第八話 天地魔闘
戦闘回は書くのが楽です。
激突。
互いの象徴たる武器がぶつかり、周囲に衝撃の余波を撒き散らす。
片や魔力循環による身体強化。片や生粋の身体能力特化系魔族。両者ともに膂力は人間の枠組みの中にあらず、人外の力が火花を散らす。
太刀と戦鎚。
鍔競り合いを制したのは、戦鎚であった。
弾かれる太刀。オリハの体勢が崩れたところに追撃の戦鎚が迫る。
が、オリハはそれを後方に跳んで回避。弾かれた太刀の重さに逆らわずに身体を廻した。
着地。前方を見やれば、既に眼前に迫る戦鎚。
そこから繋がる乱撃乱舞。一撃一撃が周囲に余波を撒き散らす。攻防は拮抗。目にも止まらぬ速さで互いの武器をぶつけ合う。
手数で言えば、太刀が上手。威力で言えば、戦鎚が上手。
拮抗していると思われた攻防だったが、太刀が僅かに優勢。
戦鎚の乱打の隙間を縫って、ミカゲを追い詰めて行く。
右。横薙ぎに振るわれる戦鎚。
オリハはそれを刃の上を滑らせ、下方に屈む事でいなした。振り抜かれた戦鎚。対し、太刀は頭上に構えたような体勢。
太刀の一閃が唸る。畳んだ膝を跳ね上げ、飛ぶ様にして首を狙う。
ミカゲはこれを頭部より生える角で弾く。そして反撃の蹴脚でオリハの腹部を蹴り飛ばした。
オリハの身体が飛ぶが、難無く着地。かは、と漏れ出る吐息からはダメージを伺えるが決定打にはなっていない。
……なんだぁ、この嬢ちゃんの動き。反応速度が速過ぎらぁ。
ミカゲの脳裏に浮かぶ疑問。
彼女の乱打に対する対応、迎撃、反撃。それらを交えた上で感じる違和感。
……ともあれ、これで様子見だ。
思考。そして紡ぐ祝詞。
「――魔要戦鎚。真理歪曲、通我道理。方向西方、属性白虎。隆起岩柱、穿突怨敵。土術〝岩仙境〟――」
白色の魔術光が戦鎚に装填される。
振りかぶられた戦鎚は、叫ぶ号と共に地面に叩きつけられた。
「急急如律令――!!」
響く祝詞。展開する白色の魔術陣。
叩きつけられた戦鎚は地盤を砕き、周囲一帯に亀裂を走らせる。直後。轟音を響かせて岩柱が無数に隆起する。
どどどど。雪崩込むように岩柱は突き出し、突き上げる。
しかしそれらは全て容易く躱される。
それでいい。元より当たると思っていない。
「陰陽術かっ! しかしこの程度では私は倒せんぞ!!」
「わかってるよ。攻撃はこっからだ。そらよっ――刻撃〝式神〟――」
周囲。突き出した岩柱。
ミカゲはそれら次々に叩き砕き、その岩片を撃ち出した。
大小様々な岩片がオリハへと射出される。撃ち出された岩片には式神が叩き込まれ、ミカゲの令に従って動き出す。
無数。岩片郡が次々に空中で停止する。そして三百六十度、ぐるりと囲んだ状態から再度一斉にオリハに向かって射出された。
「見事! しかして甘いっ!!」
オリハが懐から取り出したのは人型を模した紙束。
「徴兵紙――!!」
ばららららら、と人型の紙――徴兵紙が空に舞う。
各々が意思を持つように空を飛び交い、術者の周りを囲い護る防御壁のように展開。それらが飛来する岩片から術者を護る。
次々。次々。ミカゲは射出される岩片を追加していく。
「ぐぅ――っ!」
徴兵紙での防御壁が破られるのは時間の問題だ。
「そっちも陰陽術かい。こいつは奇遇だ。仲良くやれそうだよ。でも、徴兵紙だけじゃ守りきれんぞー。
こっちも今のうちに次の詠唱を済ませますかねぇ。――魔要戦鎚。真理歪曲、通我道理。方向西方、属性白虎。石蛇召喚、生贄奉納。土術〝御赤口〟――」
白光が戦鎚に込もり、次弾の装填が完了する。追撃のために戦鎚を振り被る。
……つっても、このまますんなりやられてくれるはずもないんだよなぁ。
「急急如律令――!!」
戦鎚が地面を穿ち、白色の魔術陣に従って魔術が発動。
次々に射出される岩片に加え、岩肌の巨大蛇が召喚された。その数は五匹。鎌首をもたげて、標的へと牙を剥く。
ミカゲは御赤口を発動させた直後、自身もオリハに向かって飛び出した。
ミカゲの予想正しく、そのままやられるオリハではなかった。
徴兵紙の防御壁の中から、よく通る声色の祝詞が紡がれる。
