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    5.12 (日)  7:10

「どうしたの!? マー坊君!」

 息せき切って飛び込んできた、目のやり場に困るほどのグラマラスな少女。

「なんかすごいどたばたって音がしたんだけど、大丈夫?――って――」

 リビングに広がるその光景を目にした少女は、一瞬白昼夢でも見ているかのようにぱちくりと瞬きをし、そしてふるふるとその両目をこする。

「――えっとー。あれれ? 変だなー。マー坊君ともう1人……何か女の人の姿が見えるんだけどー」


「おわっ!」

 その奈緒の様子に、真央は慌てて心地よい膝枕から上体を起こし、そして飛び起き葵から距離をとる。

「そうそうそう! 全部幻! い、いや、葵がここにいるのは確かだけど! い、いや、でも、なんかそういう、へんな事とかはしているわけじゃねえんだ!」


「ええ、そうですよ」

 そう言うと葵はおしとやかな笑顔を浮かべ、再び真央の元に体を寄せる。

「真央君のお見舞いにと思い足を運びましたら、玄関のドアが開けっ放しになっていたものですから。病人のいらっしゃるご家庭でこのような無用心な様子、何事かと思いましたら、リビングに真央君がお倒れのご様子でしたもので。これはたいへんだと思い、私がしばらく膝をお貸ししていただけのことなんです」

 そういって、真央の頭を両腕で力強く掴むと

「ですので、ごゆっくりお休みください! さあっ!」


「がっ!」

 体幹をへし折るほどの強い力に、そのこめかみはしたたかに葵の膝へと叩きつけられる。

 一瞬、真央の意識が消し飛んでしまうほどの衝撃が加えられた。


「桃さんも奈緒さんも、日々の火事で大変でしょうから、教くらいはゆっくりお休みください。真央君の看病は――」

 そう言うと葵は、一切の光の感じられない眼差しで真央を見つめ、そして意識の感じられないその頬をいとおしそうに撫でる。

「――この私にお任せください。必ずやご期待に沿えるほどに立派に看護して差し上げますからね」


 しばらくは呆然とその様子を見つめていた奈緒だったが、ようやくリビングで展開されている状況を把握することができたようだ。

「だめー!」

 悲鳴ににも似た金切り声を上げると、一目散に、ちょうど葵と二人で真央を挟み込むような位置に座った。

「マー坊君はわたしたちの家に一緒に暮らしているんだから! だからわたしたち……わたしが看病するの! そうきめたんだもん!」

 そう言うと、朦朧とした意識の真央をがくんと掴み起こし


「おふわっ!?」


「だから、わたしに全部任せておけばいいんだから!」


「ほわっ!」

 たゆん、至極ありふれた、しかしその分ダイレクトにそのイメージが伝わるであろう擬音が真央の脳裏に思い浮かぶ。

 先ほども感じた、柔らかく張りのあるつややかな胸元、しかしその感触は、タンクトップというあらわな服装によりいっそうその感度を高めて真央の顔全体に伝わってくる。


「ほら! マー坊君こんなに熱上がってるもん! さっきなんて鼻血まで出してたんだからー!」

 真央に対する愛情、そして病状に対する心配が、いっそう奈緒の腕に力を込めさせる。

 奈緒自身は気付いていないだろうが、その胸元の大きなふくらみの中に真央の顔全てをしずめてしまいかねないほどに力いっぱいうずめた。

「マー坊君、心配しなくていいからね? 必要なことがあったら、何でも言って。ね?」


「でしたら! いえ、だからこそです!」

 ぐいっ、今度は葵が、まるで宝物を奪い返そうとする海賊のように真央の体を引っつかんだ。

 そして今度は


「あがっ!?」


「私にお任せください! 私が、精一杯の愛情を込めて真央君を看病して差し上げます!」


「もふぁっ!?」

 ぷるん、タンクトップほどに薄手ではなく、またそのボリュームも奈緒のそれには及ばなかったが、しかしその適度なボリュームの胸元からは、はち切れんばかりの張りとつや、そして弾力が伝わってきた。


「真央君、もしよろしければ私の家へお越しください。そうすれば誰の邪魔も入ることなく、こころの底からの安らぎとくつろぎを与えて差し上げます。タクシーを使えば、ご負担など気にされることもなく私の家につけますから」

