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第六話 狐の商人さん

 

 場所は庭先。鉱山の麓開けた空間。

 いよいよ魔力の使い方の修行だ。


「最初に一つ言っておく。アイゼンちゃん、君、ここから化物級に強くなるから」

「更にですか」

「更にです。これまでは鍛錬によって少しずつ強くして行ったが、ここからは違う。魔力の使い方を覚えた時点で、簡単に人間の限界を越えるだろう。まぁ、それでもB級範囲内に収まるだろうがね」

「うわぁお。秘められた力が覚醒ってやつですね。燃える展開です」


 元ご主人の邸宅からの逃亡の転末はお師匠様に話してある。

 隠し部屋にあった書物は〝魔本〟と呼ばれる代物らしく、私の身体には現在魔神の力の一片が眠っているのだとか。


 私、すげぇ。


「アイゼンちゃんを視るに、君の適合した魔本がどの類のものなのかは大方見当がついている。俺も仮にも魔族、魔眼の一つ持ってるんでね」

「お師匠様も魔眼持ちですか」


 魔眼は特殊効果を持つ眼であり、固有能力(ユニークスキル)とも魔術とも違う。

 魔術は学問や技術であり、学び、習得すれば誰でも使用できる。固有能力は唯一単一、その人のみのオリジナルで真似はできない。


 代わって魔眼は血筋に受け継がれる才能のようなもので、遺伝する傾向がある。


「言っても、俺は自分で目覚めたタイプだがね。しょぼい能力さ。自分の鍛えようとする素材の力量や限界、才能、隠された能力をぼんやりと見抜くってやつだ。ただの洞察眼に近い、名前すらない魔眼だよ」

「ぼんやりなんですか」


 しかし納得。お師匠様の限界ぎりぎりの修行難度はこの魔眼によって成り立っていたのか。


「ぼんやりだ。が、一方で洞察眼以上に役に立つ時もある。例えば、それはアイゼンちゃんの隠された魔力量であったりね。アイゼンちゃん、大分気持ち悪いことになってるよ」

「気持ち悪いて」

「いやいや、気持ち悪いよ、本当。下手すれば魔族に片足突っ込んじゃってるから。それだけ魔力量があれば寿命とかも長いんじゃないかねぇ」

「そんなにですか」


 うえー。私もお師匠様みたいな怪物の仲間入りですか。


「嫌そうな顔するなって。いいことじゃないか。つっても、ある意味危険だがね。そのためにも、魔力の使い方、しっかりと勉強しようかい」

「はい」

「んじゃ。まずは質問だ。これ、視えるかい?」


 言って、お師匠様は指を一本立てた。

 それだけだ。私も馬鹿じゃない。視力確認でないことぐらい分かる。

 しかし、お師匠様が何をしているのか分からない。つまり、〝視えない〟のだ。


「視えないですね」

「んー。説明不要で意図を理解するあたりが素敵だなぁアイゼンちゃん。俺は今魔力でとある形を作ってるんだ。それが視えないってことは魔力を扱うのが非常に難しい。視えないエネルギーを扱えってのはイメージしにくいからな。ここは荒業を使おうか」


 言って、お師匠様は立てる指を一本増やし、二本指を立てた。

 そしてそのままそれを私に近付け、


 私の両目に激痛が走った。

 目を突かれた。痛い。何てことしやがる。


「急に何をするんですかっ」

「目を突くぞ」

「遅いですっ」

「まぁまぁ。今、俺はアイゼンちゃんの目に無理矢理魔力を流し込んだ。これで眼球内の経穴が開き、魔力を目視できるようになったはずだ。それと……」


 どくん。

 

 鼓動が聞こえた。

 眼球から身体に、石を投じられた湖面のように、波立つ何がが全身に広がる。


 どくん。


 まただ。大きい。

 波立つそれは私の中の〝何か〟の大きさを示していた。


「魔力ってのは自分で意識するまで存在に気がつかない。しかしこうやって無理矢理にでも意識させれば分かるはずだぜ。自分の魔力量がな」


 どくん。


 感じる。大きな大きな湖のように、私の中に貯蔵された魔力が。

 お師匠様に流し込まれた少量の魔力。それは投石となって私の魔力の湖に波紋を作る。これまで波立つことなかった湖面。静かに凪いだ状態を保っていたままでは分からなかった、その湖の大きさ。湖面に初めて波紋が生じて、その全貌を確認する。


