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    4.14 (日)9:40

「あー、くそ、重てーな。マジできちんとダイエットしろよ」


 体中を痛めつけられ、まだ立つことも辛そうなレッド。


 真央はその肩を貸して学校までの道のりを歩く。

「お前も朝走ったらどうだ? やせるだけじゃなくて、体力もつくぜ」


「……はい、すいません……」

 その足取りもよろよろと、申し訳なさそうに頭をたれるレッド。

「ただでさえ、自分のためにお二方にはご迷惑をかけてしまったというのに……この脂肪までがご迷惑をかけるとは……」

 ふしゅう、空気が漏れるようなため息。

「……自分、死ぬ気でダイエットします……」


「まあまあ、よっと、確かにまずは絞れるだけ絞った方がいいね」

 もう片方の肩に腕を掛ける丈一郎は、その肩にのしかかる重みによろつく。

「けどよかったじゃん。もうこれであいつらもレッド君に絡んでこないと思うよ。なんたって――」

 そういうと、真央の方を振り返り、見つめながら言った。

「――うん、マー坊君にあれだけ派手にやられたら、もう絶対にありえないと思うよ。マー坊君の強さと、レッド君の意志の固さ、思い知っただろうから」


「……本当に、ありがとうございます……」

 同じく、レッドも眩しそうな表情で真央を見つめる。

「……やっぱり、マー坊先輩は、自分のヒーローでした。めちゃくちゃかっこよかったっす。それに、知ってはいましたが、本当に強かったっす……」


 その言葉に、真央は顔をしかめる。

「やめろよ。そういうもんじゃねーよ。こんなもん、本当の強さじゃねーよ」

 吐き捨てるようにいう。

「本当の強さっていうのはな……まあ、俺もうまくは言えねーけど、こんな路上の喧嘩なんかで競い合うもんじゃねーんだよ。こんなもんに勝ったって、何にも得るもんなんかねーんだよ。だからこそ」

 そして、二人の顔を見つめ

「俺らはボクシングしてるんじゃねーかな。おんなじ条件でよ、体重とか体格とか、何一つ不公平のない中で、死ぬ気で磨いてきた拳を戦わせてさ。しかも、きちんとルールを決めてさ。リングっつう空間が存在するからこそ、俺らはようやく強さってものを追求できるんじゃねーかな」


「……マー坊君……」

 丈一郎の視線が真央の視線と重なる。

「……そうだね……」

 小さく微笑みながら、丈一郎はうつむく。

「けど、やっぱりこういうのも強さだと思う。だって、うん。マー坊君は自分のために拳を振るったわけじゃないもん。マー坊君は、レッド君を助けるために戦ったんだもん。そういうのって、僕はやっぱり強さだと思う」

 その言葉には、レッド同様、真央の強さ、腕っ節だけではない人間的な強さへの憧れと尊敬の念が込められていた。

 

「……自分もそう思います……」

 ようやく血が止まり、水道で洗ったもののまだわずかに血のりの目立つ顔をくしゃくしゃにしてレッドは笑った。

「……マー坊先輩は、自分のために……自分を助けるために身を呈してくれたんです……まるで、電撃バップみたい……いや、電撃バップ以上の自分のヒーローっす……」

 そして、腹の底から搾り出すような声で

「……自分は、マー坊先輩みたいになりたいっす。マー坊先輩みたいな、強くて優しい男になりたいっす……」


「……」

 その言葉を、表情なく、無言で聞いていた真央。

 すると、おもむろに口を開く。

「リングではともかくよ、やっぱり俺なんて強くねーよ。レッド、お前の方が、断然強い人間だよ」

 うつむいたその様子からは、ますますその表情と感情を読み取ることはできなかった。

「言ったじゃねーか。“本当の弱虫ってのはな、痛みに声をあげる奴じゃねえ。自分の気持ちをキチンと言葉に、声にできねえ奴のことを言うんだ”ってな。お前は、きちんと自分の思ったこと、伝えるべきことを言葉にして伝えたじゃねーか。お前は、強えーよ。俺なんかよりな」


「……マー坊君?」

 丈一郎はその言葉に戸惑った。


 その位置からは、やはりその表情を読み取ることはできなかったが、その言葉はまるで自分自身に言い聞かせているようにも思える。

 初めて知り合ってから、ずいぶん中が深まったようにも思えたが、この屈強に見える少年については、実はほとんど何も知らないのだということに改めて気がつかされた。

 常に明るく、自信に満ち溢れたこの少年の心の奥底に、なんとも言いようのない影のようなものが見え隠れする、丈一郎はそう感じた。


一方、レッドはその言葉を聞くと

「……ひっ、ひっ、ひっ、っく……」

 肩を震わせて泣きはじめた。

 自分の憧れのヒーローに、強い人間だとほめられた。

「……ぐぅうう……ううう、うう……」

 生まれて初めて、自分のことを認めてくれる人が現れた、その事を深く実感できたレッドは、感謝と感動、様々な思いのこもった涙を流した。

「……そんな……そんな……自分なんか……うっ、ひっく、ううう……」

 

 うつむきむせび泣くレッドの頭を、真央は肩を組んだほうの手でくしゃくしゃと乱暴に撫でた。

「ま、ホントはもう二度と路上の喧嘩なんてするつもりはなかったんだがな」

 そういうと顔を二人に向け、にいっ、いつもの不敵な笑い顔を浮かべる。

 もうすでに、あの真央もレッドも知っている真央の表情だった。

「そんなことよりよ、これどうやってごまかすよ。奈緒ちゃん俺らのバッグが部室に放り込みっぱなしなのも見てるだろうし、しかもレッドこの傷だろ? ばれたらいろいろめんどくせーからな。もみ消すために、なんか言い訳考えとけよ」


