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    5.20 (水)22:00

「……んで、なんでてめーが俺の部屋でリラックスしてやがるんだ?」

 静かに出入り口のドアを閉めると、真央はため息混じりにもしゃもしゃと頭をかきむしる。

「いつからここがてめーの部屋になったんだよ」

 そうこぼすと腰に手を当て、ベッドの上にごろり横になる一人の少女を見下ろした。


「まあまあ、いいじゃん。かたいこといーっこなし」

 真央のことを振り返ることもなく、ゆるりとした姿勢でこたえる紫。

 その視線は、手にした東京の情報雑誌に注がれている。

「紫んち築四十年のおんぼろアパートだったしさあ、こんな広くてきれいな空間に居るの、なんだか落ち着かないんだよねー。てゆうか、秋元って釘宮家の親戚なんだよね。秋元んちも結構金持ちなんでしょ?」


 その言葉に、嘘をついている後ろめたさから真央は紫から視線をはずし、小さく舌打ちをする。

 そして、申し訳程度にしか使用していない机の上に腰掛け、足を組んで肘を着いた。

「……まあ確かに……親戚、いとこだけどよ……だからっつって俺んちが金持ちだっつーわけじゃねーよ」

 

「そうなの? いとこ同士なのに?」

 真央の思っても見ない言葉に、一瞬紫は上半身を反応させたが、再びベッドの壁にもたれて

「ああでも、なんか分かる気がする。秋元の雰囲気、なんかこの家の人たち、特に奈緒なんかとはぜんぜん違うもん」


 ピクン、その言葉に真央の方繭が一瞬釣りあがるが、冷静を装い無言で紫の言いたいがままに任せる。


 ぱらぱらと情報雑誌を無造作にめくりながら、紫は言葉を続ける。

「なんていうかさぁ、おんなじ匂いがするの。もちろん、雰囲気って意味だけど。兄貴とか……もちろん紫とかね」

 すると紫は上体を起こしてベッドのへりに腰をかけ、真央の顔を覗き込むようにして相対する。

「秋元さ、あんた東京出身じゃないでしょ」


「あぁん? おめーの知ったことかよ、ガキ」

 薄い胸元からのぞく、その年齢に不相応な大人びた下着から目をそらすようにして、真央派はき捨てた。

 

「やっぱりね。奈緒とか桃ねーさんと話してるの見ると、ちょっとずつイントネーションとか違うもん」

 にやり、といたずらな微笑を紫は浮かべた。

「関東……じゃないよね。たぶん、関西の方。それにさっきも言ったけど、あんたの匂い、うちの兄貴と似てるんだよね。あんたさ、むかし相当ワルかったでしょ?」


「だからてめーにはかんけーねーっつってんだろ。やかましいから口閉じろっつってんだろが、ガキ」

 ふてくされたように、その紫の言葉を切って捨てる真央。

「そんなわけのわかんねーことくっちゃべってる暇があったらさっさと自分お部屋もどれよ。こんなとこまた奈緒ちゃんとか桃ちゃんに見られたらよ……命いくつあっても足りねーだろーが……」


 しかし、こちらもその話を無視して、あの傍若無人さで紫は真央を見つめる。

 さらり、両肩に垂れる、まとめられた黒髪を指先でもてあそびながら、紫は話を続けた。

「紫の知り合いにも……関西出身の人居るんだけど、その人のしゃべり方に似てるんだよね。ねえねえ、秋元って関西のどこ――」


「ああもう、いちいちうっとぉしーんだよ!」

 バン、と机に平手打ちすると、苛立ちを隠すことなく真央は叫んだ。

「あのなあ、俺ぁ見ず知らずのションベンくせーガキに自分のこと聞いてもらおうなんて趣味は一切ねーんだよ! 能書きぁいいから、さっさと寝ろ! 発育とまんぞ!」


 すると紫は、頬を膨らませてむっとした表情を浮かべる。

「ションベンくさいガキ? 発育が止まる? それこそ秋元には関係ないし!」

 そして、ぐい、と真央の元に近寄り、そして腕組み絵をして仁王立ちの体勢で睨みつける。

「だいたいさ、この青い果実の持つ、若々しい魅力を秋元は気づかないわけ? 紫、街歩けばいっつもナンパとかされるもん! 普通の男だったら、間違いなく紫の魅力のとりこにできるんだから!」