「――魔要太刀。真理歪曲、通我道理。方向北方、属性玄武。氷魔息吹、万物氷結。氷術〝氷牢万華〟――急急如律令!!」
地に突き立てられる刀。
展開するのは黒色の魔術陣。刹那、周囲は氷原と化した。岩片は漏れなく顕現した氷華に飲まれ、凍てつく。御赤口の石蛇も、五匹中三匹は氷の花弁に飲まれた。
「水術の上位魔術かよ……にしても発動までが異様に速いな」
氷原の中央。紡ぐ祝詞は終わらない。
「連唱――方向東方、属性青龍。真空之刃、虚空一閃。風術〝鎌威綱〟――」
祝詞が終えた瞬間、氷原の中央に咲く氷華が砕け散る。同時に凍らせたものを巻き込み、それらも一斉に破砕四散した。
氷華の防御が失われた。そこへ残った石蛇が襲い掛かるも、振るわれる太刀筋の前に切り裂かれた。
太刀に込められた青色の魔術光は失われていない。
つまり、石蛇を切り裂いたのはオリハの自力。
「おいおい、二重詠唱だと……そんなこと俺でもできねぇよ」
迫るミカゲを確認して、オリハも迎撃に地面を蹴る。
再度ぶつかる太刀と戦鎚。そこから繋がる連撃連閃。打ち、払い、躱し、防ぎ、突き、振るい、激しい攻防へと発展する。
そしてそれは前回同様、僅かにオリハが優勢。
……こいつ。度々剣閃の軌道が変化しやがる。防ぎ辛いったらない。
オリハの太刀筋がミケげの押される原因であった。
剣閃の途中で軌道が変化する。こちらの対処を見た後で、勢いを殺さずに太刀筋が変質。まるで最初からその軌道を描こうとしていたように、剣閃が変化するのだ。
……嬢ちゃんはA級。おそらくは固有能力持ち。発動を確認していないが、既に使用していると見た方がいいだろう。常時発動タイプか。性質としては未来予知か?
思考。
そしてそれを考慮して反撃に出る。
戦鎚を頭上から振り下ろし、急停止。虚を突いたところで、柄を振り上げ攻撃に出る。が、それも不発。太刀の前に阻まれた。
フェイントに反応した。その上で、次段の攻撃に反応してみせた。
……未来予知、ではない。反応速度上昇系か? しかしそれでは剣閃の変化は説明がつかない。本来の実力か? いや、あまりに違和感がある。異常な反応速度、剣閃の変化、詠唱後のタイムラグの無さ。これらの共通点はなんだ?
連撃連閃の中、頭を回す。
固有能力は基本、一つの名目の元成立していることが多い。ミカゲ自身の固有能力〝刻撃〟であれば〝叩き込む〟という一つの性質の応用だ。
……ならば、オリハの能力はなんだ?
攻防の中、ついにオリハの刃がミカゲの首筋を切り上げた。
追撃が続くが、ミカゲはそれを戦鎚で跳ね上げ、距離を取る。
「今の手応え……斬れてはいないな?」
「いや、斬れてはいるよ。傷は浅いがね。ったく……こちとら頑丈さだけが取り柄だってのに、そんな鈍らで良くもまぁ俺の身体を斬れたもんだ」
ミカゲの首筋からは一筋の血が。
「まともに喰らえば危なかった、正直ね。でもその代わり、君の能力は大体分かった。正体は浪費時間の消失だろう。魔術発動だけの話じゃない。認識してから行動するまでの浪費時間もゼロにする、そういう類いの能力だな」
オリハは目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。
「その反応、正解かな。未来予知にしては無駄がある。最善手を理解する能力にしても無駄がある。それなのに、こちらの攻撃や防御には完璧に近い対応をしてくる。剣閃の変化は、剣閃の最中に確認した状況へと対応して動かしてる。反応時間をゼロにできるからこそ使える芸当だ。まぁ、力の流れとかの関係で変化にも限界はあるだろうけど」
「まさか、これだけの戦闘で看破したと言うのか……大した洞察眼だ」
「おじさん。それも数少ない取り柄の一つだからさぁ」
オリハは能力を見破られたことに驚き、そしてそれでも笑って見せた。
「正解だ。私の固有能力は〝無心論〟。認識・思考・行動までのタイムラグをゼロにすることができる。攻撃、防御、迎撃、反撃、さらには魔術にまで。認識してから行動までの浪費時間を消失させる。思考時間のみ、別の時間軸を持ち本来の時間の流れに影響されない、とでも認識してもらえるといい」