「……あー……」

 その言葉を聞き、丈一郎の表情は暗くなる。

「……きっと奈緒ちゃん、取り乱してると思うよ……僕たちでは想像つかないくらい……」


「……嫌な予感がするぜ……」

 真央は顔をしかめた。

 真央の頭に、あのはじめてあった日の思い出したくもない記憶がよぎる。

「……奈緒ちゃん、1あったことを10000倍ぐらいに大げさにすっからな……俺なんかもう少しでひったくり犯と暴行犯に仕立て上げられて、パトカーに放り込まれるところだったしな……」


「け、警察とかに通報されてたらどうしましょう……」

 一転してレッドの表情は暗く曇る。

「……あ、あの状況見たら、マー坊先輩が一方的に相手を痛めつけたようにしか見せないし……」


「まあな、つぅか、その通りだしな……さぁて、どうすっか……」

 真央は、型を組んでいないほうの腕で頭をもしゃもしゃとかきむしる。

「ま、俺は頭わりーから、こういうの考えたって無駄だな。おめーら考えて決めろ。それに従うからよ」


「あはっ、そうだね」

 明るく微笑みを返す丈一郎に対し


「……今手がふさがってる状況じゃなかったらぶん殴ってやったのによ……」

 じとり、とした目で丈一郎をにらみ返した。


「あはっ、まあまあ。とにかくさ、なんか適当に考えておくよ。それと……」

 横目で真央を身ながら、丈一郎は訊ねた。

「……もし……もしも僕がおんなじ状況になってさらわれたとしたら……マー坊君は助けに来てくれる?」


「ああん?」

 真央は顔をしかめて答えた。

「しらねーよ。まっ、気が向いたらだな」


「あーもう、ひどいんだから」

 といって丈一郎も顔をしかめたが、すぐにいつものへにゃりとした微笑を返し

「あはっ、でもまぁ、マー坊君らしい答えっちゃ答えかな」

 うんうんと頷いた。


「い、意外と、マー坊先輩って、照れ屋なんすね」

 その二人のやり取りを見て、レッドはようやくリラックスした笑顔。

「いつも綺麗な女の人とばっかり一緒にいるから、そういう感じとはぜんぜん違うかと思ってました」


「うっせーよ。俺は硬派なんだよ、硬派」

 やや頬を赤くしながら、その話をごまかすかのように真央は言った。

「おら、ごちゃごちゃくっちゃべってねーで、さっさといくぜ。早く学校いって奈緒ちゃんに何とかごまかしするんだろーが。手遅れにならんうちにいそ急ごーぜ」




「あ! マー坊君に丈一郎君! それにレッド君も!」

 三人の姿を見つけた奈緒は、息急き切って駆け寄ってくる。

「心配したんだよー! 部室のドア開けたら、二人のかばんだけがあって二人の姿は見えないし! それに、壁のところには、レッド君の荷物がぶちまけてあるし!」


「「……あー……」」

 真央と丈一郎、二人とも一刻も早くレッドを助けることばかりに気持ちが傾き、レッドの荷物を一緒に部室の中にほおり込むことを完全に忘れていたのだ。

 

 奈緒はさらに興奮した口調で言う。

「でねでねでね! こんなのが落ちてたの! 見て!」

 そして奈緒は、自身のバッグの中から、あるものを取り出す。

「これ! 電撃バップのバップブルーとバップイエローでしょ!? しかも壊されてて、バップレッドが行方不明なの! これって――」


 その様子を見て、真剣な表情で丈一郎が声をかける。

「……あのさ、奈緒ちゃん、実はさ……」

 

 すると

「――悪の帝国ザ・クラッシュが攻めてきたんじゃない?」


「「「……はあ?」」」

 そのあまりに突飛な、創造のはるか斜め上を行くその発言に、三人はあっけに取られる。


「……違うの?」

 真剣な表情で三人にうたえかける奈緒の表情。

「だって、こんなひどい壊され方してたし、それにレッド君もなんか怪我してるし!」

 そういって奈緒はレッドの顔を指差す。

「それで、真央君と丈一郎君が、助けに行ってたんじゃないの?」


 プッ、思わず真央の口から息が噴出す。

「ぎゃははは、んなわけねーだろ。なあ?」

 といって丈一郎とレッドに話を振る。


「あっはははは、そうだよ。いくらなんでも、そんなわけないじゃん……いい線ついてるとは思うけど……」

 語尾の部分のトーンを下げ、丈一郎は呟く。

「実はさ、裏口の方からだと思うんだけど、どこかから逃げ出した犬が入ってきちゃったみたいで。最初はレッド君のバッグをあさってたんだけど、今度はレッド君に飛び掛ってきちゃって。れどくんは逃げたんだけど、途中あの坂道で転んじゃってたんだ」

 すると、丈一郎は真央に目配せ。

「ね? そうだよね?」


「お! おおおお! そうそう! 俺らも荷物が散乱してるの見てよ、そんでレッドの姿探しにいったら、あの坂道んとこでノシイカみたいになってたんだよな。な? レッド!」

 今度は真央がレッドに目配せをする。

「な? そうだよな?」


 レッドはその目配せにうなずくと

「そ! そうなんす! 自分、犬が大嫌いで、犬をみちゃうともう分けわかんなくなっちゃって! それで……」


「ほんとー? 大丈夫ー?」

 心配そうに声をかける奈緒。

 しかし、どうやら三人の小芝居はうまくいったようだ。

「とにかく、部室はいろっ! 手当てしてあげるからねー」

 

 そのかわいらしい様子をみて、三人はほっと胸をなでおろした。

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