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    4.9 (火)15:35

「じゃあ、さっそく今日から練習に参加する?」

 丈一郎が優しく問いかける。

「まあ、まだ体験の時期だから、強制じゃないんだけど、どうする?」


「は、はい! ぜひ練習に参加してみたいっす!」

 瀬川は気合を込めて応える。


「んな緊張しなくていーんだよ」

 頭をぽりぽりとかきながら真央。

「リラックスしろ。リング上で緊張なんかしちまった日にゃあ、ぼっこぼこにやられちまうぞ? おめーもボクサー目指そうっつうんなら、まずは自分で自分のこころを整えることを覚えねえとな」


「はいっ!」

 すると瀬川は、大きく息を吸い込みそして吐き出す。

「が、が、が、がんばるっす!」

 と、深呼吸が全く意味をなさないことを示すような声で叫んだ。


「……まあ、何でもいいけどよ……」

 顔をしかめながら真央は呟く。

「参加するっつうんなら、とっとと支度しろ。とりあえずは体操着でも何でもいいから、着替えろ」

 そして奈緒の方を見て

「んじゃ、奈緒ちゃん。俺らぁこいつが着替え終わったら部室前に集合するからよ。とりあえず、ロードワークの準備しといてくれ」


「うん! わかった!」

 同じく気合の入った、小さな握り拳を作る奈緒。

「じゃあ、自転車用意してくるからねー」

 そういって、立て付けの悪い扉を開け、校舎の奥へと消えていった。




「んじゃ、さっさと支度しろ。体操着とかは持ってきてんだろうな?」

 真央は瀬川に対し、着替えを促す。

「今後、必要なもんとかはその都度指示すっからよ。とりあえずは動きやすい格好と体一つあればいい。わかったな?」


「は、はいっ! じゃあ、さっそく!」

 そういうと瀬川は肩に担いだバッグを床に置き、がさごそとまさぐり始めた。

 そして一枚のTシャツを取り出し、ワイシャツと肌着を脱いで上半身裸になる。


 その体を目にした真央は

「……しっかしよお……」

 顔をしかめて言った。

「……丈一郎とは別の意味で、いろいろ問題あんじゃねーのか?……」


「……ははは……」

 丈一郎は苦笑するしかなかった。


「……す、すんません……」

 悲しそうな表情でうつむく瀬川。


 すっきりとしまった丈一郎の、そして筋骨隆々の真央に比べ、いかにもその体型は一切のスポーツ経験がないというその言葉が示すそのものの体型だった。


 腹には贅肉が層を成し、それが呼吸をするたびにフルフルと震えている。

 また、白くぶよぶよとした手のひらから突き出る指には、漫画とゲームのコントローラー程度のものしか手にしたことがない、ということが如実に示されている。

「……本当に、お恥ずかしい体っす……」


「ま、まあ、マー坊君が言った通り、僕も人のこと言える体じゃないしね」

 フォローするかのような丈一郎の言葉。

 それに続き

「うん、僕だってほら、ひょろひょろだし。だから、これから嫌でも脂肪なんて落ちるから、気にする必要なんてないよ。ね?」

 さらに励ましの言葉をかけた。


 しかし、真央は

「なあ、お前身長体重いくつよ」

 と、ある意味では真央らしい言葉を浴びせかける。


「……えっと、自分、は……」

 恥ずかしさのためだろうか

「……身長167センチ、体重83キロっす……」  

 消え入りそうなトーンで言葉を続けた。


「まあ、しょうがねえな」 

 真央はやれやれ、といった感じのため息をつく。

「ライトだな、とりあえず」


「ら、らいとっすか?」

 聞きなれない言葉に、戸惑う瀬川。

「ら、らいと、って、“軽い”ってことっすよね? 減量して軽くなれってことっすか?」


「うん、まあ、その通りなんだけど」

 にっこり笑って返す丈一郎。

「ライトって言うのはね、ライト級って階級のことだよ。知ってると思うけど、ボクシングって言うのは、階級制の競技なんだ。リミットで言うと、大体56キロから60キロくらいかな」


「そ、そんなに軽いんすか?」

 驚愕の声を上げる瀬川。


「うん。ていうか、瀬川君が重すぎるのかもだけどね」

 小さく笑いながら答える丈一郎。

「やっぱりボクシングって階級制のスポーツだから、同じ体重なら身長が高い方が有利だしね。マイク・タイソンとか、ロイ・ジョーンズjrとか例外はあるけどさ。どうせだったら、ある程度体絞ること前提に、まずは体重を削る所から目標を設定してみたらいいんじゃない?」


「つうか、本当はフェザー級目指せ、って言いたいくらいだけどな」

 顔をしかめて呟く真央。

 しかし


「ああ、男子アマチュアでフェザー級は廃止になったから」

 と答えを返す丈一郎。


「まじか?」

 初めて耳にする事実に、驚愕する真央。

「アマチュアボクシングで、フェザー級ってなくなったんか?」


「あれ? 知らなかった?」

 さも当たり前のことと言わんばかりの丈一郎。

「2010年からだったと思うけど、女子ボクシングがオリンピック競技に正式採になったのと合わせて、一種目単位の参加者を絞るために決定したって記憶してるけど。まあ、プロでも人気階級だったのがなくなっちゃって、僕も初めて知った時は驚いたけどね」


