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    5.21 (木)12:30

――キーン、コーン、カーン、コーン――


「ぅっく、ふわあーっと」

 机に突っ伏し、大きくあくびの混じった伸びをする秋元真央。

 四時間目終了のチャイムに、緊張感から解放された安堵の笑みを浮かべる。

「――今日も勉強頑張ったぜっ、と。やべーな、このまま行ったら期末試験満点とっちまうかもな」


 すると


 ガンッ!


「ずいぶんお気楽なこといってるじゃないか。一体今日だけで何度君のことをたたき起こしたと思ってるんだ」

 もはや手馴れた、いや足馴れた足捌きで真央の机を蹴り上げる桃。

「君が寝てたりサボったりすると、どういうわけかあたしのところに苦情が来るんだ。もう少し真剣に授業を受けたらどうなんだ?」


「ぎゃはははは、ドンマイドンマイ。人間皆役割っつーもんがあんだからよ」

 四時間目が終了し昼休みに突入した嬉しさに、真央の口からはついつい軽口がこぼれる。

「うっしゃ、それよりも飯にしよーぜ。今日も朝練だったからよ、一時間目の終わりころから猛烈に腹へってよ、起きているのもやっとの――」


「そうおっしゃると思っていました」

 机の上で豪快に伸びをする真央の顔を覗き込むようにして、清楚な微笑みを見せたのは葵だった。

「今日も朝練に授業に、お疲れ様でした。さ、早く屋上に参りましょう」


「おお、葵。いつもいつもわりーな」

 にやり、いつものあの不敵な笑みを浮かべると、真央は

「いよ、っと」

 ばねがはじけるように体を跳ね起こした。

「まあそろそろ軽量にむけて調整しなくちゃいけねーんだが、まあ俺様にはかんけーねーな」


「まあ、マー坊君はいつも通りやればそれでいいんだもんね」

 同じく、さわやかな風を身にまとうかのような丈一郎の微笑み。

「僕はB代表だけど、うん、一勝できるように頑張るよ」


「ぎゃはははは、まあ、俺のような大天才と比べねー方がいいぜ。自信喪失しちまうからよ」

 そういって真央がポケットに手を入れ

「おっしゃ、んじゃレッドも待ってんだろうからよ、屋上に――」

 口を開いたその瞬間――


 ――全校放送を知らせるチャイムが鳴り響いた。


――生徒さんのお呼び出しをします。二年A組、秋元真央君、二年A組、秋元真央君、今すぐ玄関の受付まで起こし下さい。繰り返します。二年A組、秋元真央君、二年A組、秋元真央君――




「――んで、なんでこんなことになってんだ?」

 奥歯をかみしめ、忌々しく目の前の少女を睨みつける真央。

「てめーの昼飯は奈緒ちゃんが作って冷蔵庫に入ってるっつっただろーが」


「いいじゃんいいじゃん、細かいことは言いっこなし」

 満面の笑みで、青井の作った握り飯をほおばる少女の二つわけの黒髪が屋上の風に揺れる。

「だって退屈だったし。紫だって東京のいろんなとこ見てみたかったしさ」


「まあまあ、よろしいではありませんか真央君。神崎紫さん、でしたっけ。神埼桐生選手の妹さんの」

 口元に手を当て、おしとやかな微笑みで葵は言った。

 しかしよく見ると、その瞳の奥には暗い影が見て取れた。

「だって、釘宮さんちの家に、また女性が、しかもこんなにかわいらしい女の子が暮らすことになったんですもの。てっきり、あのままご自分のおうちに帰られたものだとばかり思っていましたから。一体どういうことなのか、わたくしも大変興味がありますわ」


「い、いやあ、まあ、別に深い意味はねーんだけどよ」

 背筋に冷たいものが走るような感覚を覚えながら、真央はこの男には似合わない取り繕うような微笑みで言った。

「この女が、しばらく兄貴から離れたいっつーもんだから、そんで、な。なぁ、桃ちゃん」


「まあ、そういうことなんだけどさ」

 目じりを抑えながら、こちらも箸を盛んに動かす桃。

「詳しくはまたあとで話すよ。とにかく、今度の日曜日に群馬まで送っていくから。それまでの間、うちで預かることになったから」


「そ、そっかー、葵ちゃんには、しばらくゆかりちゃん預かること、話してなかったねー、えへへへー」

 眉をひそめ、困ったようにして笑う奈緒。

「く、詳しくは桃ちゃんに話してもらうとして、は、はやくご飯食べよーよ。ね?」


「そういうこと。まあ、よろしくね葵。」

 早くも二つ目のおにぎりをほおばりながら、右手には大きな鳥の唐揚げをつまむ紫だった。

「ん、ん、んぐっ……っはあっ。それよりも、葵って料理うまいんだね。っていうか、昼ご飯のお弁当は、奈緒とか桃ねーさんじゃなくて、葵が作っているの?」

 

