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    4.15 (月)9:31

「……あー、だりい……何で日曜日ってこんなに早く終わっちまうんだよ……」

 机に突っ伏す真央の言葉には、すでに疲労と倦怠感が入り混じっている。

 はあっ、ため息ばかりが口からこぼれ、一時間目の授業のノートや教科書類を片付ける気力もない。

「早く5時間目になんねーかなぁ……体育だけが今日の楽しみだぜ……」

 すると、ガンッ、もはや日常茶飯事とも思われるほど頻繁になった椅子を蹴り上げる衝撃が響く。

「……んー……」

 顔をしかめて後を振り返れば


「一時間目終わったばかりで何いってんの」

 真央の後から、聞きなれた桃の声が響く。

「早く次の時間の準備しなよ。チャイムがなってから後のロッカーに物取り行くなんて、許されないんだからな。さっさと動きなよ」

 

 その言葉を聞くと、

「……」

 頭をもしゃもしゃとかきむしりながら、無言で気だるそうに席を立つ。

 そしてポケットに手を突っ込んだまま教科書を小脇に抱えて後ろのロッカーへと歩みを進める。


 真央が桃の横を通り過ぎようとするその瞬間

「……?……」

 桃は何かを感じ取った。

 そして桃は後を振り返り、グッ、真央のブレザーを力任せに掴んで引っ張る。

「ちょっとまちなよ」


「……ぁん?……」

 真央は面倒くさそうに振り返る。

「んだよ、自分でさっさと次の時間の支度しろっつったんじゃねーか」


 その言葉にも耳を傾けることなく、そのまま真央をグッと引っ張り自分の真横につける桃。

「よく見たら君、ブレザーに小さな染みがあるじゃないか。一体これはなんだ? 昨日何かあったのか?」

 桃は昨日の真央の様子を思い出した。

 奈緒と二人で帰宅したとき、確かブレザーを片手に持ったままだった。

“犬に襲われたレッド君を助けて、汚しちゃったんだよ”

 と奈緒は昨日起こった顛末を話したが

「犬に襲われたレッド君を助けたというけど、本当か? 君、あたしに何か隠し事していないか?」

 真剣な目で真央を睨む。


「……あーん、と」

 その言葉を聞くと、真央はふたたび頭をかきむしる。 

「へっ、あんま親しくしすぎると、一緒に住んでるのばれちまうぜ……」

 とお茶を濁す。


 しかし

「ごまかそうとしているのか?」

 桃の鋭い勘は、それを目ざとく感じ取った。

「昨日から聞こうと思っていたことなんだけど、君、もしかしてどこかで喧嘩でもしたのか?」


 ドキッ、その鋭い指摘に、奈緒は心臓が停止するかのような心地だったが

「何馬鹿なこと言ってんだよ。俺ぁボクサーだぜ」

 そういって親指をグッと上げ

「リングの上でしか拳は振るわねーんだよ」

 と断言した。

「つーか、急に何なんだよ。なんでそんなこと言い切れんだよ」

 と訊ねると


「女の勘だよ」

 とこれもまた断言した。


「女の勘、ねぇ……」

 真央は腕組みをして首をかしげ

「……なんか桃ちゃんには似合わねえな。こういうときは、ほら、野生の勘っつうべきじゃねーのか?」


 すると

 バキッ!


「あだっ!」

 

 奈緒の左拳が、真央のわき腹にめり込む。

「茶化すんじゃないよ。こっちは真剣に聞いているんだ」

 真剣な表情でそう訴えた。


「も、桃ちゃん……」

 わき腹を押さえながら、真央は振り返ってその真剣な視線を受け止める。

 そして、ふう、小さく深呼吸をして口を開く。

「今はうまく言えねーけど、まあ、そのうち言うわ。だだ、別に桃ちゃんにめーわくかけることはしてねえからよ。だから、もうしばらくあったかい目で見といてくれや。な?」

 そういうと、ニィ、こちらも訴えかけるような微笑を作った。


 その言葉、その様子を見ると

「ああもう……君って男は……」

 桃は眉間にしわを寄せ、目じりを人差し指で押さえる。

「わかったよ。意味を信用する、って言ったのはあたしだ。その代わり、大体のことが落ち着いたら、しっかり説明してもらうからな」


 その言葉に、真央の表情は明るくなる。

「さっすが桃ちゃん! 男前だぜ!」


 すると

 バキッ!


「あだっ!」

 

 再び奈緒の左拳が、真央のわき腹にめり込んだ。


「ってててて、へへへ、ま、信用してくれよ」

 わき腹を押さえながらも微笑む真央。

「俺、馬鹿だけどよ、人の信用裏切るような不義理な真似は――」


 ガラッ


 重々しい音を立てて教室の扉が開かれる。

 教室へと足を踏み入れる人物を見れば、聖エウセビオの生活指導部長を務める男性教員だ。

「あー、秋元真央、川西丈一郎、いるか?」


――ザワ、ザワ、ザワ――

 

 その様子に、教室中が騒然となる。

 品方向性な良男良女の通う聖エウセビオ学園、そしてその中でも選りすぐられたであろうA組に通う生徒たちにとって、生活指導の教員が授業中に生徒を呼び出しに来るなど、いまだかつて経験したことのない事態だ。


