表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/228

    4.27 (土)16:10

「どうマー坊君、少しはリラックスできた?」

 十分に水と戯れた後、シャワーを浴びた丈一郎。

 その髪の毛は、まだやや水に濡れた感触。


「ああ。サンキューな。お前にも気ィ使わせちまってたみてーだな」

 丈一郎の横で、静かにほほ笑む真央。

「なんつーか、心ん中でいろいろもやもやしてたんだけどよ、なんだか少し吹っ切れそうだ。良く考えれば、関東予選まであと一週間ちょっとだったんだもんな。まあ、入れ込みすぎてた見てーだわ」

 そう言うと、頭をもしゃもしゃとかきむしる。

「はっ、なんか俺らしくなかったな。久しぶりに悪魔のような自分を取り戻せそうな気がするわ」

 そう言ってニヤリ、いつもの不敵な微笑みを浮かべる。


 すると

「……はぁぁぁぁぁぁ……」


「「うおっ!」」

 地鳴りのようなため息に、真央と丈一郎は体を反応させる。

「お、おおレッド、お、お前の方はたいへんみたいだったみてーだな、へ、へへへ……」

「う、うん! け、けど、すごいじゃん。最後の方は、なんとか、まぁ、15メートルくらいは泳げるようになったみたいだし、あ、あははは……」


「……10メートルっす……」

 スイッチの入った桃の鬼のコーチングをみっちりと一時間以上体験してきたレッドは、心身ともに恐ろしいほどに消耗しきってっていた。

「……正直、自分は普通の練習以上に疲れました……」


 その様子に、二人は苦笑いのほかなかった。

「……ま、まあ、レッド君はまだ体力づくりの段階なんだから。うん。丁度良かった……んじゃないかなあ?」

「お、おおそうだぜレッド! おかげさんで、ほれ!」

 そう言うと真央はバッグを足元に置き、その場でファイティングポーズをとる。

「うっし!」

 ヒュンヒュンヒュン、飛燕のように軽やかに両の拳を繰り出し、クンッ、クンクンッ、自由自在に上半身を前後左右へと動かした。

「なんだかよ、体中の重しが取れた、って感じだ、へへっ」


「すごーい! マー坊君、かっこいい!」

「あ、私知ってる! それってシャドウボクシングって言うんでしょ?」

「すごーい! なんだかボクシングって言うより、ダンスを踊ってるみたいだね!」

 真央の背後から、黄色い歓声が上がる。

 先刻まで共にプールで過ごした、同じクラスの女子生徒たちだ。


「あ、ああ、ま、まあそうだな……」

 ふいにかけられた自分に対する賞賛の声に身じろぎする真央。

 今まで生まれてこの方、女子生徒にボクシングでこれほどに褒め囃されたことがない真央にとって、生まれて初めて経験するようなこそばゆい経験だ。

 初めての経験に、真央は隠しようのない戸惑いを覚えた。

「い、いや、こんなもんボクサーなら、皆当たり前にできるもんなんだけどな……」

 そう言うと、顔を赤らめながら応え、バッグを拾い上げて肩にかけた。


 一方で女子生徒たちは、同じ時間を共に過ごしたせいだろうか、完全に自分たちと真央との間にある壁が取り払われたかの様子だ。 

「ねえねえ、今日はもう練習ないんでしょ? よかったらさ、皆でどこか遊びに行かない?」

「いーねー! マックいかない? あ、でも、ボクシングやってる人だから、ファーストフードはよくないのかなー?」

「だったらさ、スタバとかいーんじゃない? コーヒーなら、減量とか関係なさそうだしさ!」


 すると、つかつかつか、その後ろからさらに人影が。


「うぉっ!?」


 そしてその影は、ぐいっ、真央の襟首をつかみ、強引にそれを引っ張る。


「……にすっだ!? 誰だ一体……って」

 振り向くとそこには


「……うげっ……」

 

「鼻の下伸ばしていい御身分じゃないか」

 じろりと真央を睨みつける、桃の姿があった。


「あらあら、桃さん、いいではないですか」

 と葵がフォローを入れるが

「……真央君だって男の子ですもの……たくさんの女の子に囲まれたら、それはそれは嬉しいでしょうから……」

 そのほほ笑む瞳には、灯が見られなかった。


「そうだよ桃ちゃん」

 そのやや後ろからは、今度は奈緒の声が。

「……今日はマー坊君のための、リラックスるための日だもん……かわいー女の子に囲まれてた方が、マー坊君は嬉しいんだもんねー……」

 じとりと見つめるその瞳には、やはり生気が感じられなかった。


「あ、ああ……い、いやっ! そ、そんなことねーよ! 何いってっだ!」

 慌ててその発言祖否定する真央に対し


「どうだか? 君は男子校出身だからな」

 桃はその目を見ることもなく、吐き捨てるように言う。

「女の子にデレデレしちゃってさ。硬派が聞いてあきれるよ」


「あ、あのさぁ、三人とも」

 その剣幕に押されながらも、何とか丈一郎はその間に割って入ろうとする。

「く、クラスの子たちを読んだのは僕なんだしさ、ま、マー坊君の事はそろそろ……」

 と声をかけるが


「「「……」」」

 美しくも恐ろしい三人の少女の無言の圧力に


「……は、はは、そうだね、僕、余計なことしちゃったみたいだね……」

 すごすごと引き下がらざるを得なかった。


「さ、マー坊君、早く帰ろっ!」

 不機嫌そうに奈緒が声をかける。

「今日は体を休めることが目的なんだから、これ以上遊んでたら、疲労が増すだけなんだからねっ! 今日はマー坊君に、食材の買いだし頼もうと思ってたんだから!」

 そのトーンには、いら立ちの色が隠せない。


「その通りです。真央君、今日は早くお帰りください」

 美しい髪の毛を耳元でかきあげ、葵も同じく不機嫌さを隠そうとはしない。

「女の子にデレデレと鼻の下を伸ばさせるために今日は協力したわけではないんですから。早くお帰りになって、きちんと桃さんからお食事をおつくりいただいて、きちんとお体を――」


