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    4.15 (月)19:50

「レッドがここまで傷ついちまったのは、俺のせいなんだ」

 そういうと真央は静かに瞳を閉じ、そして天を仰ぐ。

「“自分のこころを、きちんと言葉にできないやつこそが、本当に弱いやつだ”か。へっ、何をえらそうに言ってんだかな」

 自嘲気味に、吐き捨てるような皮相の笑いを浮かべる。

 そこには、口には表すことのできない、大きな後悔と自分に対する無力感が漂っている。


「……真央君……」

 その横顔から、葵はそのこころを読み取ろうとする。

 しかし、まるでぴったりと蓋を閉じた岩屋のようなその真央このこころは、何一つの動きを見せようとはしなかった。

 ぎゅっ、言いようのない切なさと胸の高鳴りを感じた葵は、思わず真央にすがる手の力を強める。

「……差し支えなければ、教えてください。今真央君は……今真央君は、一体何をお考えなのですか?」

 真央の左手に取りすがりながら、その左肩に顔を預けながら訊ねる。

「私、真央君のことを知りたいんです。今までよりも、他の誰よりも、真央君のことを知りたいんです」


 その言葉を聞くと、真央は再び瞳を開き、そして再びシニカルな笑みを浮かべる。

「……そんなもん知ってなんになるっつうんだよ。話したところで、何にもなりゃしねぇんだからな」

 とはぐらかすようにうそぶいた。


 すると葵は、その取りすがるような腕の力を緩め、そして

「……真央君……」

 優しく語り掛けると、そのまま両腕で真央の頭を抱きすくめ、そしてその顔を自らの胸元にうずめる。


「う。うぉっ! 葵! ちょっ……」

 その葵の突然の行動に混乱する真央に対し


「じっとしていてください」

 幼子を抱きすくめる母親のように、やさしく、甘く葵は真央に語りかけた。

「ほら、そんなに緊張しないでください……少しずつ体の力を抜いて……」

 葵の熱い吐息が、真央の耳元をくすぐる。


 始めは葵のその行動に体を強張らせ、抵抗を見せた真央だったが

「……あ、ああ……」

 やさしくその頭を撫でる葵のその手に、なだめられるようにして体中の力が抜けていく。

「……あ、ふ、ふうぅ……」


 真央の全身の緊張が抜けていくことを、自らの胸元から感じた葵は

「……そう……そうです……こういうときは、そんなに緊張する必要なんてないのですから」

 そういうと柔らかく語り掛け、微笑んだ。

「きっと真央君には、わたしには理解できないような、ううん、真央君自身も思い出したくないような、つらいことがあったんでしょうね」

 そして何度も、やさしくその頭、そして背中をさする様にして撫でる。

 自分自身の頬を、ぴったりと真央の頭につけたまま。

「私には、何もできないのかもしれません。桃さんのように、真央君の気持ちを一番に理解して、その背中を後押しして上げられるようなことも、できないのかもしれません」

 そう呟くその瞳、そこにはやや憂いの色が浮かんでいる。

「ですから、私はこうするだけ。こうして、真央君を抱きしめてあげるだけ。桃さんの前では、精一杯格好いい男であってくださっても、かまいません。ですが」

 その憂いを振り払うかのように瞳を閉じ、その腕に力を込め、まるで幼子をいとおしく抱きしめる聖母のようにきゅっと、真央を胸元に抱きしめ、その頭に小さく唇をつける。

「私の前では、格好つけなくてかまいませんから」


「……葵……」

 体中に一切の力を込めることができなくなった真央は、為すがままにして葵の言葉に耳を傾ける。

 真央の頬は、柔らかく張りのある葵の胸元を感じ取る。

 いつもならば、普段接することのない女性の感触に、体全体が拒絶反応を示してしまうところだが、心に開いた隙間を埋めるようなその柔らかさに、真央はこの上のない居心地の良さを感じていた。

 日向に干したての毛布に包まる少年のように、真央は再び静かに瞳を閉じる。

 この感触、真央はどこかで感じたことがある。

 つい最近、その両手に感じた女性のふくらみ、その経験よりももっと以前、性的な感情を通り越した、全身の細胞が粉々になって注に溶け込んでしまうような安らぎの感覚、それは確かに真央の胸の奥深くに沈んでいるものだ。