「おーおー、そうかい。俺には全くわかんねーよ」

 せせら笑うようにして横目で紫を見る真央。

「はっ、けどよ、お前に色目使うようなロリコン野郎どもの気持ちなんざ、わかりたくもねーけどな」


「はあっ!? 意味わかんないし! なんであんたにはこの紫の魅力が分からないってわけ?」

 その言葉に、唇をかみ締め、前身を硬直させる紫。

 そして、とんっ、再びベッドの上に腰をおろす。

 一瞬、不快そうな表情で無言になった紫は、何かをひらめいたかのように眦を上げ、いたずらな微笑を浮かべた。

「ねえ、秋元――」


 不意の呼びかけに、虚を疲れた真央は

「ん、んぁ? んだ?」

 言葉にならない素っ頓狂な返事を返した。

 

 真央のその視線がこちらに向いたのを見計らうと、紫は

「……どうだっ!」


「!? ばっ! はっ!?」

 今度は真央が顔を真っ赤にして前身を硬直させる番だった。


「ふっふっふっ、なんだ、秋元だって興奮しちゃうじゃん」

 勝ち誇ったような表情の紫の右手は、上半身に纏ったキャミソールのストラップを右肩から下ろし、その右肩をさらけ出していた。

「なーにがションベンくさいガキ、よ。こういうシチュエーションになれば、どんな男だって紫の――」


「――わかった! わかったから! 何でもいいからとっとと服戻せ!」

 真央は見てはいけない何かを見てしまったかのように顔をぶるぶると振ると、慌てて顔を背けた。


「ったく、意外と純情なんだね、秋元って」

 勝ち誇ったよな、それで居ていたずらな微笑を浮かべる紫。

「紫のブラと右肩が見えたくらいでさ、いくらなんでもそんなに慌てることないじゃん。元不良のくせにさ、そんなに女の子の免疫ないなんて――」


「ちげーよ!」

 顔を背けたまま、真央は紫の法を指を指して叫んだ。

「よく見ろばかやろう! し、し、下着どころか、てめぇ――」


「はぁ? 何言って――」

 その言葉と指先に従い、少しずつ視線をおろす紫。

 するとそこには――


「い、い、い、い、い、い、いやああああああああ!」

 右肩どころか勢い余り、見事にさらけ出された生まれたままの右胸がそこにあった。

「ど、ど、ど、どこ見てんのよ変態! あ、あ、あんんたこれ、児童ポルノだからね!? あんた、逮捕されて新聞とかネットとかに乗っちゃうんだからね!? このロリコン!」

 そう言うと、肩口を直すまもなく両腕でその胸元を押さえつけた。


「わ、わ、わ、わけのわかんねーこといってんじゃねーよ!」

 取り乱し、混乱した頭を抱えて叫ぶ真央。

「大体な!? そ、そんな簡単にずり下げたくらいで右チチ出ちまうような下着着けてッからわりーんだろーが!」  


「秋元にはかんけーないでしょ!? 紫のサイズに合わせられるブラなんて、子どもが使うようなのとかスポブラしかないんだもん!」

 胸元を隠したまま、顔を真っ赤にして叫ぶ紫。


「あ、あ、あほか! だったらアレだ! おめーも奈緒ちゃん見てーにチチでっかくしろ!」


「いみわかんない! あんなおっぱいオバケと一緒にしないで!」


 混乱の中、もはや自分たち自身も何を言い争っているか理解できない二人。

 気の強い二人が、大声で怒鳴りあっている中――

 