 大きな深い湖。その中に溜まっている水は魔力。


「感じたかい? 己の魔力を。しっかしまぁ、まさかこれほどだとは……おじさん正直吃驚だよ。まさかとは思っていたが、魔族の俺より魔力量が多い。身体が変質して魔族になってしまってないのが不思議なくらいだ。まぁ、それが魔本の効果ってやつか……あんの爺、碌でもないもの書き起こしやがって」


 閉じていた目を開ける。

 世界が違って見える気がした。


「よっし。そんじゃもう一回だ。何が視える?」


 お師匠様はまた指を一本立てた。

 今度は視える。お師匠様の指の先、浮かんで視える半透明の立方体。


「はい。立方体が見えます」

「ん。無事成功。問題はなさそうだな」


 全身を包む力の流れを感じた。

 これが魔力。これが私の授けられた力なのか。


「覚醒、したみたいだなぁ」

「え? これだけですか?」


 魔力量が多いだけなのか。それだけなのか。

 もっとこう、特殊能力や極大魔法な力はないのか。これで覚醒終了なのか。


「これだけだよ。他の魔本なら違っただろうけど、その様子じゃ序章七冊の一冊だろう。あの七冊は魔力の基礎を授けるだけだからな。魔力操作であったり、属性魔術の全種対応だったり、アイゼンちゃんみたいな魔力量の増加だったり。あくまで量が増えただけだし、それを扱うようになるのもまた努力が必要だろうな。

 ま、がんばれ。ともかく魔本の効果はこれで終わりだと思うぞー」

「えー、もっと物語の主人公のような特殊能力覚醒はないんですか」

「ないな」


 ばっさりだった。

 しかもこの膨大な魔力を使うようになれるのも、また努力が必要だと言う。


「いいじゃないか。十分な恩恵だろう」

「……ちなみに、魔術を使えるようになるには?」

「一から学んで努力だな。アイゼンちゃん、魔術に関して、魔力量に気付いたばかりの超初心者だから」

「嗚呼。結局努力なんですね」


 もっとこう、秘められた力、魔神の力の一部、みたいな感じが良かった。

 いや充分に凄いんですけど、何かこう花がないと言うか、地味と言うか。現時点では全くの無力なわけですし。


「そう卑下になるな。アイゼンちゃん、凄いんだよ? 俺以上だよ?」

「分かってるんですけど。どうも肩透かしと言うか、何と言うか。お師匠様の戦鎚みたいな格好良い能力が欲しかったです」


 そもそも能力ですらない。


「わがままだなぁ」

「夢見ていた、と言ってください」

「充分凄いと思うんだがねぇ。どれ、分かりやすく教えてやろう」


 お師匠様は歩き出し、ついてこいと言う。

 私はお師匠様の背中を追った。


 着いたのは、大小様々な岩が転がっている場所だった。工房からそう離れてはいない。視界の端には巨大亀の甲羅が見て取れる。


 言う。


「威流しの理屈は分かるよな」

「ええ、はい。攻撃の衝撃や斬撃に魔力を乗せて、攻撃そのものを拡大する技術ですよね」

「その通りだ。熟練の戦士ともなれば、魔力が視えないまでも無意識にこれを使っていたりする。おそらくその辺がD級とC級の違いだろうな」

「じゃあ私も使っていたんですか?」

「いや、アイゼンちゃんは使っていない。同じC級と言っても実際の戦闘経験がない。技術として追いついても、身に馴染んだ武器や、戦闘で掻い潜った死線の数が違う。アイゼンちゃんは言うならば、戦闘力を持った素人ってわけさ。無意識の威流しは、そう言った死線を掻い潜った戦士が使えるようになってくるものだ」