 葵の暖かな抱擁は、それを少しずつ真央の意識下へと呼び戻して言った。

「……なあ、葵……」


「はい。私はここにいます」

 真央の全身を撫でながら答える葵。

「私はどこにも行きません。ずっと真央君のそばにいますよ」 


「……葵って、すげーいい匂いするんだな……」

 リラックスした真央は、こころの中に浮かんだその感情をまじりっけなく口にする。

「……すげーいい匂いするし、それに、柔らかくってあったけーよ……」


 初めて見せる、真央の外見、そして年齢に見合わないその幼子のような言葉、仕草に

「そうですか。それは嬉しいです」

 といってやさしく微笑み

「そういう風におっしゃられると、ちょっと恥ずかしいかもですね。でも……真央君なら……真央君になら、いつだって、なんだって……して差し上げられますから」

 瞳を潤ませ、頬を赤らめた。

 その呼吸は浅く、熱く湿った吐息がその口から漏れる。

 その鼻腔に、真央の匂いが充満する。

 葵は、その体の芯が熱く、そして潤ってくるような感覚を覚えた。

 ふと、その胸元に真央の様子を伺う。

 すると

「……」


 すぅ、すぅ、すぅ小さな寝息が響いていた。


 くすっ、葵は小さく笑った。

「まあ、寝てしまわれたのですね。まあ、仕方ありませんね。お疲れでしょうから」

 そして、再び真央の頭をやさしく撫でる。

「今日は、本当にいろいろなことがありましたね、本当に。でも、本当に私は真央君のことを心配していたのですよ? だって」

 そして、小さく耳もとに唇をつけ、そして呟いた。

「……私、真央君のことが好きです……本当に、誰にも渡したくない程に、私だけのものにしたい程に、大好きです……」


 その瞬間


 パキン


 ビクッ


 枯れ枝の踏み折れる音が葵の耳に響き、葵は体を硬直させる。

 そして


 ダッ


誰かが足早にその場を立ち去る気配。


「……ん?」

 その変化に、真央は反応し

「どうした? なんかあったんか?」

 目頭を指で強く押さえながら言う。

 すると

「……ん……ん? どわぁっ!」

 自分自身が青いに抱きしめられていたことを思い出し、あわててその胸元から体を離した。

 そしてそわそわとせわしなく体を動かしながら

「す、す、すまん葵! なんか、俺また、女の人に……その、“でりかしー”とか……」

 取り繕うようにして言葉を口にする。


「……」

 そのあわてた様子を、呆然とした表情で見つめていたが、クスッ、口元から小さく破裂するような微笑がもれる。

「今回は、デリカシーは関係ありません。今回は私が真央君を抱きしめたのですから。それとも、桃さんのことが気になったりするんですか?」

 と、いたずらっぽく言った。


「あ、あほか! んなわけねーだろが!」

 と怒鳴る真央だったが

「ま、まあ、こんなシーン見られたら、間違いなく桃ちゃんにシメられるんだろうけどな……」

 と頭をもしゃもしゃとかいた。


「まあ」

 と口元に手をやり、小さく笑う葵。

 そしてすっと立ち上がると

「さあ、明日も学校ですから。いつまでもこうしていたい位ですが、そうもいきませんものね」

 真央の顔を見て

「送ってくださる途中でしたものね。真央君と一緒なら、安全におうちに帰れそうです」

 そういって右手をそっと差し出した。


 すると真央は

「ぎゃははははは」

 いつもの大きな笑い声を響かせる。

「まかしとけよ。言ってくれればいつだって送り迎えくらいしてやっからよ」


「それは嬉しいですね」

 そういって葵はにっこりと微笑んだ。

 そして

「手は取っては下さらないのですか?」

 またいたずらな微笑を浮かべた。


 その言葉に、真央はやや頬を赤らめながら

「ま、気が向いたらな」

 そういって公園の出口へと歩みを進めた。


 楚の真央の表情を、葵は笑いながら見つめていた。

 そして

「あ、待ってください! 私をおいていかないでください」

 その後について、葵も公園を後にした。




 ガチャリ、リビングのドアが開けられる。


「あ、桃ちゃん、おかえりー。遅かったじゃん。どうしたのー?」

 すっかり元気を取り戻した奈緒が、姉を迎え入れる。

「こっちももうすぐご飯炊けるから……って、どうしたの、桃ちゃん?」

 

「……」

 リビングに入ってきた桃は食材を放り出すと、無表情のまま、妹の問いかけにも反応することなく、壁に背中をもたれかけさせる。


「? ねーねー、桃ちゃん」

 姉のその異変に気がついた奈緒は、小首をかしげながら訊ねる。

 そして

「桃ちゃんってば!」

 姉の型を強く揺さぶり反応を確かめる。


「……え? あ、ああ、奈緒か……」

 ようやく我を取り戻した桃は、妹の顔を見てぎこちなく笑顔を作る。

「あ、あのさ、買い物したあと、空気が心地よかったから、ちょっと公園の中を散歩してたんだ。うん。だから……ちょっと遅くなっちゃったんだ……」

 そういうと、きゅっと自分自身のからだを抱きしめるような仕草を見せ、奈緒から顔を背ける。

「……ごめん……ちょっと気分悪いからさ、夕食お願い……マー坊が帰ってきたら、一緒に食べてて……」


「あ! ちょっと桃ちゃん! だいじょうぶー?」


 心配そうに声をかける妹の声を省みることもせず、桃は足早にリビングを後にした。

 

 

 

 バタン!


 ベッドルームのドアが、力任せに閉められ、桃はベッドに倒れこむ。

 その胸によぎるのは、何気なく立ち寄った公園のベンチの光景。

 あれは間違いない、見間違えることなどあるはずもない、葵と、そして葵に抱きしめられる真央の姿。

 その姿はまるで、成立したばかりの恋人同士にしか見えなかった。

 そして葵の口から漏れ聞こえた言葉


“誰にも渡したくない程に、私だけのものにしたい程に、大好きです”


 それがまるで集中豪雨のように桃の頭の中を襲い、あらゆる思考を締め出していた。

 汲めども尽きぬ泉のように心の底から湧き出てくる、止め処のない感情に、桃のこころはかき乱される。


“だけど、気をつけてね。あれだけかっこいい男だもん。ライバルはたくさんいるって思っておいた方がいいよ”


 そして、その丈一郎の言葉は、全国の葵の言葉と複雑に絡まりあい、桃のその旨のうちで竜巻のように荒れ狂う。

 

 つぅ


 桃の頬に、一筋の涙が伝う。

 

 どんっ!


 桃はベッドの上を、叩き壊さんばかりの勢いで殴りつける。

「……あたしには関係ない……あいつが誰と仲良くしようが……誰を好きになろうが……あたしには関係ないんだから……」 

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