 ドタドタドタドタドタ――


 いつかも耳にした、階段を駆け下りる力強い足音。


 真央の心と体は一瞬で凍りついた。

「やべえ……」

 ぶるぶると頭を振ると、真央は未だ肌蹴たままの紫の肩を掴んだ。

「おら! 何でもいいからさっさと服着なおせや! そんでとっととこの部屋から出て行け! 俺ぁまだ死にたかねーんだよ!」


「ちょ、ちょっと!? なんで抱きついてくんのよ、この変態!」 

 その真央の手を振り払うように、ますますその胸元をきつく抱きしめる紫。

「ゆ、ゆ、紫にも、心の準備ってもんがあるんだから! 初めてなんだから、もっとムードってものを――」


「あー、わけのわかんねーこといってんじゃねー!」


 ドタドタドタドタドタ―― 


 その耳元にいっそう大きく響く足音に、もはや蒼白の顔面を震わせてまたもや真央は叫んだ。

「いいからさっさとその下着見てーなのずりあげろよ! 誰もてめーのがきくせー体なんか興味ねーっつーの!」


「は、はあ!? ガキ臭い体!?」

 一転して、再び怒りぞ爆発させる紫。

「そ、そ、その書き臭い体に興奮して襲いかかっているのはどこのどいつよ! あたしがガキならあんたはけだものじゃん!」


 その瞬間


 ガチャリ――


「どうしたの、マー坊君。なんかすごい叫び声が――」

 重々しいがっしりとした部屋のドアを開け、姿を現したのは奈緒だった。

 何度も訪れ、見慣れているやや殺風景な真央の部屋。

 しかし、その視線に広がっていた光景は――


 ――華奢な体をキャミソールとホットパンツに覆った少女に抱きつく屈強なボクサーの姿だった。  


 またいつもの展開か――そう考えた真央は一瞬で奈緒との間の距離をつめ、そしてバタンとドアを閉めると奈緒の口をふさいだ。 

「奈緒ちゃん誤解だ! 何言ってもわかんねーと思うけど、とにかく話を聞いてくれ!」


 その手を振りほどき、奈緒はぷはあと息をついたかと思うと

「一体どういうこと!? 何で紫ちゃんとマー坊君がベッドでいちゃついているの!?」


 その言葉に、ようやく肩口を直す紫。  

「ちょっと奈緒! へ、へ、へんな誤解しないでよ! ゆ、紫が悪いんじゃないもん! 秋元が勝手に欲情して襲ってきただけなんだもん!」


「ひどい! ひどいよマー坊君! そんなにスレンダーな子がいいわけ!?」

 そう言うと何かに取り付かれたように真央に抱きつく。

「わ、わ、私だって、女の子なんだから!」


「モガッ!? ぶわっ、ぶわっ、ちょ、いいからおめーら全員おちつきやがれっ!」

 力ずくで奈緒を引き剥がした真央だったが

「うおっ!?」


「きゃっ!?」


 二人はもつれ合うようにしてベッドに倒れこんだ。 


 その瞬間――


 ガチャリ――


「マー坊? あんたさっきから何をどたばたと――」

 すらりとしたその体を見せたのは、釘宮桃その人だった。

 そしてその視線の先には――


 ――華奢な体をキャミソールとホットパンツに覆った少女に抱きつく屈強なボクサー、そしてそのボクサーに組み敷かれた妹の姿だった。

「マー坊、どういうことか説明してもらおうか、なんてつもりはないから、安心して逝け」


 ぽきぽきと響く、とても女性のものとは思えない指音に、真央はため息をついた。

 ああこれも運命か、真央は自分でも意外なほどの冷静さで目を閉じた。

 そして、消え去る意識の中で、今日は何度殴られたであろうか、と羊を数えるように思いを描いた。  

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