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第四部 4.20 (土)16:30

「珍しいじゃん」

 

 ――サー サー サー――


「あ?」

 ウィンドウにたたきつける激しい雨音にかき消されるようなその声に、ようやく気が付いた真央は肘をついたままその声の主を振り返る。


「珍しいね、って言っただけじゃん。そんなに睨みつけなくたっていいじゃない」

 真央のふてぶてしい眼光を軽くいなすかのように、余裕の表情。

 そして、真央の座るテーブルに、たった一つのタンブラーを据える。

「君がたった一人でもの店に来るなんて、珍しいね、って言っただけ。いつも君が来るとき、必ず誰かと一緒だったからね」

 そういって、ミキは真央に営業用の微笑みを見せた。


「別に睨み付けたつもりはねえよ」

 タンブラーに手を添えながらも、いら立ったようにその表面をこする真央。

 そして気だるそうにミキを見て言った。

「俺ぁもとからこんなんだ。それに俺がたった一人でこの店来てやってるのが、あんたに何の関係があるっつうんだよ」


「だって、君がこの店来るとき、必ず誰かと一緒だったんだもん。あ、いつも通り、ブレンドでいいかな?」

 口元を緩ませ、ミキは真央に顔を近づける。

 肩ほどで切りそろえられた、やや茶色い髪の毛が真央の目の前で踊る。


「ああ、構わねぇよ」

 その元気な毛先をうっとおしそうに払いながら、真央は答える。

「なんか知んねえけどよ、運動会とか修学旅行とか、みんな委員会で忙しいんだとよ。そんで今日に限って鍵家に忘れてきちまったからよ。だからここで時間つぶさせてもらうしかねえからな」


「……ふーん……」

 目をとるまでもなく、意味深な表情で真央を見つめるばかりのミキ。

「……君ってさあ、いっつもかわいい子連れてきてたけど……まあ、あのぽっちゃりした子は置いといて」

 ぽっちゃりした子、それはおそらくレッドのことを指すのだろう。

「あの子たちの中でさ、君のカノジョって誰なの?」


「あ? あんた自分で何言ってんかわかってんのか?」

 心底嫌そうな表情で真央は答える。

「くだらねーこと言ってんじゃねーよ」


 しかし、その答えを頭から無視するかのようにミキは続ける。

「君が連れてきた子って、みんなタイプが違うのよねー。付き合ってないとしても、好きな子は絶対いるでしょ、あの中に。やっぱり、あのモデルみたいなスレンダーな子? それとも、あのグラビアアイドルみたいな、おっぱい大きい子?」

 そして、一転して眉をひそめ、真央の耳元に唇を近づけて

「……もしかして、あのかわいい感じの男の子? もしそうでも、私はそういうの理解あるから、たとえ君がゲイでも受け入れ――」


 ガシャン!

「くっだらねぇこと言ってねえで、さっさと注文したもんもってこいや!」

 顔を真っ赤にして、強くテーブルをたたく真央。


「はいはーい」

 再びおどけた表情で、カウンターへと戻るミキ。

「ブレンドワン、入りまーす」

 しかし、いつもとは違い、自分自身でブレンドコーヒーを入れ始める。


「……おう、今日は親父はいねーのか……」

 カウンター越しの幹に真央は声をかける。

「いつもは、あんたは注文とるだけで、コーヒー入れるのはあの親父の役割じゃねーのか?」


「ああ、おやじって、マスターのこと? 今日は、夕方から用事があるっていうから、今日は私が店を任されたの。これでも結構信頼されてるんだから」

 口の長いティーポットを、コーヒーフィルターの上でゆっくりと回すように注ぎながら答えるミキ。

「それにこの、春の嵐っていうのかな? こんな様子だから。まあ見ての通り――」

 苦笑しながら店内を見回すミキ。

 常連客の山さんはおろか、真央以外の客は誰一人として存在しない。

「こんな日だからさ、来てくれるような物珍しいお客さんも君くらいってなわけ。だから、今日この店は私が切り盛りしてるの。大学生のアルバイトに過ぎないんだけどね」


「はっ、この店も先が思いやられんな」

 吐き捨てるようにして真央は憎まれ口をたたく。

「まっ、どうせあの親父が趣味で経営してるようなもんなんだろ? あんたも大学生なら、はえーとこ次のバイト先見つけたほうが手っ取りばえーぜ」


「……まあ、そうかもしれないね」

 苦笑しつつ、ポットに落ちたコーヒーをカップに注ぐ。

 そしてそれをソーサーに置き、手際よくスプーンとポーションをトレーに据え、真央のテーブルへ。

「さ、お待たせしました。ブレンドです」

 それを伝票とともに真央がぽつねんと座るテーブルに置いた。


「……おう……」

 おそらくは、ほとんどの男性が奮い立つようなその幹の微笑みに、一切の関心を示すことなくぶっきらぼうに真央は応え、そしてブレンドを一口含んだ。

「……あれだな、あの親父が入れたのとそう変わりがねえな。なかなかのもんだぜ」

 そういうと、ニイッ、とほほ笑んだ。


「いうじゃん」

 その笑みに小悪魔的な微笑みを返すと、ミキは真央のテーブルの向かいに座る。


「……仕事しろよ」

 またも気だるそうに言う真央に対し

 