「なんだか先程から私フルボッコですね」


 からからとお師匠様は笑う。


「ま、無意識の威流しは死の危険を感じた瞬間に偶発的に出るもんだ。それに魔力が目視できる者の威流しに比べ威力も小さい。アイゼンちゃんが使えば、その馬鹿げた魔力量もあって気持ち悪い威力になるはずだぞ。

 ものは試しだ。習うより慣れよ。まずは見てな。魔力の流れを視ることに集中するんだ」


 お師匠様は戦鎚を振り被ると、勢い良く地面に叩きつけた。

 破壊。捲れ上がる岩盤。前方、直線をもって破壊の波が突き進む。お師匠様の鎚撃の威流しは直進し、その先にあった巨岩を派手に砕き割った。


 ぱらぱらと破壊された巨岩の破片は周囲に降り注ぐ。

 

 ……改めて怪物だなこの人。いや、人か? 人と言っていいのか?


「見たか」

「見ましたけど……」

「よし。次はアイゼンちゃんの番だ」

「これを私に再現しろと」

「できるできる。アイゼンちゃんの場合、剣の方がいいかな」


 お師匠様は空中の魔術陣から、にょっきりと一本の片刃剣を取り出す。

 それを私に手渡した。


「まずは自分の中の魔力を感じろ。そしてそれを剣に纏わせるんだ」

「ぐぬぬ。意外と難しい……こうですか」

「不安定だが、初めてにしちゃ上出来だ。拙い部分は魔力量でカバーできる」


 魔力の操作は難しい。目視できるからこそ、何とか動かせているが、視えなければまともに動かせる自信がない。何せ視えていてもこの様だ。

 お師匠様の魔力操作は無駄が無かった。布が色水に染まるように、戦鎚の内部を一瞬で魔力で満たしていた。

 対し、私はどろどろとした粘土で刃を包んでいる感じだ。無駄が多く、それに全体を包みきれていない。

 

 本当に難しい。

 例えるなら、今まで尻尾なんてなかった人が、急に生えた尻尾で芸をしろと言われているようなもの。


「それじゃ、そのまま地面を斬りつけな。俺は打ち下ろしでやってみせたが、それじゃ力の流れをイメージしづらい。アイゼンちゃんは斬撃の方向が前方に向かうように、後ろから前に地面を斬るんだ。丁度地面に置いたものを前方に打ち出すイメージでいいな」

「了解です。なんとなく理解しました」


 私は後方に腕を伸ばして剣を構える。少しでも気を抜けば魔力はコントロールを失って霧散してしまう。


 斬撃を打ち出すように。

 私は地面を斬り付けた。刃が食い込み、生まれた残痕に魔力が流れ込む。振り抜く勢いのまま斬撃は射出され、地面を割って切り進む。極大の斬撃そのものを打ち出した気分だ。

 私の斬撃は地面を割って進み、お師匠様と同じくらいの巨岩を砕き割る。


「うわ……本当にできた」


 開いた口が塞がらなかった。


「魔力の大きさに救われた感じだな。まるで大砲だ。技術は拙いものの膨大な魔力で無理矢理叩き切った感じだ。技術は切れ味、威力は魔力量。例えるなら、鈍らだが巨大な戦斧ってとこだな」

