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    4.10 (水)12:50

「おいコラ! ブタぁ、てめえジュース買う程度の事で、いつまで時間食っていやがんだあ!?」

 昼休みの安穏を切り裂く怒号の主はだれか。

 それは、先日トイレにおいてレッドを痛めつけていたあの三年生たちだ。

「おぅブタ! てめえ何そんなとこでくつろいでいやがんだ? 俺らの飲みもんかって来いっつったのに、何勝手にサボってやがんだ? ああ!?」

 そういうと、大きな音を立てて出入り口の壁をけり上げた。


「あれは……どなたですか? 三年生のようですが」

 顔をしかめるようにして言う葵。

「どなたかのお知合いですか?」

 

「ひっ!」

 その様子に、体中を縮みあがらせるレッド。

 当然だ。

 長い間、自分に全く落ち度のない中で、理不尽に体中を痛めつけられてきた。

 今日も代金すらもらえずに、意に反した買いだし、いわゆるパシリを強制させれれている。

 心の底に、あの上級生たちへの、そして彼らが振るってきた暴力への恐怖が染みついていたのだ。

 レッドは、自分の体が小さく震えているのがわかる。

 立ち向かうと誓ったはずなのに、強くなるのだと誓ったはずなのに。

 レッドは自分の弱さ、小ささを恥じ、自分自身が情けなく、死にたいほどに惨めな気持ちになるのを感じた。

 

 すると

 スクッ、無言で真央はその場に立つ。

 そして、目としゃくるような動きの顎でレッドにも起立を促す。

 そして、ゆっくりと三年生の前に歩みを進める。


「……」

 レッドは震えながらも、同じくその場に立つ。

 そして真央の後ろについて同じく歩を進める。


「……ん?」

 その悠然と向かってくるその人物の姿を確認するや

「て、てめえは?」

 その上級生たちのリーダー格の男は、ようやくその男がだれであるかを確認できた。


 その男は、先日レッドを痛めつけていた時に乱入してきた二人の男の内の一人だ。

 この男は頭突きで仲間の指の骨を粉砕し、そして自分の鼻をあわや骨折させる寸前までへし曲げようとした男だ。

 湯然と、自分たちに対し一切の恐れの感情を見せることのなく近寄るその男、秋元真央に対し、上級生たちはじりじりと後ずさりした。


 それにも構わず、のっそりと近寄る真央。 

 そして泰然自若の様子で上級生の前に立ち

「……てめーら」

 静かに、しかし、魂が震え上がるような、凍えあがるような低いトーンで真央は口を開く。

「……まだ、こがぁなことしよるんか? ああ? おどれらぁ、はずかしゅうないんか?」

 上級生たちが、かつてほとんど耳にしたことがないような訛りだ。

 それは、獲物を前にして今にもとびかからんばかりの猟犬の唸り声のようだった。


「……て、てめえに何の関係があるんだ? ああ?」

 すごんでみたところで、もはや格の違いは歴然だ。

 何よりも、その上級生の右腕には、まっさらな包帯が痛々しく巻きつけられていたのだから。

「……い、いいか? 忘れんなよ!? この腕センコーににみせりゃあ、てめえなんか……」


 しかし、その言葉は心の傷をえぐり取るような真央の視線によって遮られる。

「お互いさまじゃ。そんときぁ、俺らぁも、おどれらがしよったこと、ぜんぶうとぉたるけぇの」

 もし自分の事を教員に報告すれば、それは自分たちがレッドにしていたことをそのまま報告することになる、真央はそのように警告したのだ。

 しかし

「安心せえ。今の俺にそれをするつもりはなぁよ。こいつの、レッドの男を、プライドのためじゃけぇの」

 そしてレッドのブレザーの肩口を掴み、ぐいと前に引き出し

「おう、レッド。言うたれや」

 とレッドに促す。

「おどれがおもぅとること、全部言うたれ。ほんで、もうこんとなぁは、これでしまいじゃ」

 真央はレッドに、自分の心の内をすべて吐き出すように言った。

「わかりづらかったかの」

 そう言うと真央は、コホン、と小さく咳払いをし、いつものトーンで繰り返した。

「お前の心の内、全部吐き出せよ。言ったじゃねーか。本当の弱虫ってのはな、痛みに声をあげる奴じゃねえ。自分の気持ちをキチンと言葉に、声にできねえ奴のことを言うんだってな。おめーは教員の力を借りるんじゃなくて、自分の力でこいつらに立ち向かうことを選んだんだ。だったら言え。自分の気持ちをな」

