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    5.20 (水)18:45

「……ったく、めんどくせーことになっちまったな……」

 頬杖をつき、顔をしかめてこぼす真央。

「なんでわざわざ対戦相手の妹なんざ泊めなきゃいけねーんだよ……」


「まあまあ、マー坊君」

 なだめるように声をかける奈緒。

「そういう年頃なんだよ。わたしだって……うん、わたしだって昔、桃ちゃんに反発して、喧嘩して家飛び出したことあったしね」


「ほう、初耳じゃねーか」

 初めて耳にする事実に、目を丸くする真央。

「なんかよ、いっつも仲良さそうだからよ。そういう喧嘩とかするなんざ、全然想像もつかねーぜ」


「えへへへー、わたしだって反抗期くらいあるよー」

 そう言うと照れたように顔を赤くした。

「ほら、わたしの家って、お父さんいないしお母さん海外飛び回ってるでしょ? だから、むかしは結構桃ちゃんに反発して……家出までは行かなかったけど、結構遅く帰ってきちゃったこともあるんだー」


 カチャリ


 リビングの扉が開けられると、そこから桃が姿を現した。

「とりあえず、明き部屋がまだあるから、そこに案内しておいたよ」

 ソファに腰掛け、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干す。

 そして、ふう、小さくため息をつき、事の成り行きを話した。

「さっき紫ちゃんの言ってた、神崎くんの彼女って人に連絡しておいたから、まあもうその辺は心配ないんじゃないかな。とりあえずは、紫ちゃんの気の済むまではおいておいても大丈夫かな」


「……どんだけでけーんだよこの家は……」

 しかめっ面でこぼす真央。

「んで、あのガキは今何しているんだ?」


「とりあえず荷物をおいて、今着替えてるところだよ」

 トレーの上にそれぞれの空いたカップを載せながら桃は言った。

 そしてじろり、真央を睨みつけながら口を開く。

「……あの子の部屋、君の部屋の隣だから。おかしな真似したら……許さないからな?」


「ばっ、バカなこといってんじゃねえ!」

 その言葉に、真央は顔を真っ赤にして立ち上がり叫ぶ。

「俺がそんな真似するわけねーだろーが! そもそもなあ、あんな中学生のガキにどうこうするような趣味は持ち合わせてねーよ!」


「まあまあ、二人とも、落ち着いてよ」

 なだめるように二人の間に割り込む奈緒。

「とりあえずほら、もういい時間だから。ご飯の準備でもしよ? ね? せっかくだからさ、マー坊くんの時みたく、おいしいもの食べて仲良くなろうよ。ね?」


 すると


 ガチャリ


「よーっす」

 生意気そうな声を上げ、一人の少女がリビングへ。

 もはや説明するまでもないだろう、真央の関東大会での対戦相手、神崎桐生の妹、神崎紫だ。

 

 しかし、その姿を見た奈緒、桃、そして真央の三人の体は硬直した。


「? 三人ともどうしたの?」

 それでも能天気に三人に訊ねる紫。


 すると奈緒が、顔を真っ赤にして声を張り上げた。

「ちょ、ちょっと紫ちゃん! お、お、男の人も居るんだから、もうちょっと、その……」


 同じくも桃怒鳴り声を上げる。

「そ、そうだぞ! い、一応うちは女所帯だけど、むさくるしい男が一匹居るんだからな! もう少し……もう少し自分の服装に気を使うべきだ!」


 その言葉に、怪訝な表情で腰に手をやる紫。

「ええー? あたしんちだって兄貴と一緒に暮らしてるけどさ、いつもこういう格好してるんだけど?」

 その凹凸の少ない胸元を張る紫の服装といえば、本人曰くのいつもの服装。

 下着が透けて見えるような細いストラップのピンクのキャミソールに、不安なほどに細く華奢な足が伸びるショートパンツ。

 見ようによっては、ほぼ下着で出歩いているといってもいいほどの軽装だ。

 紫はちらり、と真央に視線を配ると、にやり、笑顔を浮かべてソファーの横に腰をかける。

「へー、秋元って、もしかしてこういう格好好き? 顔が真っ赤だよ?」


「くだらねーこと言ってんじゃねー!」

 その言葉とは裏腹に、紫の言葉通り顔を真っ赤にした真央は叫んだ。

「誰がてめーみてーなしょんべんくせーガキの体見て興奮するっつーんだよ! ただてめーがあまりにも“でりかしー”のねえ格好してるもんだからあきれてただけだっつーの!」