「いやぁ、それは知らんかったわ」

 真央は再び頭を掻いた。

「まあいいや。とにかくおめーは、30キロくらい体絞れ。まずはそっからだな」


「は、はいっす!」

 気合の入った答えを瀬川は返す。

 そして、その手に持ったTシャツに袖を通した。


「「……」」

 真央と丈一郎は、顔をしかめて絶句する。

 そして声をそろえて

「「……何? その柄……」」


 二人の目に飛び込んできたのは、瀬川の身にまとったTシャツの柄。

 その柄といえば、不思議なポーズをとる三人の男たち。

 その三人の男たちは、赤、青、黄色の三原色のボディスーツを身にまとい、頭には同色の、フルフェイスのヘルメットのようなものをかぶっている。

 そしてそこには“Britzkrieg Bop”のロゴが刻まれている。


 その言葉を聞くと、瀬川の顔はぱあっと明るくなる。

「よくぞ気づいてくれました!」

 そして胸を張って、鼻息荒く応える。

「これは、“パンクス戦隊電撃バップ”のTシャツっす!」


「「ぱんくすせんたい?」」

 眉を顰めて声を合わせる真央と丈一郎。

「「でんげきばっぷ?」」


「そうっす! 電撃バップっす!」

 ふがふがと、鼻を鳴らしながら答える瀬川。

「自分が子どものころ、ずっと憧れていた変身ヒーローっす! 電撃バップは、悪の帝国、ザ・クラッシュに抵抗するために、ジョーイ博士が作ったパワードスーツに身を包み――」


「あ、ああん、わかったからさ」

 丈一郎はその言葉を遮る。

「そういえば、あのトイレでの一軒が片付いたときも、同じこと言ってたよね。僕たちを見て電撃バップだっていってたよね?」


「はいっす! お二人は、自分にとって電撃バップっす!」

 満面の笑みを携え、答える瀬川。

「川西先輩は、バップブルーみたいにクールでかっこいいっす!」


「バップブルー?」

 話にいよいよついていけない丈一郎は、困惑の言葉を漏らす。

「ちょっと、話がつかめないかなぁ、なんて……」


「ばっぷブルーは、クールでハンサムな、電撃バップの頭脳なんです!」

 ふんっ、瀬川のその鼻息は、いよいよもって荒くなる。

「かっか、川西先輩みたいに、常にクールで、電撃バップ全体の参謀みたいな役割なんです! 悪の帝国ザ・クラッシュがいろんな謀略を仕掛けてくるんですが、バップブルーは常に冷静にその策略を見抜くんです! とにかく女の子にもてて、とにかく強い! それがブルーバップなんっす!」


「んだと?」

 聞き捨てならない、といわんばかりの真央。

「じゃあ俺は何なんだ? 俺はもちろん主役なんだろうな?」

 じろり、瀬川をにらみつけるが


「は、はい! マー坊先輩は、バップイエローみたいっす!」

 再び興奮気味に話す瀬川。

「バップイエローは、“気は優しくて力持ち”を絵にかいたような戦士なんっす! 頭が悪くて、常に悪の帝国ザ・クラッシュの策略にはまって、電撃バップの足を引っ張るんですけど、とにかく腕っぷしだけは強くて、とにかくバカなんですけど、バカなりに――」

 

 ガン!

「ひぃいっ!」


 真央が瀬川の頭を殴りつける。

「んだと? 俺ぁバカで間抜けの、体力しか自慢できるところのねぇ男だって言いたいのかぁ?」


「あ。すっごくいいところついてるかも」

 明らかに腑に落ちたような、納得した様子の丈一郎に


 ゴンッ!

「あだっ!」


 同じく真央の拳が叩き込まれる。

「てめえも俺の言葉かにしてやがんのか?」

 プルプルと拳を震わせる真央。

 そして小さくため息をつきつつ言葉を繋げる。

「じゃあよ、その真ん中の赤い奴は何なんだ?」


「はい! 色を見てもらえばわかるともいます! この電撃バップをまとめるリーダー、バップレッドっす! 自分が、一番憧れてるヒーローっす!」

 待ってました、といわんばかりに答える瀬川。

「バップレッドは、この電撃バップのリーダなんす! この癖の強い二人をまとめ上げ、単身ザ・クラッシュと渡り合う、最強のヒーローっす! 自分は、このバップレッドみたいになりたいっす! バップレッドの名前は二階堂隼人って言うんです! 自分とおんなじ名前で、だから――」


「ああ、んと」

 苦々しい表情の真央。

「お前は俺らを電撃バップのブルーとイエローみたいだと言いてえんだな?」


「はいっす!」

 満面の笑みをたたえ続ける表情は、まるで子どものように無邪気だった。

「お二人のクールさ、力強さは本当に電撃バップみたいっす! 自分は子どものころから電撃バップにあこがれてて、だけど、本当の電撃バップはいなくって、だけど、お二人はまるで電撃バップみたいで、だから――」


「んーと、じゃあさ」

 ふにゃっとした、あの柔らかい微笑みをたたえた丈一郎の表情。

「瀬川君は、バップレッド、ってわけだ」


「え? うぇ?」

 戸惑いを隠しきれない瀬川。

「じ、じ、自分が、バップレッド?」


「おう、いいじゃねえか」

 それに続く真央の言葉。

「お前、今日からレッドな。電撃バップの、バップレッドだ。俺らのリーダーだな」

 そして、あの不敵な、ニイッ、とした微笑みをたたえた表情。


「いいじゃん。今日から瀬川君のこと、レッドって呼ぶことにするよ」

 同じく、あのふにゃっとした微笑みの丈一郎。

「よろしくね、レッド」


 同じく

「おう。俺もだ。よろしくな、レッド」

 右手を差し出す真央。


 その両目を潤ませながら、その手を握り返す瀬川、改めレッド。

「お、お、おっす! 自分レッドっす! よろしくおねがしまっす!」 

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