 まるで愛し子を抱擁する聖母のような面持ちで、葵は真央の顔を胸元に押し付けた。

「もしよろしければ、そのまま私の――」


「だからだめなの! マー坊君はわたしが看病するのー!」

 再び真央の体を強引に奈緒は奪い返す。

「愛情だったら、わたしだって負けないもん! ううん! わたしが一番だもん! だからわたしが看病するのー!」


「それは聞き捨てなりません! わたしこそが一番真央君を思って差し上げられます!」  

 奈緒の言葉に、葵のこころの中に火がついたのだろう、更なる力を振り絞り真央の体を奪い返す。

「愛情というものが病を治す一番の薬であるとしたら、私が一番真央君を治すのに適していますから!」


「そんなことないもん!」


 走行して入間に、哀れ病み上がりの真央の体は右へ揺すられ左へ振られ。

 その都度顔の三半規管は混乱し、まるで酔っ払ったかのように精神を酩酊させる。

 もはや、真央は完全に考える気力を失っていた。


 すると、ドタドタドタ、かすかに廊下の置くから何かを叩きつけるような騒音がする。

 その音は、真央のこころに何か力強い、まるでサバンナのネコ科の肉食獣の接近のような旋律を覚えさせる。

「……もしかして……これって……」

 一瞬で真央の正気は戻り、それとともに今までの経験が頭をよぎる。

 その顔は一瞬で青ざめ、その額には冷や汗が流れる。

「だあああああ! やべーって!」

 真央は奈緒と葵の体を強引に振り払い、そして懇願するように口走る。

「か、か、か、勘弁してくれ! も、も、もし、こんなとことあの――」


「ど、どうしたのマー坊くん!? そんなに震えて! 顔も青ざめているし!」

「唇が真っ青ですよ! ろれつも回っていませんよ!?」

 逃げ出そうともがく真央の体を強引に押さえつけながら二人は声を上げる。


「いーからはなせって! このままだと……このままだと死んじまう! 後生じゃ! たすえてくれぇや!」 体をふるふると振るい、必死であがく真央だが、信じられないような力で抑え込まれ、真央は身動き一つ取れない。


「……そんなに……そんなに……体を震わせて……きっとまた熱が上がり始めたのですね……」

 真央の言葉の意図を全く無視し、哀れむかのようにその瞳を潤ませる葵。


「……きっと幻覚が見え始めたんだよ……どうしたら……どうしたらいいの、葵ちゃん……」

 暴れる真央の関節をがっちりと固め、同じく哀れみに目を潤ませる奈緒。


「こういうときは」

「こういうときは?」

 顔を見合わせる葵と奈緒。


 恐怖で凍りつく真央。


「人肌で暖めて差し上げると聞きました!」

「うん! わかった!」

 そう言うと二人は、いっそう真央に体を密着させ、そして抱きしめる。


「……ははは……もうどうにでもなれよ……」


 何かを諦めたかのような真央の目の前で、ガチャリ、とドアが開けられる。

 

「どうしたマー坊!? 一体何があったんだ!? さっきからものすごい音が、って――」

 Tシャツにジーンズ、いかにもありあわせのものを見にまとい駆けつけたかのようなスタイルのその少女、釘宮桃は心配そうに声をかける。




 しかし、その目の前には――




 肌もあらわな、二人のグラマーな少女の胸元に顔をうずめる1人の少年、秋元真央の姿だった。


 


 こうなってしまっては、何一つの言い訳も許されない。

 少なくとも、今のこの状況下においては。

 頭はあまりよくはない、自分自身もそう自覚している真央だったが、それでも経験上そのことだけは理解できた。

柔らかくも心地よい感覚を両頬に感じながら、それでも言うべきことはいわなければならない、真央は口を開いた。

「……よう、桃ちゃん……知ってるよな? 俺ほら、昨日高熱出して、死にかけたんだよ……だからほら、殴られたり蹴られたりとか、そういうのもらったら、今度こそ本当にしんじまうかもしれねーんだよな。だから――」


「そう」

 短いその言葉の後に続く、桃の柔らかく暖かな微笑み。

 そしてつかつかと、静かに葵と奈緒、そして真央の座るソファーの元へ足を運ぶ。

「それが聞けて、良かった。ありがと、マー坊」


「お、おう。よくわからんけど、お役に立てて、何よりだぜ」

 しかし、真央は知っている。


 こういう表情の桃が、この世では何よりも恐ろしいことを。


 恐る恐る、真央は訊ねる。

「……ところでよ、一体何を聞けて感謝、なんだ?」


 その言葉に、桃の笑顔はいっそう、まるで太陽のように輝く。

「だって、マー坊は大切なこと教えてくれたじゃない」


「大切なこと?」

 怪訝な表情で首を傾げる真央。

「それぁ、一体何のこと――」


 その瞬間――


「ぶげらっ!?」


 真央の顔面に、件の右ストレートが食い込んだ。


「きゃあっ!」

「マー坊君!」


 奈緒と葵、二人の少女の悲鳴の中、桃は悠然と、ゆっくりと引き戻し、目の奥に一切に光を感じさせない微笑を浮かべる。

「とぼけないでよ。言ったじゃん。“殴られたり蹴られたりとかしたら、今度こそ本当に死ぬ”って。安らかに、ね。マー坊」

 そう言うと、桃はゆっくりとリビングを後にした。


「お、お、おじゃまします! マー坊先輩、大丈夫ですか?」

「ごめんごめん、ドア開けっ放しだから、勝手に入ってきちゃった」

 桃と入れ替わるかのように、廊下の奥から響く二人の少年の声。

 聖エウセビオ学園ボクシング同好会会員、川西丈一郎と瀬川隼人、レッドだ。

 その二人が、リビングで目にしたもの――

「「……」」


 鼻血を出して倒れこむ二人の横で、悲鳴を上げる二人の少女の姿だった。


「……ま、マー坊先輩、風で寝込んでいると聞いたのですが、顔の青あざを作って鼻血を出して倒れてしまうような風なんて、この世にあるんでしょうか……」

 顔をしかめながらも、素朴な疑問を口にするレッド。


「……そうだね。きっと君には、ううん、僕も一生かかることのない病気かな? うん、病気っていうか、運命、災難なのかもしれないけど……」

 こちらは苦笑を浮かべる丈一郎。


「運命? 災難?」

 わけが分からず聞き返すレッドに対し


「うん。“女難”っていうらしいね。こういうの」

 小さく短くそう呟いたきり、丈一郎はそれ以上口を開こうとはしなかった。

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