 普段口をすっぱくして言われているその言葉をそのまま紫にぶつけた。


 その言葉に、不満そうな表情の紫。

「はあ? 何言ってんの? こんな美少女相手にしょんべんくさいガキ?」

 そう言うと、紫は真央の腕にしなだれかかって来た。

 二つにまとめた、天使の翼のような長い髪が真央の面前で揺れる。

「……ったく、素直じゃないなあ。本当は嬉しいくせにさあ。別にいいんだよ、どうせ秋元彼女とかいないんだろうしさー」


「ちょ、ちょっとストップ!」

 奈緒が怒鳴るように声を上げ、無理やり二人を引き離した。

「ゆ、紫ちゃん! マー坊くん困っちゃってるでしょ!? もう少し、距離を置きなさい!」


「えー? なんで? 別に秋元嫌がってるわけじゃ……」

 紫は不服そうに奈緒の全身をなめるように見つめ、小さく舌を打つ。

「……くそう……オッパイ女め……」

 そして、その右手を奈緒の左胸に押しあて、もみしだいた。


「え? ええ? ちょっと!」

 そう言うと奈緒は顔を赤らめで自分の胸元を隠した。

「へ、へ、変なところ触らないでよ!」


「……F……いや下手したら……G……」 

 紫はその手をじっと見つめ、忌々しそうにつぶやいた。

 そして真央の方を振り向き、そして叫んだ。

「秋元! あんたももしかしてオッパイ星人? あんなものはどうせ年取ったら垂れてくるだけの脂肪の塊じゃん! 紫みたいないつまでもつやと張りのある胸にこそ色気を感じなさいよ!」


「誤解を招くようなことを言うんじゃねえ!」

 真央は二人から距離をとるようにソファーから飛び上がった。


 すると、今度は奈緒がなじるような寂しそうな目で真央を見つめ呟く。

「……マー坊くん……わたしの……わたしの体型……好きじゃ……ないの?」


「いやいやいやいや! そういう意味じゃねーよ!」

 慌てて頭を振り、その言葉の真意をただす真央。

「別に尚ちゃんのことが嫌いとか、そういうんじゃねーって! ただ俺は女を体型で見るとかそういう……」


「……いいんだ……マー坊……慰めてくれなくっても……ごめんね……こんなにおっぱい大きくって……」

 その両目を潤ませながら、半ば錯乱したかのような言葉を尚は口にした。

「……きっとマー坊君は……うん……桃ちゃんみたいにスレンダーな子のほうが好きなんだよね……」


「こ、こら奈緒! あたしに話を振るんじゃない!」

 今度は桃が顔を真っ赤にして叫ぶ番だ。

「とにかく! 紫ちゃんはそのキャミソールで家の名かうろうろするの禁止! じゃなかったら、かわいそうだけどこの家では暮らせないからな! さっさと部屋に戻ってTシャツか何か羽織ってきなさい!」


「……う……う、うん……だけど……」

 仁王立ちで声を張り上げる桃に若干怖気づきながら、おずおずと口を開く紫。

「……できる限り荷物減らしたいって思ってたから……普段来ているものだけ持ってきたし……紫、Tシャツとか持ってきてないもん……いつも着てるキャミしか……」


 ふうっ、ため息をつくと、人差し指でこめかみを抑える桃。

「わかったよ。仕方ないな。奈緒、紫ちゃんにTシャツ貸してあげて。身長は、そんなに変わんないだろうからさ」


「わ、わかった」

 そう言うと奈緒は足早に二階へと駆け昇った。




「……でかい……」

 紫は恨めしそうにつぶやいた。

「……そもそも紫きゃしゃなんだから、こんなオッパイ女の胸元伸びきったTシャツなんか着れるわけないじゃん……」


「おお、そうだ!」

 何かを閃いたかのように、ポンと手を叩く真央。

「胸元がでかすぎるっつーんならよ! いっそ桃ちゃんのTシャツ貸してやれよ! 胸のサイズなんか、どうせ同じくらいだろうからよ!」


「……あちゃー……」

 眉をひそめ、顔をしかめる奈緒。

 そして、紫の方を向いて真剣な表情で語りかける。

「……あのね紫ちゃん……お願いがあるの……しばらく……わたしが合図するまで、目と耳をしっかりと閉じていて? わかった?」


「え? う、うん……」

 その真剣な表情に促されるまま、紫は両手で耳をふさぎ、そして固く目を閉じた。




 ポンポン


 数分後、自身の肩を叩くその手に紫はようやく目を開け、耳を掌から解放する。

 そして、その視線に広がった光景に、紫は首を傾げる。

「あれ? どうしたの秋元? 何か左ほおに青あざできてるよ? それに……どうしては何ティッシュ詰めてるの? スパーリングでもしてたの?」


「……」 

 その言葉に一切の返答を返すことなく、真央は俯きうなだれていた。


「……あのねー、あたし以前言われたことがあるんだー」

 紫の隣に座っていた奈緒が、遠い目をして口を開く。

「……世の中にはね、知らなくてもいいこと、ううん、知らない方がいいことだってあるんだよ。いま、何となくその言葉の意味がわかったような気がするんだー」

 

 その言葉のトーンに、どことなく背筋に寒いものを感じた紫は、何気なく周囲を見回す。

「……あのさあ、桃お姉さんはどこに行ったの?」

 

「……うん。心配しなくても大丈夫だよ」

 励ますような、柔らかい微笑みを奈緒は浮かべた。

「ちょっと出かけてるだけだから。たぶん、夕食のお買い物だと思うよ」


 再びうなだれる真央の姿に目をやる紫。

 リングの上ではあれほど屋詠美あふれるファイトを見せていたk所の男が、まるで生気を失っているかのように見えた。

 いったい何が起こったのか紫には知る由もなかったが、"知らない方がいいことだってあるんだよ"という奈緒の言葉に、これ以上の詮索をあきらめた。


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