「ね、君っていっつもいろんな子と一緒にいるよね」

 その言葉を無視し、一方的に話しかけ始める。

「あの子たちを自分のものにしたいなって、考えたりはしないの? 付き合って、かわいい女の子にいろんなことしてみたいって年頃でしょ?」


 ブッ、口に含んだコーヒーを吹きだし、真央は顔を真っ赤にする。

「ば、ば、バカなこと言ってんじゃねえ! 俺ぁあいつらに対して、そういうのは全くねえよ!」

 大声で否定した。


「えぇー? マジー?」 

 心底信じられないような表情でミキは呟く。

「君くらいの年代の男の子ならさ、やっぱりああいう女の子たちといろいろ、えっちなこととかしてみたいと思うのが普通でしょ? あのモデルみたいな女の子の下着姿を見てみたいとか、あのおっぱい大きい子のおっきい胸を、いろいろこねくり回したいとかさぁ」

 

「く、下らねーこと言ってんじゃねぇ!」

 ガシャン、再びテーブルを強く殴りつける真央。

「そ、そ、そ、そんなこと考えるような連中と、俺を一緒にすんじゃねえ!」


「ええ? それってマジで言ってんのぉ?」

 ある意味では軽蔑したような、怪訝な表情のミキ。

「あんなかわいい女の子いっぱいいてさ。私が男だったら耐えられないと思うけどなぁ。あ! やっぱ君ってゲイなの? あのかわいい男の子を、めちゃくちゃにしたいとかそういう欲望、あったりするの?」


「殺すぞ!」

 今まで見たこともないほどに顔を紅潮させて叫ぶ真央。

 そして、一つ咳を払い、コーヒーをまた一口含む。

「てめぇが今まで見てきた男と一緒にするんじゃねえ! 俺にはそういう気はまったくねえんだよ!」


「ふーん、そういうもんなんだ。まあ、君モテそうだしねー。女の子なんて、より取り見取りか」

 そういうと、激しく窓ガラスをたたきつける雨空の街並みに目を移す。

 少々きつそうな印象を見せるが、意外なほどに整ったシルエットを見せる横顔が呟く。

「ねえ、君ってさ、今まで誰かと付き合たことあるの? 当然男女の仲として、という意味でだけど」


「ああん? んなもんねえよ。あるわけねーだろうが」

 困惑気味の表情で、吐き捨てるように言葉を返す真央。

「だいたい付き合うとか、そういうもんの意味が分かんねえよ。そもそも付き合うってなんだよ。暇つぶしに女とあって、ムダ金つかって映画とか行って、それが一体何になるっつうんだ? 人生無駄に使ってるだけじゃねーか。惚れたはれたとか、そんなもんに費やすほど俺の人生安かぁねーんだよ」


「……」

 その様子を、無言で見つめていたミキだったが

 ぷっ、思わず吹き出して

「あははは、いいよ君。君って本当に面白い。男女の仲に、そういう考え方を持ち込む人なんて、初めて見たよ。あはははは」

 よほどその話がツボにはまったのだろう、その両目にはうっすらと涙がしみだしている。

 はあはあはあ、呼吸を整えながら、ミキはさらに訊ねる。

「ああ、ほんとにおもしろい。ねえ、君って本当に生きていて面白い? 誰かを好きになったことか、今まで一度もないの?」


 チッ、地作舌打ちをし、しばらくの躊躇いの後

「なんでそんなもんあんたに話す筋合いがあんだよ」


「……ふーん……」

 上目づかいで、真央の表情をのぞき込むようにミキは言った。


 その後、しばらく無言の時間が続く。

 雨は一層激しさを増す。

 さーさーというやさしい音が、まるでこのガラスをたたい壊さんばかりの激しいものへと変わってゆく。

 ミキは窓の外を、真央はその反対方向を向いたまま、ゆっくりと時間は流れていった。




「ねえ、明日時間ある?」

 静寂を切り裂くように、唐突に声を上げるミキ。


「あぁ?」

 またもぶっきらぼうに返す真央。

 桃や奈緒、そして葵とも違う大学生の女性の、ある種コロコロと変わるその行動に、少々困惑していた。


「明日、時間あるかな?」

 先ほどと全く同じ言葉を繰り返すミキ。

「ちょっと、付き合ってほしいんだ。お礼は当然するから」


「……あのなあ、あんたさっきから何勝手に――」

 顔をしかめ、その申し出を却下しようとするが


「お願い」

 ミキは真央の手を取り、その勝気そうな、大きな瞳でますぐに真央を見つめる。


 真央は慌てて、顔を真っ赤にしてその手を振り払う。

「わ、わーったよ! 手ぇ勝手に触るな! 午後からだ! 明日の午後部活が終わったら時間作ってやるから!」


 その言葉を聞くと、口元を緩めるミキ。

「そう、ありがとう」

 すると美紀は、オーダー用のメモを取り出し、さらさらと何かを書き込み、それを切り取り差し出す。

「部活終わるの、一時位かな? 部活終わったら、この店に来てほしいんだ。今日みたいに、一人で」


「……」

 その様子に、真央は何かを感じ取り、素直にその紙を受け取る。

「……この店に行けばいいんだな?」


「うん。大きい駅の、結構目立つところにある店だから、多分君でも間違えないと思うよ」

 そういって、口元で手を組んだ。

「その店、ちょっとしたレストランになってるから、私が来るまで、食べ物でも飲み物でも、好きなもの注文して待ってて。あたしがおごるから」

 そしてミキは、ジーンズのポケットからケータイを取り出し

「ねえ、君の電話番号教えてよ。メールアドレスでもいいから。一応そのほうがいいでしょ?」


 すると真央は、頭をもしゃもしゃとかきむしりながら

「持ってねえよ、そんなもん」

 とぶっきらぼうに返した。


「えぇー!? マジ!?」

 と心底驚愕したような表情を見せたが

「ま、君らしい、っていえば君らしいか。君って、そういう子だもんね」

 そういってケータイをポケットにしまった。

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