 そしてにいっ、あの不敵な笑みを浮かべ

「大丈夫だ。俺が、丈一郎が、みんなが付いてるからよ」




「いったい、あの三年生と何してるのかなー」

 のんきな声をあげる奈緒。


「……遠くにいるのでよくわかりません。しかし……」

 一方で葵はその意変に感づいたようだ。


 しかし

「ん? どうしたの? 何にもないと思うけど?」

 丈一郎はうそぶいた。

 その言葉には、一点の曇りもない。

 所一郎の脳裏には、先日のトイレでの一件がよぎる。

 何一つ心配する必要はない、そもそも役者が違いすぎるのだから。




「……マー坊先輩……」

 その真央の胸倉をつかむような乱暴なやさしさに、うん、大きく頷き、ようやくレッドは心を決める。

 そして、すう、体が破裂せんばかりに大きい気を吸い込み吐き出していった。

「もう! 自分は! 皆さんの言うことを聞くつもりはありません! 自分は! 強くなるんです! だから、もういう事は聞きません!」

 心の底から、ずっと思っていたこと、ずっと言いたかったことを初めて口に出した。

 言葉にしたら、再び痛い目を見るかもしれない、また体中に傷を作る結果になるかもしれない。

 しかし、レッドはもはやそれすらも受け入いれた。

 強くなるんだ、強くなってこの上級生たちを見返してやるんだ、そして、あこがれの真央や丈一郎のような強い男になるんだ、そう考えていた。


「んだと? てめえ何いきがってんだコラ!?」

「いい気んなってんじゃねえぞ!? ブタはブタらしく、俺らの……」

 そう言ってレッドにつかみかかろうとしたが、

「……うっ……」

 レッドの体中からこみあげてくる気迫に、男たちはたじろぐ。

 そして何よりも、レッドの後ろにいる秋元真央の存在が、上級生たちの心胆を寒からしめた。

「……くそがぁ! 覚えとけよ!!」

 小者丸出しの、ある意味ではありきたりの捨て台詞を吐き、男たちは消え去った。


 その様子を、レッドは呆然と見送る。

 初めて自分の心を言葉に出して叫んだ、そして、それがしっかり相手に伝わった。

 心の底から怖いと思った、しかし、それを乗り越えて自分の言葉で自分の思いを叫んだ。

 レッドは勝ったのだ。

 あの上級生たちに、そして、自分の弱い心に。

 自分だけでは、とてもこの小さな勝利を手にできなかったかもしれない。

 その勝利のために自分の肩を押してくれた、その男は――


「それでいーんだよ。それでな」

 ニィ、あの不敵な笑みを浮かべ、乱暴にレッドの頭を撫でた。


 こんな事どうということはない、という風な笑顔、この笑顔がレッドに大きな安心を与えたのだった。


「さってと、昼休みもう少しあるからよ、チャイムなるまでもう少し――」

 あくびを浮かべながら、背伸びをする真央の


 ガンッ!


「あだっ!」

 その尻を、固い何かが蹴り上げた。

「ってーな! 誰だよ、こんな――」

 と振り返ると、そこには

「も、桃ちゃん……」




「桃ちゃん?」

「釘宮さん!」

「いったいどうしたというのですか?」

 そのあまりにも突飛な行動に、驚きの声をあげる三人。




 その長く美しい足の持ち主は、陸上部のエース、釘宮桃だった。

 桃は腕組みをし、その美しい髪が風に流されるままに、真央とレッドをにらみつける。


「い、いやよ、なんつーかな……」

 うすら笑いを浮かべ、ここまでの一連の流れをごまかそうとする真央。

 最初、真央はレッドに教員にいつけるように勧めた。

 しかしレッドはボクシングを習い、強くなることで、自分の力でいじめに立ち向かうことを選んだ。

 その気持ち、そのプライドを尊重したい、しかし、ここで桃にばれてしまってはそれが全て水泡に帰してしまう。

 

 しかし桃の目は、すべてを見透かすかのように真央の心を突きさす。

 もはやごまかしきれないか、観念した真央との距離を桃はぐっとつめる。

 すると、グッ、左手で真央の左肩を強く掴んで引き寄せ、そしてその耳元に口を近づける。


 その思いもよらない行動に

「い、いや、あのな、桃ちゃん……」 

 真央はしどろもどろになったが


「なにがあったかは、聞かない。だけど――」

 真央の耳元で、静かでクールな声が響く。

「――だけど、こういう時の君は、間違ったことはしないと思っているから。それだけ」

 すると、表情を変えずに風のように踵を返して元の場所へと戻って行った。


 その様子を、今度は真央が呆然として見送った。

「……桃ちゃん……」

 ニィ、真央の顔に笑顔が戻る。

「へっ、ったりめーじゃねーか」

 真央は人差し指で鼻の下をこするようなしぐさを見せた。

 そして、バシン、勢いよくレッドの背中を叩く。

「よっしゃ、俺らももどんぜ、レッド。貴重な昼休み、しっかり休まねーと、部活まで体力持たねーぜ」


「……マー坊先輩……」

 その気持ちの良い笑顔に、レッドの顔もようやくほころび

「うっす!」

 大きな声で返事をした。



 

 その様子を見た丈一郎

「……まったく、かっこよすぎるよ。釘宮さんは……」

 ふぅ、小さくため息をついた。

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