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第一部 1.7 (水)18:30

いろいろご指摘いただいた部分、追加で改定しています。


読みやすさに加え、心理描写を心がけました。


ぜひご一読を……

――ザワザワザワ――

 

 アメリカ合衆国ネバダ州ラスベガスNGNグランデアリーナ、そこにはすでに大勢のスポーツ記者が集まっている。

 世界のエンターテイメントの中心と言えるその国においても、そこは別格の、いわば聖地とも言える場所だ。

 

「聞いたかよ?」

 薄暗い会場の中で、きらびやかなライトに照らし出される壇上を目の前に、一人の白人記者がプレス席に腰を掛ける。

「今日のアップグレード社の会見、なんとロバート・ホフマン会長がじきじきにお出ましだそうだぜ? わかるか? これは相当気合が入ってる証拠だぜ」

 

「だろうな」

 話しかけられた他社の黒人記者は彼を振り返ることなく応えた。

 

「何でお前はそんなにクールなんだ?」

 興奮に水を挿され、白人記者は憮然とした。

「それともそれが今時のヤップな黒人のアーバンスタイルなのかよ?」

 

「六十年代からこの業界の中で生き残ってきたあの男が老齢を押して出席するんだ。普通の会見じゃないことは当然だ」

 時折眼鏡を押し上げるその様子は、どことなく悪魔じみた冷酷な印象を与えた。

「お前こそ冷静になれ、チャーリー。お里が知れるぞ」

 

 相変わらずこちらを向こうとしない黒人記者に、白人記者チャーリーは苛立ちを隠せない。

「あ? ジミー、お前、テキサスを馬鹿にしてんのか?」

 しかし“クールになれ”という言葉に、チャーリーはミネラルウォーターをのどに流し込み頭を冷やす。

 そして努めて冷静に言葉を選んだ。

「あの男の防衛戦となれば当然か」

 

「そうだ。それでこそジャーナリストだ、チャーリー」

 ようやくジミーはチャーリーの顔を見る。

 しかしその表情は、崩れることはなかった。

「“ミドル級絶対王者”“ミスター・パーフェクト” “マーベラスの再来”これだけの異名を持つ男の防衛戦だ。お前の言った通り、まさしくこれは当然のことだ」

 

 

“皆さんお待たせいたしました”

 プレゼンターを務める美しい女性の声が場内に響く。

 

 その声はチャーリーの仮ごしらえのクールな表情を打ち壊す。

「お、いよいよ始まるみたいだぜ」

 

“本日はアップグレード社の主催する記者会見にお集まりいただき、まことにありがとうございます。これより弊社社長、ロバート・ホフマンより、皆様にご挨拶を差し上げます”

 

――カシャカシャカシャカシャカシャ――

 

 目もくらみそうなフラッシュの嵐を、まるでミストシャワーを浴びているかのようにリラックスした様子で壇上に一人の男が姿を現した。

 齢八十を超えるであろう白人の小柄な老人は、メフィストフェレスを思わせる微笑をたたえる。

 

「あの年でいまだにアップグレード社の役員会議には出席しているらしいぜ」

 手元でメモを取りながらチャーリーが言った。

「一見温厚なジェントルマンなのにな。あれで世界三大プロモーターの一人だってんだから、わからんもんだぜ」

 

「六十年代に大統領補佐官を務め、将来を嘱望ながらもこの業界に転身した男だ。IQは一六〇を超えるらしい」

 眩しそうに壇上を見つめ、ジミーは呟く。

「海千山千の業界で半世紀にわたりその名を誇示し続け“業界で最もダーティー”と呼ばれる男だ。そもそもが普通じゃないんだよ」

 ジミーの口からため息がこぼれる。

 彼自身、ホフマンと同じ大学を卒業し、世間的に見れば相当にクレバーな男である。

 しかし、ホフマンの存在を目の前にすると、まるで自分の存在価値が路傍の石ころのように思えてならなかった。

「我々凡人と違ってな」

 

 ホフマンは品のよい三つボタンスーツに身を包み、杖を片手に悠然とマイクの前に歩み寄る。

「ごきげんよう、会場の方々」

 旧約聖書のアブラハムのごとき声が、会場全体を震わせる。

 

――カシャカシャカシャカシャカシャ――

 

 カメラのフラッシュは宛ら砂漠の嵐のようにホフマンの周りを吹き荒れ、彼は全人類の父親のように振舞った。

「本日皆様方にお越しいただいたのは他でもありません。これだけ大勢の方々に値する、相応のものを提供するという自身があるからなのです。そうこれは」

 そういうと短い沈黙を楽しみ再び口を開いた。

「神の、私の口をして伝えよとの思し召しによるものなのです」

 

――カシャカシャカシャカシャカシャ――

 

「へっ、預言者気取りかよ」

 ホフマンの振る舞いは、チャーリーの南部仕込みの反感をくすぐった。

 

「いいぞチャーリー、それでこそジャーナリストだ」

 しかしその言葉とは裏腹に、ジミーの黒い瞳には、憧れと嫉妬が複雑に入り混じっていた。

 

「その素晴らしき贈り物とは」

 壇上のホフマン言葉に、会場全体が静寂に包まれる。

 そしてホフマン自身も、聴衆を自分の意のままに操るその権力の行使を楽しむかのように、周囲を包む無言と戯れていた。

 そして待ちかねた聴衆の様子を十二分に楽しんだと見るや、おもむろに口を開く。

「“マーベラスの再来”フリオ・ハグラーの防衛戦です!」

 

 会場の誰もが予想していた言葉であった。

 しかし、それは誰もが待ち望んでいた言葉であった。

 ホフマンの言葉は聴衆の心をつかみ、そして激しく揺さぶった。

 会場はどよめきに包まれた。

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