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    4.9 (火)15:50

「あ、みんな準備で来たー?」

 部室前で自転車にまたがり、いまや遅しと三人を待ち構えるかわいらしい笑顔。

「あ、瀬川君も準備できたんだー! ありゃ?」

 ふと奈緒の視線は、これも真央たち同様そのTシャツの柄に釘付けとなる。

「瀬川君のTシャツ、何のデザインなの?」


「へへへっ、奈緒ちゃんもしらねー見てーだな」

 腕組みで、ある種の優越感をたたえながら前に出る真央。

「何を隠そう、これは正義のヒーロー、“パンク戦隊電撃バップ”だ!」


「でんげきばっぷぅ?」

 きょとん、とした表情で応える奈緒。

「んー、わたしわかんない。有名なの?」


「そりゃぁもう……な? 丈一郎」

 答えに窮する真央は、丈一郎に話を振ると


「ええ? 僕? ……ええと……」

 同じく答えに窮した丈一郎は、ふっと振り返り

「ゆ、有名なんだよね?」


 ドキッ、体を固まらせた瀬川隼人、通称レッドは、ちらり、奈緒の顔を見つめる。

 奈緒は相変わらずにこにことかわいらしく微笑み、レッドの答えを今か今かと待ちわびているようにも見える。

「……ええと……ですね……有名、なんじゃないかと思います……」


「「おぅいっ!」」

 真央と丈一郎の鋭いツッコミが入る。

「さっきとぜんぜんテンション違うじゃねーか!?」

「そうだよ! 部室ではあんなに熱心に電撃バップの事教えてくれたじゃない!?」


 ちらり、再び奈緒の顔を見るレッド。

 すると、顔を赤らめ、そのままうつむいてしまう。

「……だって、女の子にこんな話してるのばれたら……」


「あぁん? あんだって? 聞こえねえよ!?」

 その煮え切らない様子に、苛立ちを隠せない真央。

「言いてぇことがあったら、でっけー声でしっかりといえよ! そんなやつに、ボクシングなんかできねーぞ!?」


「まあまあ、マー坊君」

 とりなすようにして、今度は丈一郎が優しく話しかける。

「ね? 何かいいたいことがあるときは、きちんと言葉にして話したほうがいいよ? じゃないと、自分の気持ちなんて、絶対に伝わらないからさ」

 そして、今度は真剣な表情で語りかける。

「さっきのトイレの一件もそうだよ。自分の今感じていること、考えていることをしっかり言葉にしなきゃ。そうじゃないと、また痛い思いをすることになると思うよ? 仕掛けてくる方が悪いのは当然だけど、やっぱり自分の気持ちをはっきり主張できなければ、ずっと同じことが続くだけなんじゃない?」

 丈一郎には似合わない、やや厳しい内容の言葉を投げかけた。


 そしてその言葉を聞くと、レッドは口をゆがめ、涙に目を潤ませながら

「……あ、あの、やっぱり、女の子に、こういう変身ヒーローとかの話をすると、気持ち悪がられるし……それに、あの先輩たちにやられるようになったのも、やっぱり、こういうのが好きだってばれてからだし……」


 その様子を、頭をぼりぼりとかきながら見ていた真央。

「あーんとさ、なんとなくわからなくもねーよ。その感覚」

 真央の頭には、先ほどの部活動紹介の時の光景がよぎる。

「俺らだってよ、ボクシングなんつぅマニアックなもんが大好きでよ。たぶん、そうだな、きっと三度の飯以上によ。熱心にその魅力を語ったところで、ほとんどの人が理解してくれるもんでもねーんだってことは、よくわかってるよ」

 そういって、にぃっ、と口元に不敵な笑顔を作る。

「だけどよ、俺らはそれを恥ずかしいことだなんて、全く思っちゃいねえよ。そりゃ時と場合を選ぶことは間違いなくあるけどよ。だけど、自分が何が好きで何が嫌いかなんて、誰にも迷惑かけるもんじゃねーじゃねえか。自分の、本当に好きなものなんだろ? 恥ずかしがらずによ、胸張ってよ、大好きだって叫ぶことができるくらいじゃなきゃだめだろーが」

 そして、バシッとレッドの尻をひっぱたく。

「そうだろ? リーダー、バップレッドさんよ」


「マ、マー坊先輩……」

 その発破を受けると、うん、とうなづくようにして拳を握りしめる。

「くく、釘宮さん! パンク戦隊電撃バップというのは、自分が子どものころ、ずっと憧れていた変身ヒーローっす! 電撃バップは、悪の帝国、ザ・クラッシュに抵抗するために、ジョーイ博士が作ったパワードスーツに身を包んで、戦う正義のヒーローなんっす! 自分は、子電撃バップみたいに、子どもの頃から、ずっとなりたいと思ってたんっす!」


