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    4.14 (日)9:10

「……木下さん……」

「……だめだ……完全に気ィ失ってる……」

 木下の舎弟たちは、地面に転がる木下を囲み、絶望的な表情で呟いた。


「へっ、タイミングばっちりだったな」

 その様子を見ながら、真央はコキコキと首を鳴らす。

「一つ言っとくぞ。別におめーらと事構えようっていうつもりはねえ。関係ねーやつはそいつ連れてとっとと消えろ」

 バシン、拳を胸元で左手のひらに叩きつける。

「そいつみてーに、痛い目見たくなかったらな」


「……マー坊君……」

 桃、そして奈緒からは聞いていた。

 一ヶ月ほど前、初めて釘宮姉妹と真央が会ったときのことを。

 三人の引ったくりを、しかも武装した大人を相手を何もさせずにのしたという。

 ゴツゴツした素手の拳が、情け容赦なく木下の顔にめり込むその瞬間、それを思い出すだけで背筋が凍る思いがする。

 この男が強いということは、丈一郎もリングの上で経験済みだ。

 しかしこの男の強さの、もっと奥深くにあるもの、それを丈一郎は目の当たりにした気がした。


「てめー! よくも木下さんを!」

「おうコラ、てめえぜってーゆるさねえからな!」

 自分の兄貴分の情けない様子を見ながらも、腕っ節だけで生きていくと決めた男のプライドだろう、木下の舎弟たちは眉を吊り上げ、いきり立って真央にその憎悪の表情を向ける。

「おうおめーら、ぜってー生きて帰すなよ!」


 その様子を見て

「マー坊君」 

 丈一郎がスクッと立ち上がる。

「手を貸すよ、マー坊君。僕も、君の力になりたいから」

 そして、木下の舎弟4人、そして狼狽ししり込みする林田と松岡を睨みつける。

 先ほどまでは、自分自身も恐怖で体が動かなかった。

 しかし、真央のその後姿を見ていると、なぜだか心の底から勇気と安心感が湧いてくる。

「君と一緒なら、何でもできる気がするよ」


 しかし、真央は丈一郎の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で

「ありがとな、丈一郎。そのためにわざわざきてくれたんだもんな」

 そしてチラリ、憎悪と恐怖の入り混じった視線を投げかける相手に視線を送ると

「だけどよ、お前なんか混じっちまったら、弱いものいじめになっちまうだろーが。こいつら程度、俺一人で十分だよ」


「何だとコラ!」

「上等じゃねえか! やってやんからかかって来いよ!」

 自分たちを見下されたように感じた舎弟たちは、空疎な強がりの言葉を口にした。


 しかし真央はそれを完全に無視し、口角を上げニイッと笑う。

「おめーはとりあえず、レッド守ってやってくれ。ま、必要ねーとは思うがな」

 そして再び真央は、木下の舎弟4人と対峙する。

「ここで消えねーってことは、俺と事構えるって事でいーんだな? じゃあ、遠慮はいらねーな」

 そして、指をコキコキとならした。


「うっせぇ! 死にやがれ!」

 そういうと舎弟たちは、真央を取り囲み

「うぉらぁ! 死ねやぁ!」

 一斉に真央に飛び掛った。


 すると真央は、クルリと踵を返して一番真後ろの男に狙いを定める。

 石のように硬く握りしめられた拳に、70キロの真央の体重が一分のロスなく乗り移り、そこに発達した後背筋によってもたらされるすさまじいスピードが上乗せされる。

 そして、渾身の右ストレートは――


 ゴキッ!

 

「ぐあっ!」

 その男のあごを正確に貫いた。

 さらに真央はすばやく振り返ると、右足を振り上げ、かかとを正面の男のみぞおちにめり込ませる。


「うっ!」

 その男は、腹を抑えてうずくまった。


「この野郎!」

 真央の右側にいた男が真央に組みつき、そして真央の胸倉を掴み、拳を振り上げたが


 ゴッ!


「ぎゃっ!」

 真央の額がその男の鼻へとめり込む。

 男は顔を抑え、もはや声を発することもなくへたり込んだ。

 そしてそのまま真央は残ったもう一人の男の右横腹に向け、体を軸に遠心力がこの上ないほどにのしかかった右フックをボディに叩き込む。


 ゴキッ!


「ふうっ! こほぉ……」

 わき腹に突き刺さったその拳は、最後に残った男が呼吸をできなくするほどの威力だった。


 わずかなその刹那、四人の男たちは真央に疵一つつけることも叶わず、硬い砂利の地面へと崩れ落ちた。

 


「……ま、マジかよ……」

 蒼白な表情で、松岡はさらに後ずさりする。

「……こ、こんなやつ、勝てるわけねーじゃねーか……」

 その手は、小刻みに震えている。

 そしてその震えの中に、先日真央に叩き折られた拳の痛みが蘇る。

「う、う、う、うわぁぁあああああああ!」

 松岡は叫び声を上げ、もんどりうつように転がりながら逃走して行った。

 

