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    3.8 (土)16:20

「私たちの家ね、大体ここから20分くらい歩くんだー」

 奈緒は張り切って歩みを進める。


 奈緒は初めてあった少年、秋元真央という少年に興味を持ったようだ。

 姉の桃は難色を示したが、とりあえずはこのプロボクサーの卵と一緒にいることができる、それに奈緒は心を躍らせていた。

 

 カフェ・テキサコを出ると、駅ビルに続く交差点が見える。

 交差点を左折しガードをくぐると、駅の東口だ。

 駅の東口をさらに真っ直ぐ進むと、大きなファションビルが視界に入る。

 そのファッションビルの横には、大きな公園へと続く道が存在する。

 両脇にたくさんの雑貨屋やレストランなどが存在している。

 個性的なファッションに未を包んだ男女が行きかうにぎやかな通りを、三人は釘宮家へと歩いていた。


「ねえねえ、真央君はあの時広島弁しゃべってたよね。何で今は使わないの?」

 もはやすっかり真央に気を許したのだろうか、奈緒は十年来の友達と離すかのように打ち解けた様子で真央に話しかける。


「いやあ、東京で働いて暮らしていくのに、できる限り標準語でしゃべっといたほうが聞き取りやすいからな」

 真央はそれほど、というよりほとんど女性との接点はなかったが、“ボクシングが世界で一番好き”という女性と出会ったことは初めてだった。

 こちらもすっかり打ち解けた様子でそれに答えた。


 雑踏を過ぎると、大きな公園の池に突き当たる。

 時間帯だろうか、それとも春という季節がそうさせるのだろうか、周辺のベンチには若い男女が、あるいはぎこちなく、あるいは親密に肩を寄せ合っている。


「それでも、さっきみたいに興奮しちゃうとやっぱ出ちまうな」


「あ、そうだ。わたしにさんづけなんてしなくっていいよ」

 いっそうその関係を親密にしたいと思った奈緒は、より親しい呼び名で呼ぶことを真央に提案する。

「真央君のほうが年上なんだからさ。私のこと、奈緒って呼んでいいよ」


「そ、そうか?」

 さあどのように呼んだものか。

 呼び捨てにして欲しいと言われたが、それではあまりにもなれなれしすぎる、と真央は感じた。

 かといって、そのままさん付けで呼ぶのも、その好意を無視する行為にも思えた。

「まあ、じゃあそうさせてもらうわ。んっと……」

 しばらく考えた後、真央は

「よろしくな、奈緒ちゃん」

 そう言ってにやりと笑った。


「えへへへへー」

奈緒の頬が赤くなった。

 男性でその名を読んでくれるのは、今まで1人しかいなかったため、奈緒は無性にくすぐったく感じた。

「いっつも奈緒って呼ばれてるから“ちゃん”付けで呼ばれると、なんか照れちゃうなー」


 にやっと微笑み返す真央の頬も、赤みが差す。

「俺のほうも、普段“君”付けで呼ばれたことねーから、やっぱ変な感じだな」

 

一方の桃は、その姿を後から眺めて歩いていた。

 奈緒があれだけ気を許した相手だ。

 それに、自分同様引ったくりを追いかけたほどの正義感の持ち主だ。

 悪い人間ではない、それは桃にもわかっていた。


「そうそう、真央君て昔からボクシングやってるんだよね?」

 相変わらず親しげな奈緒。


「ああ、本当に子どもの頃からな」

 それに気軽にこたえる真央。


「……」

 桃は相変わらず無言で二人の会話を聞いていた。

 奈緒を守るため、自分がこれほどに気を使っているのが少々馬鹿らしく思えた。

 しかし同時に、桃は羨ましくも思う。

 これほどこころを開いて男性と親しくできるなど、自分には考えても見ないことだ。

 プライドが高いわけではないが、どうしても奈緒のようには振舞えない。

 奈緒のかわいらしさ、それさえあれば自分でもあのような振る舞いができるのか、桃はずっと考えていた。


「真央君の高校にはボクシング部があったの?」

 歩きながら、少しずつ真央との距離を縮める奈緒。


「い、いや、俺自分でジムに通ってたから」

 いかにボクシングが好きな同士とはいえ、あまり女性が近くにいることになれていない。

 真央は無意識のうちに距離をとる。


 しかし、桃はやはり認めることはできない。

 頑なだとはおもう。

 しかし、やはり桃はボクサーという存在を受け入れることはできなかった。

 それは本当に自分だけの理由。

 奈緒にもわからない、桃だけの。


「ふふーん」

奈緒は小走りに真央の前に飛び出し、後ろ手に組んで胸を張った。

「実はね、あたしたちの学校ボクシング同好会があるんだー。すごいでしょー。会員もマネージャーの私含めて二人しかいないんだけどね」


「おお! マジか!」

 真央は感心した様子で言葉を漏らした。 

「同好会ってことは、まだ正式な部活じゃねーのか?」


「だけどね、サンドバックもそろってるし、パンチングボールもあるし。何よりちゃんと杭を打ったリングまであるんだよ?だから、ミット打ちとかはできないけど、ある程度のことはできるんだー」

 奈緒は自慢げに語った。


「それならいっぱしのボクシングジムじゃねーか」

 しかし感心と同時に、真央の心にある疑問がよぎった。

「同好会なのに、何でそんな立派な設備整えてんだ?」


「昔、って言ってもファイティング原田が二階級制覇した時代だからもう大昔だけど、ちゃんと活動していたボクシング部があったんだって。その後いろいろ理由があったみたいで廃部になったみたい」

 簡潔に説明を付け加えた。


 桃にとってその会話は、聞くに耐えないものだった。

 ボクシングトークで盛り上がる二人を尻目に、桃は足早に歩いて二人を追い抜いた。

 そして足早に家路を急いだ。




「ここだよ」

 カフェ・テキサコを出て20分ほどすると、奈緒の言うとおり釘宮姉妹の家に到着した。

桃は顎でその方向を指し示す。

「さ、上がるなら早くしなよ。近所の人だっているんだからな」


「ここ?」

数分間歩いていた長い壁が、釘宮家の家の壁だと気づいたのはそのときだ。

 アーチ型の正門お前に立ち、真央はその建物を見上げる。

「大豪邸じゃねーか!」

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