 すかさず丈一郎がフォローを入れる。

「僕はクールでハンサムなバップブルー、そしてマー坊君は、ちょっとお馬鹿な力持ち、バップイエローにそっくりなんだって」


「あ、それなんとなくわかるかも!」

 さも納得した、とばかりにぱちんと手を叩く奈緒。


「……奈緒ちゃんまで俺の事そんな風に言うんか……」

 少々すねたような表情で言う真央。


「えへへへー、ごめんごめん」

 言葉とは裏腹に、全く悪びれることなく笑う奈緒。

「でもさ、これ、電撃バップ、だっけ?」

 そういうと、すっとレッドの前に立ち

「すっごくかっこいいよ! うん! こういうの、私好きかも!」

 と興奮気味に、無邪気に叫んだ。


「え? ええ? そうなんすか!?」

 美しい少女の、その思いもしなかった反応にレッドは戸惑った。

「け、け、けど、なんか嬉しいっす! 女の子がこの電撃バップをかっこいいなんていってくれるの、はじめてっすから!」


「そんなことないよ!」

 目を輝かせ、そしてレッドに微笑みかける奈緒。

「きっと女の子だって、こういうの好きな子いっぱいいると思うよ!」


「……一ついっとくが、レッド。奈緒ちゃんが普通の女の子とおんなじ感性もっているなんていうふうにはおもわねー方がいいぜ……」

「……ははは、確かに……」

 苦笑する奈緒と丈一郎。


「ぶうぅー、わたしのことを変人扱いしないでよー」

 不服そうな表情の奈緒。

「そういえば、さっきから瀬川君のことレッドって呼んでるけど。ブルーが丈一郎君で、イエローがマー坊君だから、もしかしてレッドが瀬川君なの?」


「ああ、そうだ」

 レッドの肩に手を置き、にやりと笑う真央。

「電撃バップのリーダー、バップレッド。こいつは俺たちのリーダーなんだぜ」


「へー、そーなんだー!」

 そして、再びにっこりと微笑みかける奈緒。

「じゃあ、わたしもこれから瀬川君のことレッドって呼ぶねー。うん。よろしくね、レッド君」

 そういって右手を差し出す。


 その白く、柔らかそうな手に、女性とのふれあいが極端に少ないレッドは戸惑ったが、恐る恐るその手に応え

「よ、よろしくお願いしまっす!」





「んじゃ、そろそろ行くか」

 入念なストレッチを終え、ポンポンと尻を払う真央。

「俺らはいつものコース行くからよ。んで、奈緒ちゃんは」

 そういうと、レッドを指差していう。

「こいつについて行ってやってくれ。距離は、そうだな、俺らの半分……いや三分の一でいい。ダッシュとかも入れなくていいから。とにかくゆっくりとでいいから、距離だけはきちっと走らせてやってくれ」


「了解っ!」

 奈緒は小さなガッツポーズを作る。


 そして丈一郎はレッドの肩に手を置き

「先も言ったけど、まずは体を絞って、練習についていけるだけの体力つけなくちゃね。大変だと思うけど」


 丈一郎の脳裏に、初めて真央と練習を開始したあの日の記憶がよぎる。

 今でさえついていくのがやっとの真央とのロードワーク、初めて経験したあの日、生まれてこの方経験したことのない苦しさを味わった。

 もしかしたら、レッドは苦しさに耐え切れずに、同好会をやめてしまうかも知れない。


 いや場合によっては、そのまま逃げ出して戻ってこなくなるかもしれない。


 しかし、この下級生の、強くなりたいという言葉を信じるしかない、信じたいと思った。

「マー坊君の言った通り、自分のペースでいいからとにかく決められた距離を走りとおそう。ね?」


 レッドといえば、すでに緊張で体を硬くしていた。

 今までろくな運動をしてきたことがない。

 体育の長距離走も、他の生徒に笑われながら、一度も最後尾以外を走ったことはない。


 しかし、強くなるんだ、レッドは自分に言い聞かせた。

 電撃バップのような、そして丈一郎や真央のような、強くて格好いい、憧れの人間に少しでも近づきたい。

 だからこそ自分は変わるんだ、レッドは決意を固めて言った。

「はっきり言って自分はあし遅いっすけど、さ、さ、最後まで走りぬきまっす!」


 バシンッ!

「ひいいっ!?」

 

 勢いよくレッドの尻を引っぱたいたのは真央だった。

「よっしゃその意気だ! 期待してんぜ!」

 そして奈緒と丈一郎に

「おう! そんじゃ行くぜ丈一郎! 奈緒ちゃんはレッドをよろしくな!」


「オッケー!」

「うん! それじゃぁ、僕たちもレッド君に負けないように頑張ろうね」

 めいめいが気合を込めて答えた。


「それじゃあ、いくよー」

 なおもハンドルを握り、ペダルにグッと力を込める。

「用意、スタート!」


「「うぉっしゃあああああああ!」」

 一切の妥協をすることなく、真央と丈一郎は風のように駆け抜けて行った。


「さ、レッド君!」

 後を振り向く奈緒。

「わたしは後からついていくからね。あとのルートはその都度指示するから、一生懸命がんばろ!」

 と、西山大附属の男子生徒を奮い立たせた、あの男なら誰でも奮い立ってしまうようなかわいらしい微笑を投げかける。


「は、は、はいっ!」

 そしてレッドは、まるで始めて歩きを覚えた乳児のように、よたよたと校地を走りはじめた。


「ファイトファイトー!」

 その後から、かわいらしくも力強い奈緒の声が響いた。

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