「どういうこと?」

 その葵の言葉に、女子生徒が口を挟む。


「「……あ……」」


「……バカ……」

 桃は小さく目じりを抑え、眉間にしわを寄せる。

「……奈緒はともかく……葵まで……」

 今までひた隠しにしてきた、真央が釘宮家に居候しているということが、危うく表ざたになりそうになる。


 一度火のついた好奇心、年頃の女子生徒は目を輝かせて速射砲のようにまくしたてる。

「ねえねえ奈緒ちゃん、奈緒ちゃんちの食料の買いだし、なんでマー坊君がすることになってるの?」

「礼家さん、マー坊君の夕食を釘宮さんが作るっていってたけど、いつもそうなの?」

「ていうか、なんでライカさんがそんなことまで知ってるの?」


「い、いえ! 別に私は何も……」

 何とかしてその言葉を取り繕い、ごまかそうとする葵だが


「う、うん! 別に! マー坊君が私たちの家に同居しているなんてそんなこと――」


「あんたはこれ以上しゃべるな!」

 桃が顔を真っ赤にして、余計なことをしゃべろうとする奈緒の口をふさいだ。


 しかし、時すでに遅し。

 その三人の様子に、勘の鋭い女子生徒はすべてを悟った。

「ええー!? マジで? あの男を寄せ付けそうにない釘宮さんが、マー坊君と同棲してるの!?」

「マジで? いくらいとこ同士だからって、同い年の男女が一つ屋根の下で暮らすなんて……」


 ぶっ、桃は吹き出し、顔を真っ赤にして叫んだ。

「ふっ、ふざけるな! だれが同棲してるっていうんだ! 人聞きの悪い!」


 きょとんとした表情で真央は口を開く。

「よー桃ちゃん、どうせいって何だ? 俺が桃ちゃんと一緒に暮らしているの、どうせいって言うのか?」


「あんたも頭悪いんだから余計なことしゃべるんじゃない!」

 桃は真央の尻をけりつけた。


「あでっ! てめー! また蹴りやがったな!」

 なぜ自分が蹴りつけられたか、理解していない様子の真央。


「……道理で、単なるいとこという関係にしては、ちょっと親密すぎると思ってたんだよね……」

「……うんうん、しかも奈緒ちゃんも一緒でしょ? ちょっと露骨すぎだよねー……」

「……そうそう……若い男女が一緒にいて、これで何も起こらないなんて考える方が……」

 顔を赤らめ、ひそひそと話をする女子生徒たち。


「ちょ、ちょっと! 勝手に妄想するんじゃない! そんなわけあるか!」

 桃は、これ以上なく顔を紅潮させ怒鳴りつける。


 それに対し、女子生徒の一人が口を開く。

「でもさー、釘宮さんのこと桃ちゃんなんてよぶの、奈緒ちゃん以外だとマー坊君くらいじゃん。まあ、いとこ同士だから当然なのかもしれないけど、なんていうか、ちょっと……ねえ?」


「……そ、そうだけど」

 その言葉に対し、いつものように冷静に言い返すことのできない桃。 

 同棲ではないが、同居していることを否定しようがなくなってしまい、どうにも頭の回転が鈍っているようだ。


「だったらさー」

 真央を取りかこむ少女たちの様子を、どこか楽しげに見ていた丈一郎は

「いっそのこと、これから僕たちも釘宮さんのこと“桃ちゃん”って呼んでみるのはどう?」


「ちょ、ちょっと! それとこれと、どんな関係があるんだ!」

 慌てて丈一郎の言葉を遮ろうとする桃だったが


「あっ! それいーかも!」

「うんうん! なんか釘宮さん近寄りがたい雰囲気だったし、“桃ちゃん”ってよんだら、壁が少しなくなるかも!」

 そういって、女子生徒たちは歓声を上げた。

「今日、川西君に声かけてもらってよかったねー。マー坊君と桃ちゃん、二人と仲良くなれたし、それに、マー坊君に連絡とろうと思ったら、モモちゃんに連絡とればいいってわかったしね」

「ねー。あーん、でもうらやましー! いっつもマー坊君と一緒にいるんでしょ? あのマー坊君の……悪魔しい体を毎日拝めるなんて――」 

 

「へ、変な妄想しないでよ!」

 桃が否定しようがしまいが、もはや女子生徒たちは聞く耳を持とうとはしなかった。


「ぁんだ? こいつらいったい何を――」 

 少女たちがなぜこれほどまでに興奮しているか理解できずに頭をかく真央だったが


 バキッ!

「ごはっ!」

 みぞおちに食い込む桃のひじにへたり込み、二の句を継ぐことができなくなった。


「あんたはもうこれ以上しゃべるな!」


 その夜、桃の携帯には数えきれないほどのメール受信があった。

 その文面や文体は様々だったが、そのほとんどが“真央との同棲”に関する内容だった。

 何とかその“同棲”という言葉を打ち消そうと躍起になっていた桃だったが、100通目のメールを出し終えた時、彼女はすべてをあきらめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