「そいつは便利な能力だ」
オリハは不敵に笑う。
「見破ったことは見事だ。だが、それだけだ。どんな攻撃だろうが私は最善の動きで対応し、今度は確実に貴様の首を撥ねてやる」
笑みが消え、代わりに鋭い視線でミカゲを貫く。
太刀を構え、いつでも斬り掛かれるように体勢を整えた。
「最善ってのは言い過ぎだな。お嬢ちゃんは強い。確かに強い。でもまだまだ未熟だ。動きに無駄が多いし、何より能力に頼り過ぎだ。……それに嬢ちゃんは見る目がないしねぇ」
「言うじゃないか。しかし、私の能力にどう対処する? 何をしようが無駄だぞ」
「いやぁ。結構あるぞ? 対処法。未来予知や最善手の理解や自動反撃でもないなら、幾らでも」
簡単に言ってのけるミカゲ、オリハの自尊心を傷付けた。
歯軋りし、そして叫ぶ。
「ならばやって見せてみろっ――!!」
前方の空間に己をぶち込むように、オリハは地を蹴り加速した。
「言われるまでもなく。んじゃ、まずはこっちの固有能力でもお見せしようかなぁ! ――刻撃〝隆起〟重ねて〝鋼化〟〝鋭利〟――〝即席剣山〟!!」
戦鎚の一撃で発動する刻撃。
破壊の波は岩盤を隆起させながら爆進し、それらは鋼に変質、そして鋭利な刃と化して土中から無数に突き上げる。
「鋼の岩波か! しかしそれでも私は討てんぞ!!――急急如律令!!」
先。太刀に装填された風術〝鎌威綱〟が解き放たれる。
一閃。横薙ぎに振るわれた太刀。その太刀筋の延長線にある鋼の岩槍は全て割断された。真空の刃は周囲をぐるりと切り裂いた。余波はミカゲに襲い掛かるが、余波程度では強靭な身体を切り裂くに届かない。
余波に耐え、ミカゲは祝詞を詠唱。
同時。オリハも攻撃用魔術の次弾を装填する。
「――魔要戦鎚。真理歪曲、通我道理。方向西方、属性白虎。白虎爪撃、地盤隆起! 土術〝地盤冠〟――!!」
「――魔要太刀。真理歪曲、通我道理。方向東方、属性青龍。青龍咆哮、大気乱流! 風術〝砲撃気龍〟――!!」
二人の術師の声が重なった。
「「――急急如律令!!」」
◆
「えーと。何ですかね、あの戦いは……」
「あれが闘級A以上のもん同士の戦いや。B級超えれば人間やない、A級超えれば化物の世界や。ミカゲの旦那の元で鍛えられてるんや、アイゼンちゃんもいずれ到達する領域やで」
「……あれに、追いつけるんでしょうか……」
「さぁなぁ。ウチは戦闘は専門外やし。まぁ、あれは素人目に見てもおかしいわな。文字通り天地魔闘やないか」
私とマモンさんの視線の先、天地魔闘は終わりに差し掛かっていた。
◆
同時に叫んだ、発動を示す祝詞〝急急如律令〟。陰陽術に置いて、その意味は『迅速に実行せよ』。
互い、青と白の魔術光を瞬かせ、魔術を発動する。
僅か、〝無神論〟を持つオリハの魔術が速く発動する。
刺突に乗せた軌道に、風術の乱気流が唸りを上げて突き進む。周囲の大気を巻き込んで、小石を引き込み、岩を吹き飛ばし、削岩機のように全てを噛み砕きながら乱気流の渦は爆進する。
それは青龍の咆哮。龍の息吹。
砲撃気龍はミカゲの魔術が発動するより速く、ミカゲへと襲いかかった。
ミカゲの魔術の要は戦鎚。鍵となる動作は地面への叩きつけ。
それよりも速く、乱気流のミカゲとの距離を詰めた。地面を叩くはずだった戦鎚は、乱気流の迎撃へと変更を余儀なくされる。
魔術発動しないままに、ぶつかる戦鎚と砲撃気龍。
……私の勝ちだ。
オリハは勝利を確信していた。
眼前の標的は乱気流に飲まれる寸前。飲まれてしまえば、荒れ狂う風の刃によって細切れだ。
しかし、彼女が見たのは未だ消えない戦鎚の魔力光。そして、ミカゲの不敵な笑みだった。
彼は急急如律令の魔術発動詠唱を行った。その上で地面に打ち付けるプロセスを中断された。魔術は不発に終わり、魔力光も消失するはず。
だと言うのに、戦鎚に込もる白色の魔力光は消える様子はない。
……まさか、発動はブラフ!?
そして見た。彼の身体に循環を始める魔力の流れを。
気付いた。
……まさか、まさか、まさか!! これまで魔力循環も行わずに、あれだけの身体能力を発揮していたと言うのか!? 魔族にしたって異常だ!