「うわぁ、うわぁ、うわぁ……」


 自分の行った大破壊を見て驚く他なかった。

 私も十二分に怪物だ。


「でも、斬撃の威流しにしては随分と荒々しいな。これじゃ斬撃痕というより破壊痕だ。どれ、貸してみな」


 お師匠様は私から剣を受け取ると、私と同じように威流しを行った。

 それはまったく私のものと違っていた。私の威流しが爆音を響かせ突き進んでいたのに対し、お師匠様の威流しは至って静かなものだった。


 ぴしり。


 地面に真っ直ぐな亀裂が走ったかと思うと、その先で巨岩が真っ二つになった。

 その切り口はまさに斬撃。自分の威流しがどれだけ無駄に破壊を撒き散らしていたのか分かる。


「極めればこんな感じだ。アイゼンちゃんの威流しは非常に高威力だが、それじゃあ本当に硬いものは切れない。せいぜい吹き飛ばすだけだろうさ」

「お師匠様。やっぱりぱねぇ」


 私も怪物の領域に来たと思ったが、本物の怪物はもっと怪物だった。


「いやいや。本当の意味で極めれば、物体を介さずに斬撃そのものを飛ばすことが出る。〝空断(からだち)〟と呼ばれる超高等技術だな。俺も少ししかできん」

「それでもできるんですね」

「これに限っては本当に少しだ。斬撃を飛ばせるのは精々五十センチがいいとこだ。しかも成功率も低い。これができるのは天才中の天才だけだな」

「空断ですか、かっこいいですね。他に応用はあるのですか?」

「あるぞ。俺はあんまり使わないがなー。破壊を枝分かれさせる〝枝垂(しだれ)〟なんてのもある。こっちならば俺は三本くらいに枝分かれさせれるぞ。これを極めたやつは一閃の下相手を細切れになんてこともできる」

「応用が深いんですね」


 お師匠様にもできない技術があると知って、少し安心した。

 お師匠様も万能ではないようだ。


「さて、それじゃ話戻して魔力循環だ。本来は威流しより先にこっちからだからな。自分の中にある魔力を意識し、それが身体の隅々まで行き渡るイメージをしろ。血液のように循環させるんだ」

「ぐぬぬ。難しい」


 やはり先程の剣同様。重たい粘土のように、上手いこと動いてくれない。

 動きも遅く、ぎこちない。

 お師匠様はさらさらの血液のようだった。戦鎚すらも身体の一部のように魔力が行き渡る。


 と言うかこの人、魔力循環での身体強化をしていない。素の身体能力であれだけの力なのか。


「最初はそれでいい。次第に自然とできるようになる。空いた時間に練習しな。今日はもう時間だ、修行は切り上げよう。今日はマモンに頼まれた依頼の納品日でな。そろそろ来る時間だ」

「分かりました。ぐぬぬぬぬ。私はしばらく魔力循環を鍛えてます。ぐぬぬぬ」

「はっはっは。そう力むな。力を込めてどうこうなるものじゃないぞー。俺は納品のための書類やらを整理してくるから、あとは頑張んな」


 お師匠様は工房へと歩いて行った。

 私はその場に座り込んで魔力循環の特訓に勤しむ。これが中々きつい。精神面において、大きく疲労する。

 慣れてくるとお師匠様は言っていた。おそらくは何度も繰り返し魔力操作を行うことで、この粘土のような粘度の高い魔力が次第に融解し、水に近い状態に近付くのだと思う。そうなれば動かすことに対する精神的ストレスもなくなって行くだろう。

 

「やはり、努力ですか。頑張りますけどねっ、ぐぬぬ」


 ◆


 がたんごとん、と行商の荷車が揺れる。

 道とも言えない森の中、その程度の揺れで済んでいる。それは荷車に搭載された衝撃緩衝魔術によるものだった。揺れで商品が傷まないように行商の荷車には大抵搭載されている。

 

 しかし、流石にここまでの獣道を進む前提ではない。緩衝魔術で消し切れない揺れは荷車を揺らしていた。


 荷車を引くのは一匹の巨大狼。熊より大きいその身体で、大きな荷車を引いて行く。

 魔獣の森を進んでいると言うのに、一向に襲われないのはその巨大狼のお陰だ。その狼の闘級は実にA+級。伝説クラスの神獣の一つ〝狗神(イヌガミ)〟である。

 神獣の放つ強烈な気配に、森の魔獣たちは手を出せずにいた。


 行商の荷車に乗っているのは一人の女性。

 名をマモン=アワリティア。ミカゲとは旧知の仲である商人だ。巨大商業ギルド〝狐狗狸商会(こくりしょうかい)〟の長であり、創設者でもある大商人だ。長とは言え、彼女は現場主義。いつだって自ら商談を重ねてきた。