「お、おい! 松岡! てめー勝手に……」

 林田は恐怖心の入り混じった叫びを松岡に投げつけたが、すでに時遅し。

 残されたのは林田自身、そして地面に転がる4人の舎弟たち、そして、始めからゆるぎない勝利を確信している真央の見透かしたような視線だった。

「う、う、う……」


「ま、あいつくらいは見逃してやってもいいか。骨、折っちまったしな」

 そういうと、真央は突き刺さるようなその視線で林田を刺す。

「だがな、おめーは別だ。ぜってーにゆるさねーからな」

 バシッ、右拳を左手のひらに叩きつけ、指をパキパキと鳴らした。


「う、う、う」

 瞳孔が開いたような目で、地面を睨み唸り声を上げる林田。

 そして

「うがぁあああああああああああああ!」

 腹の底をすべてぶちまけるような咆哮を上げた。

「なんだっつんだよ! てめえはよ!」

 血走った目で真央を睨みつけた。

 その目には、かすかに涙が浮かんでいる。

「俺を……俺を見透かすんじゃねえよ! なんでてめえごときが高みに立って俺を見下ろしてやがんだよ!? ああ? てめえが……てめえなんかが偉そうに俺を見透かしてんじゃねえ!」


 真央は、耳を小指でほじりながら呟く。

「そんなつもりはねえよ。てめえが勝手に言ってるだけだろうが。見透かされるほどにおめーの人間が薄っぺらいってことなんじゃねーのか」

 そして、再び視線で林田を射抜く。

「ただな、てめえが何を考えようが知ったこっちゃねえ。俺はレッドがやられた分、その何十分、何百分の一でもいいからてめえに返してやるよ」


 その視線に、林田は恐怖と、そして屈辱と、悔しさで全身を震わせる。

「ぁぁぁあぁぁああああああああああああああ!」

 自我もプライドも、すべてが粉々に打ち砕かれた林田、もはや言葉にならない言葉を発する以外になかった。

「何だって……何だって誰だって、俺の言うことに逆らう奴なんていなかったのによ! ストレスをあの生きてる価値のねぇブタにぶつけて何がわりいってんだよ! 俺はてめえ……てめえだけは許さねえ!」


「あー、もううるせえなぁ」

 もしゃもしゃと頭をかいて呟く真央。

「おめーごときのくそみてーなプライド問題なんか知ったこっちゃねーっつうんだよ。んなくっだらねもん犬にでも食わしちまえ。俺が今、心底やりてーのはただ一つ、てめーの顔面に」

 そういうと真央はそのごつごつとした、石のような拳を林田に突き出す。

「この拳をぶち込みてー、それだけの話だ。いいか? 泣いたって謝ったって許してやんねえ」


 すると、林田はポケットから何かを取り出す。

 キンッ、そして、その物体が鋭い光を反射する。

「……許さねえ許さねえ許さねえ、ぜってえに許さねえ……」

 それは、飛び出し式のジャックナイフだった。


「マー坊君!」

「マー坊先輩!」

 その張りつめた空気に、丈一郎とレッドが悲鳴にも似た声をあげる。


 すべてのプライドが崩壊し、林田はこの世のすべての矛盾の源泉が真央であるかのような憎しみを向ける。

「……ぶっ殺してやる……」


 しかし真央は、全くの恐れを見せることなくその手をひらひらと仰ぐようなしぐさを見せる。

「あー、わかったわかった。わかったから早くしろ。ただそんなもん持って強くなった気でいられるんなら、おめでてー奴じゃ」

 そして、ブレザーの懐を開き、胸部を林田にさらす。

「ほれ、心臓はここだ。いいか? 一発で仕留めろよ? じゃねえと、てめえの頭富士山の向こうまで吹っ飛んじまうからよ」

 そして、あえて挑発するような言葉をかける。

「もうそれ見せた時点で、ガキの喧嘩じゃ済まねえことはわかるよな? おら、タマ取るか取られるかの戦いじゃ。さっさとやれよ」


 その真央の、全くの恐れを見せることのない態度に、林田が持っていた最後のプライドが粉みじんに砕け散る。

「くっそがぁあああああああ!」

 そして両手でそのナイフを固く握りしめ、真央の心臓に向かて突進した。


 その林田を、ため息をつきながら真央は迎え撃つ。

「救えねぇよ、おめー」

 ファイティングポーズをとった真央は、一瞬、ほんの数歩後ろに下がると、まるでマタドールのように林田の体をいなす。


 ナイフが空虚を刻んだことに目を見開き、林田は真央の姿を探すが――

「!?」


「!?」

「え!?」

 

 その場にいる三人、全員が真央の姿を見失った。

 すると


「ここじゃ」

 真央は体をかがめ、林田の死角に沈み込む。

 そしてオーバーハンド気味に上からら削り取るようなストレートを林田の顔面に放つ。

「っらぁっ!」

 一気にそのまま斜め上から右拳を振りおろす。


 ゴチッ!


 石のような拳は、一切の情け容赦なく林田のこめかみにめり込んだ。


「うぎっ!!」 

 頭蓋骨の中でも、最も薄い部分い、鋭い痛みと衝撃が走る。

 そしてその衝撃は首から脳へと伝わり、林田の身体機能の一切を一時的に停止させる。

 林田は、青空を仰ぎ見るようにして背中から崩れ落ちた。

 

 その様子を見て、真央はややすり切れた自身の拳頭をぺろりとなめた。

「さすがに富士山までは吹っ飛ばねーか」

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