オリハの視界の先。事態は良くない方向に進んでいる。
「おらよぉ――っ!!」
気合一閃。
規格外の膂力で振るわれた戦鎚は、乱気流の渦すらも捩じ伏せた。
ただでさえ化物級の身体能力を持つミカゲ。そこに更に魔力循環の身体強化が加わった。身体強化はほんの一瞬。しかし、一瞬で大技をかき消されてしまった。魔術を身体強化のみで攻略されてしまった。
威流しの応用もあっただろうが、それでもオリハは衝撃を隠しきれないでいた。
……なんて化物だ! 規格外にも程がある!!
「動揺してる暇はないぞー。んじゃ無神論の対処法、見せてやる」
ミカゲが戦鎚を振り被る。
戦鎚には未発動の魔術が装填されている。オリハが対抗しようにも、詠唱している時間はない。
……何をするつもりかは知らないが、あれを発動させるのは不味い!
動揺から一瞬で立ち直り、ミカゲへと斬り掛かる。しかし、間に合わない。
「急急如律令」
戦鎚が地面に叩きつけられ、装填された魔術が発動する。陰陽術に置いて地属性を表す白色の魔術陣が展開。
……まだだっ! 発動前に斬り付ければ!!
肉薄。太刀がミカゲに迫るが、それは空を斬る結果に終わる。
ミカゲが下方に沈んだ事により回避されたのだ。ミカゲはそのままどんどん下方へと地面ごと沈んで行く。地盤沈下かと思ったが、違う。
……私を含める周囲の地盤がせり上がっているのか!?
「対処法その一。未来予知でないなら、広範囲系の攻撃を完全回避できない」
オリハを乗せた地面は台地のように隆起し、周囲から見れば巨大な岩柱と化していた。
飛び降りることは可能だが、そうすれば格好の的になる。かと言って風術の魔術詠唱を試みれば、瞬間、戦鎚によって岩柱が破壊された。
岩片の中、オリハは落下する。
落下の中で撃墜に飛来するミカゲの姿が見えた。
オリハもただではやられない。空中、岩片を蹴って体勢を整え、防御体制に入ることに成功した。
……この状況での反撃は危険。まずは防御で体制を立て直す。
「対処法その二。最善手を行えるわけじゃないなら、選択を間違える――お前さん、この攻撃は避けるべきだった」
振り抜かれる戦鎚。
ぶつかる戦鎚と太刀。
規格外の身体能力。そこに魔力強化で更に上乗せ。これまでになく重たい一撃だ。重く、重く、強い一撃。受けるだけでも腕が痺れた。確かに、回避するべき攻撃だったかも知れない。しかし、ここで諦めてなるものか。
……この程度で!!
「最後に一言。――そんな鈍らで俺の本気の一撃が防げるか間抜け」
瞬間。音を立ててオリハの太刀が砕き折れた。
徴兵紙はもう無い。魔術詠唱は間に合う訳がない。オリハは固有能力で思考時間を延長させるも、どれだけ考えたところで待つ結果は一つ。
……私の負けか。悔しいな。しかし全力は出した。私より、彼が強かっただけの話だ。未熟か、そうかも知れんな。また一から鍛え直さねばならないな……
ともあれ、
「――天晴。貴様の勝ちだ」
戦鎚を阻むものはなくなり、一撃はオリハの水月を穿って叩き飛ばす。彼女の身体はそのまま吹き飛び、採掘場の岩壁に激突した。そして落下。
意識は完全に叩き飛ばされ、動くことはない。
決着だった。
天と地の、太刀と戦鎚の、人間と魔族の、戦闘を制したのはミカゲであった。
◆
ミカゲは難無く着地を済ませ、砕き折れた刀の破片を拾い上げる。
「よくもまぁ。こんな刀でここまで戦ったよ……相応の刀を持ってたなら、俺も危なかったかもなぁ」
そう言って、ミカゲは首筋に走る刀傷を撫でた。血は既に止まっていた。
オリハの敗因は固有能力の過信と武器の不相応さ。オリハの太刀は、オリハの魔力に当てられて悲鳴を上げていた。この戦いで折れなくとも、何処かで破砕するのは時間の問題だっただろう。
……伸び代がある若い才能っていいもんだなぁ。
戦闘の終わりを察して、アイゼンがこちらに駆けて来るのが見えた。
どっと、疲労感が襲ってくる。
「……おじさん。久しぶりの戦闘で魔力がすっからかんだよ。大分鈍ってたし、こりゃしばらく筋肉痛だな」
大丈夫ですか、と叫ぶアイゼンの声に、ミカゲは手を振って答えた。
アホの子。強いんですよ、アホの子。
戦闘は本当に強いんです、ご覧の通りです。
B級からは人間をやめ、A級からは化物の世界です。マモンさんも言ってました。
感想、待ちに待ってます!!