 簪で纏めた稲穂色の髪。頭部にはぴょこんと突き出た狐耳。背後にはふさふさな毛並みの尻尾が揺れる。細い目付きが特徴的な二十代前半ほどの外見の女性である。

 狐耳がぴくり、動く。


「んー。楓さん、ちょっと止まってもらってええかな」


 マモンの言葉に狗神が速度を落とし、行商荷車が止まる。


 前方に人影を見たのだ。この危険な森の中で珍しいことだ。

 人影は荷車に気付いたのか、こちらに駆け寄ってくる。黒の長髪が綺麗な女性だった。十代後半だろうか。かなり若い。身体的特徴と格好を見るにワノクニの者だろうか。


「お姉さんお姉さん。こないな危険極まりない森の中で何しとるんよ?」

「助かった! 本当に助かった! いやいや、この森を抜けた先に目的の場所があったのだが、どうにも道に迷ってしまい、途方に暮れていた時に貴女の荷車が通りかかったのだ」


 森を抜けた先。この先には鉱山しかない。

 鉱山への道は、既に植物に飲まれ道とは言えない。それほど長らく人が通らなかったのだ。女性の目的が鉱山だとは考えづらい。希少鉱石掘りに来たとしてもあまりに軽装だ。


 見れば、腰には刀。服装は戦闘を前提としたもの。


 ……ああ、成る程なぁ。そういうことか。こん人、ミカゲの旦那に武器の依頼でもしたいんか。


 マモンは納得し、女性へと声を掛ける。


「もしかして、お姉さんの目的の場所て、ミカゲ工房言うとこやない?」

「そう! そこだ! そこに行きたいのだ!」


 やはりか。


「そんなら、ウチの行商荷車に乗りぃ。連れてったるよ。ウチもそこに向かう途中やし、丁度ええわ」

「本当か! 助かる!! 本当に渡りに船だ!」


 黒髪の倭人を乗せ、行商荷車は出発する。

 向かう先はミカゲ工房。


「おぉ!! 中はこんなにも広いのだな!」

「空間拡張の魔術式を組み込んどるからねぇ。動く拠点みたいなもんよー」

「よく分からんがすごいのだな!」

「あー。そうそう、忘れる前に言っとくわお姉さん」

「む。何だろうか」


 マモンは笑顔で手のひらを前に出した。


「遭難救出料に、それと運賃を払いぃ。両方占めて二万八千四百二十ゴルドや」

「なっ! 金を取るのか!」

「あったりまえやろお姉さん。ウチは商人、アンタは客や。二人を繋げるんは銭しかないやろ。ほら払いぃ。ウチはええんよ。アンタをここで放り出しても」

「くっ……分かった払おう。しかし、少しばかり負けてはもらえないだろうか。手持ちが少なくてな」

「どれくらい持っとんの」

「これくらいしか……」


 女性が財布の中身を開いて見せた途端、マモンはその財布を奪い取り、中身の金を全て回収した。

 その額ピッタリ二万八千四百二十ゴルド。


 空になった財布を放って返す。


 マモンには黒髪の倭人の財布の中身が分かっていた。

 他にも服装や装備の金額、腰に吊るした刀の値段、更には貯金や資産の総量さえも見抜いていた。

 大商人マモン=アワリティアは魔眼持ちである。その魔眼の名は〝損得勘定〟、一世代で巨大商業ギルドを立ち上げた、金銭の流れを見抜く魔眼である。


 金銭関係であれば向かうところ敵無しの、商人無双の魔眼である。


「うぅ……私の手持ちが……」

「ぴったりあるやんか。命に比べりゃ安いもんやろ。よかったなぁお姉さん」


 空になった財布に涙を流す黒髪の倭人。対してマモンは笑顔であった。


 ……んー。こん人、魔獣の森を彷徨けるだけあって相当強いんやろうけど、それやのに持っとる刀が不相応やなぁ。見る目ないんかな? 可哀想やわぁ。


 商人と客人を乗せた行商荷車が森を行く。

 ミカゲ工房はすぐそこである。



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