「……なになになに? 川西君と秋元君、なんで呼び出されちゃってんの?……」

「……秋元君はなんとなくわかるけど、川西君までなんで?……」

 クラスメートの視線はいっせいにこの二人へと注がれる。


「どういうことですか!?」

 そのただならぬ様子に、葵が慌てて真央のもとに駆け寄る。

「授業の合間にわざわざ先生がお呼び出しになるなんて! 一体何があったというのですか!?」


 そして、桃も困惑気味に真央を見つめる。

「一体どういうことだ? 君のブレザーの一件と、何か関係があるのか?」


「……んー、と……それは俺も断言できねーが、たぶんそうじゃねーのかな」

 面倒くさそうに吐き捨てると、真央は小指で自分の耳をかく。

「ま、とりあえず行ってくるわ。いきゃぁなんだかわかんだろ」

 そして、ニィッ、桃と葵に微笑みながら言った。

「んじゃ、ま、後でな」


 ふぅ、一方の丈一郎は、どこかで覚悟をしていたのだろう、何もかも受け入れたようなため息をつく。

「ま、こんなことになるんじゃないかな、とは思ったんだけどね」

 そのこころの中は、想像していた以上に穏やかだった。

 チラリ、後を見れば、ポケットに手を突っ込んだ真央がのそりと歩いてくる。

「じゃ、行きますか」

 真央の接近にあわせ、丈一郎も席を立つ。


 すると、ガバッ、真央が丈一郎の肩を組み、そして耳元でささやいた。

「言い訳は俺が何とでもするからよ、何聞かれても、全部俺の言う通りだって教員には言っとけ。いいな?」


「ちょ……マー坊君、今なんて……」

 耳を疑うようなその言葉に、丈一郎は困惑の声を上げたが


 ニィッ、真央はいつもの不適な微笑を浮かべるばかりだった。

「さっさと行こうぜ。貴重な授業時間、無駄にしてもしょうがねーしな」

 うそぶくようにして真央は丈一郎よりも一足先に教室を出た。


「……」

 混乱する頭をぷるぷるとふるい、慌てて丈一郎もその後を追った。



 

 三時間目の中ごろ、授業の最中に


 ガラッ


 再び物々しい音を立てて教室の扉が開かれた。

「失礼します」

 表情一つ変えることなく、丈一郎は一礼する。


――ザワ、ザワ、ザワ――

 

 再び教室中が騒然となる。


「……ええ? 川西君だけ? 秋元君は何で帰ってこないの?……」

「……一体どういうこと? 何が起こったっていうの?……」


 しかし丈一郎は、その雑音に一切の反応を見せることなく

「すいません、呼び出しがあったもので、授業に出られませんでした。席についてもよろしいですか」

 立て板に水の如く、そつなく言葉をつないだ。


 むしろ、動揺したのは教員の側だ。

「あ、ああ……」

 腫れ物にでも触るかのように、しどろもどろになりながら返答する男性教員。

「そ、それは大変だったね。じゃあ、教科書とノートを開いて……」

 と着座を促した。


「失礼します」

 教科書を用意し、席に座ってノートを開く丈一郎。

 いつもの柔らかな、穏やかな様子ではない、張り詰めたような緊張した雰囲気を身にまとっていた。


 丈一郎の発する異様な雰囲気に、いっそうと騒然となる教室。


「こ、こらぁ、静かにしないか! はい、教科書読むよ!」

 静粛を促す男性教員だったが、その努力は物の見事に空回っていた。


 そんな中、桃と葵はひたすらに丈一郎を見つめ、その表情から何かを読み取ろうとしていた。




「川西君、これは一体どういうことですか!?」

 終了のチャイムの後、丈一郎のもとに飛び込んできたのは葵だった。

「なぜあなた方は先生に呼び出されたのですか? そして、どうして真央君だけが戻っていらっしゃらないのですか!?」


「そうそう! なにかあったの? どうして川西君たち、呼び出されたの?」

「秋元君……マー坊君だけがどうして戻ってこないの? ねえねえ、教えてよ!」

 周囲の女子生徒たちも、群がるようにして丈一郎のもとに集結してくる。


 丈一郎は困ったような表情の中に、無理やりに笑顔を作って言う。

「あはは、ごめんね、今はいえないんだ。言っちゃいけないことになっているから」

 その微笑みは、女子生徒を甘くとろけさせる、いつもの表情とは程遠くぎこちないものだった。


「……」

 その輪の中に入ることもせず、桃は真っ直ぐにその丈一郎の後姿を眺めていた。

 桃自身、一体何が起こったのか、今すぐにでも聞き出したいところだ。


 しかしそのこころは千々に乱れる。


“なにがあったかは、聞かない。だけど――だけど、こういう時の君は、間違ったことはしないと思っているから”


 桃自身が真央にかけた言葉だった。

 その言葉に偽りはない。


 しかし、今はただ真央の身が心配――

 ぶるぶる、と桃は頭を振るった。

 ばかばかしい、そんなものあたしが心配する必要なんてない、桃は自分の頭の中に浮かんできた思いを打ち払った。

 自分は、自分の言葉を裏切ってはいけない、何が起こったかは聞く必要はない、今はただ、真央の言葉とこころを最後まで信用してやろう、そう考えた。

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