩前を歩いた。

「そう思わない? ま、しょうがないよね。紫がかわいすぎるんだから。かわいいって、罪なのね」


「ちげーだろ。頭の弱そうなガキだから、尻軽そうに見えただけだろが」

 ポケットに手を突っ込んだまま、首をコキコキ鳴らして真央は言った。

「しかもそんなパンツ丸見えになりそうなスカートはいてんだろが。ただ軽く落ちそうに見えるだけなんだよ。それがいやならもうちっときちんとした格好しやがれ」 


 その言葉に

「ちょっと」

 むっとした表情で紫は真央に詰め寄る。

「いーかげんそのションベンくさいガキとかいうのやめてもらえない? 紫、ガキじゃないもん。美少女だもん」


 その様子に、辟易として真央は答える。

「……わかったわかった。んじゃあなんて呼んだらいいんだよ」


 すると紫は、うつむき頬を赤らめる。

「……そ、そんなの、秋元の好きな言葉で呼んでくれたらいーんだけど……普通に……ゆかり、って……」


「ああ、わかった。“紫”、な。それで気が済むんだろ」

 

 すると、一転して表情を明るくする紫。

「あ、ありがと秋元! 今度から紫のこと、紫って呼んでね!?」


「ったくわけのわかんねーガキだな。それよりも――」

 すると真央は、ぴたりとその歩みを止める。

「おめーに聞きてー事があんだけどよ」


「? 何?」


「――あー、っと――」

 何かを言いかけた真央だったが

「――いや、何でもねえ。とっとと帰んぞ。あんまおせーと、また桃ちゃんがぎゃーすかうるせーからな」

 そういうと、紫を追い抜き、釘宮家への歩を早めた。


「兄貴の彼女、でしょ」

 その後ろに、不意に声をかけた紫。

「兄貴の彼女、どんな人か気になるんでしょ」


 その言葉に、無言でぴたりと足を止める真央。


 紫は更に続ける。

「黙ってるつもりだったけど、どうしよっかなー。でもまあ、今日は秋元に助けてもらったしなー。どうしても秋元が知りたいっていうなら、教えてやってもいーんだけど」

 

「興味ねーよ」

 するとまたすぐに歩みを速め、先を急ぐ真央。

「くだらねーこと言ってる暇はねーよ。さっさと――」


「兄貴を倒してよ、彼女の前で」

 

「――紫」

 不意に発せられた言葉に、真央は再び歩を止め振り返る。


 その真央に向かい、小さく微笑みながら紫は言葉を続ける。

「あたし、兄貴が好きなの。子どものころからずっと紫を守ってくれて、荒れてたときもあったけど……強くてかっこよくて、本当に大好きなの。だけど……」

 一瞬うつむくと、再び顔を上げて微笑んだ。

「紫にも向けたことの無い優しそうな笑顔、あの人にだけ向けるの。兄貴があの人を好きだって言うのはしょうがないし、あたしたちは兄妹だし……だからせめて、あの人の目の前でノックアウトされて、女に現を抜かしてるからそういうことになるんだよ、って言ってやりたいの」


 しばらく無言でその言葉に耳を傾けていた真央は

「へっ」

 っと吐き捨て言った。

「くだらねー事に巻き込むんじゃねーよ。お前が何企んで何期待してんのかはしらねーがな、少なくとも神埼の野郎を俺がナックアウトするっつーのは20000パーセント間違いねーんだよ。だから余計なこと持ち込むな。そんだけだ」


「うん」

 紫は再び生意気そうな笑顔に表情を変えると、真央の元へ近寄る。

「まあ、無事兄貴をノックアウトできたら、秋元にご褒美あげてもいいよ?」

 そういうと、紫は真央の腕を掴んでその肩口に頬を寄せた。

「どうせ秋元、彼女なんていないんだろうし、兄貴と違って秋元は絶対もてないだろうから、紫が秋元と付き合ってあげるから。それで我慢しなね?」


「あほたれ」

 真央も少々頬を赤らめ、その紫の腕と頬を振りほどいた。

「てめーごときに同情されるほど落ちぶれちゃいねーんだよ」


「だからガキじゃないって言ってるでしょ?」

 ぷう、紫のほおは小動物のように膨らんだ。

「ちゃんと紫って言ってくれなきゃ、返事してあげないんだからねっ」

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