「ええ。お昼ご飯だけは私が作らせていただいています」

 葵は慇懃な、かつおしとやかな微笑みを紫に向けた。

「朝夕は釘宮家、昼は私が、と、真央君のお食事は手分けをして担当することになっているんです」


「ふーん……」

 そういうと紫は、両手にした握り飯と唐揚げをまじまじと見つめ、そしてそれをひょいと口の中に放り込んだ。

 そしてすさまじい勢いで膨らんだ頬を動かすと、一気にそれを胃の中に流し込んだ。

「んっ! ふうっ、めちゃくちゃうまいよ! っていうか、秋元の周りの人みんな料理うまいんだなっ! 感謝しろよ、秋元!」


「なんでんなもん、てめーに言われなきゃいけねーんだよ、ガキ」

 ゆかりの顔と言葉に食欲も失せたのか、真央はもごもごと握り飯をほおばってこぼした。


「……なんていうか、さあ……僕たち……」

「……そうすね……自分たち……」

 一人のいかつい男を取り巻く女性たちの姿を見て、丈一郎とレッドは苦笑いを浮かべた。

「完全に蚊帳の外って感じだね……」

「……そ、そうっすね……ま、マー坊先輩って……女難の相があるみたいっすね……」

「ははははっ、レッド君もそう思う? なんだかさ、この先、マー坊君、女の子がらみでおっきな事件起こりそうな気がするんだけど……気のせいならいいんだけどさ……」




「っはー、おいしかったー。きっと葵、いいお嫁さんになれるよー」

 大量に食べ、ややポッコリと膨らんだ腹を抑え、紫は首元に遊ぶ一掴みの髪の毛をかきあげた。


「そういていただけると、作った甲斐もあります」

 そういうと、葵はポットに入ったお茶を紫に差し出した。


「あっ、サンキュー」

 それを受け取った紫は、ふうふうと息を吹きかけると、ちびちびとそれを口元に運んだ。


「そんだけ食ったら満足しただろ。おら、さっさとまっすぐ家に帰れよ」

 そういうと、真央はパンパンと尻を払って立ち上がった。

「すまねーな、葵。そういうわけでよ、しばらくまためーわくかけるかも知んねーから、今のうち謝っとくわ」

 そして丈一郎、レッド、そして奈緒を振り返り

「うっし、んじゃー、昼練行くか。本番も近けーからな、ストレッチ程度の練習だって、気ぃぬくんじゃねーぞ?」


「了解、わかってますって」

 敬礼のようなしぐさを取り、笑顔で立ち上がる丈一郎。


「えへへへー、一生懸命サポートするからね」

「頑張りましょう! 自分も、精いっぱい頑張ります!」

 

「おう。んじゃ、葵、桃ちゃん、また後でな。んでそこのクソガキはとっとと家帰れよ」

 昼食後の気だるさなど微塵も感じさせることなく、秋元真央はこころと体に力を漲らせて屋上を後にした。

 そしてその後に、聖エウセビオ学園ボクシング同好会の面々もつき従った。




「んー、と。ところでさ」

 しばらく無言のままボクシング同好会の背中を見送っていたゆかりが口を開く。

「葵って、秋元のこと好きでしょ」

 何の臆面も、てらいもないストレートな言葉を葵にぶつけた。


 葵は一瞬、体を硬直させ、何か戸惑ったような表情を見せたが

「ええ。その通りです。私は真央君のことが好きですよ。よくお分かりですね」


 その二人のやり取りを、缶コーヒーを口に含みながら無言で眺める桃。


「そんなの、見れば分かるし。なにより、あの弁当のクオリティー見れば、どんな馬鹿だって分かるよ。まあ、秋元は馬鹿だから、たぶん気づいてないと思うけど」

 ズズズ、葵から受け取ったお茶のお替りをすすりながら、紫は言った。

「紫、両親いなくて、結構兄貴のバイト先の残り物とかばっかり食べてるから、結構そういうの敏感なんだよね。まあ、秋元は気づいていないだろうけどさ」


「まあ、そうなんですか」

 聞いてはいけないものを聞いてしまった、とでも言うような表情を葵は見せた。

「じゃあ、いつもお兄さんと二人っきりなのですね」


「うん。あたしが小学校のころくらいからかな。今はあたしがこんな感じだけど、昔は兄貴も荒れてた時期があったし、まあまあ、あんたたちと違って、あまり幸福な身の上じゃないと思うけどね」

 一瞬寂しそうな表情を見せ、紫は言葉を続ける。

「兄貴はボクシングはじめてから丸くなったんだけど。それはいいんだけど……彼女できてから、いっつもそっち優先になっちゃうんだもん。あんだけ家の外で警察とかに世話になったくせしてさ、紫が夜中ちょっと遊びに出たり、友達の家に泊まりに行っただけでひっぱたいたりするんだもん。すっごいむかつく」


「まあ、それは……なんとも……」

 葵は奥歯に何かを詰まらせたようにして微笑んだ。

「けど、そういうものですよ。きっと紫ちゃんも好きな人ができて、その人のために何かをしてあげたい、本当に大切にしたい、そういう人が現れたら、その気持ちも理解できるのではないでしょうか」


 すると、何かを決心したかのように

「ねえ」

 不意に桃が声を上げた。

「ちょっと、聞きたいことがあるんだ」


「えっ?」

 桃の、ある種の希薄の子も他その言葉に、紫はおびえたように体を反応させた。

「な、な、何、桃姉さん。も、もちろん、紫が答えられることなら、何でも……」


「どうかしたのですか、桃さん」

 その態度に、ただならぬ気配を感じ取った葵も口を開く。


「いや、そんな大したことじゃないんだ。ただ……」

 しばらくの逡巡を見せたのち、桃はきっぱりと言い放った。

「君のお兄さんの彼女、一体どんな人なんだ?」

 




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