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第三話 どんなに修行がつらくても

 

 再度気絶したメタリカスライムを放置し、私たちはアクロライト鉱石の採掘に戻っていた。


「名前はどうします?」

「完全にペット感覚だな」

「違うんですか」

「違わないこともないが。名前、ねぇ」


 がこっ、と結晶塊を岸壁から取り外してお師匠様は唸る。

 その結晶塊を最後に戦鎚が光の粒子となって空に溶ける。鉱石採掘はこれで終わりのようだ。持って来た荷車は、無造作に積まれた結晶塊でいっぱいだ。


 お師匠様は腕を組んで「名前かぁ」とまた唸る。


「あ。目を覚ましたみたいですよ」


 メタリカスライムは動き出し、ぽにょんぽにょんと跳ねてこちらに寄ってきた。敵意は既にないらしく私たちの近くで止まり、その場でぽにょんぽにょんと跳ねている。

 懐いた犬を見ているようで、何処か可愛らしい。


 唸っていたお師匠様は顔を上げる。


「うむ。お前の名前はフドーだ」

「フドーですか。変な名前ですね」

「アイゼンちゃんの名前と少し繋げてみた。これから修行の相手になる仲だしな」


 アイゼンとフドー。

 お師匠様が私に名前を下さった時、「君は意思が強い。まるで鉄のようだ。だから〝アイゼン〟の名前をやろう」と言われた憶えがあるが。鉄、以外にも意味が込められているのだろうか。

 本での教養があれど、それは限界と偏りがある。ワノクニの言葉だとすれば、私の知らない言葉もあるだろう。現に私は、お師匠様本人から教えてもらうまで〝陰陽術〟の存在すら知らなかった。


 名前をもらったメタリカスライム。改め、フドーはぴょんぴょんと嬉しそうだ。


「ボク、フドー。ヨロシク、ゴシュジンタチ」


 何と、喋った。


「音ってのは空気振動だ。声も例外無くな。こいつには知恵の一部として、体表面の振動による発声法を覚えさせた。便利だろう」

「刻撃が凄いのか。式神が凄いのか。お師匠様が凄いのか」

「ふっふっふ。君のお師匠様は凄いんだよ。っと、採掘も終わったし帰ろうかね。もたもたしてっと昼飯予定の蛇が他の魔物に食われちまう」

「うげっ。……そう言えばアレ食べるんでしたね」


 アクロライト鉱石の積まれた荷車を押しながら、工房に帰ろうと歩き出す。

 採掘した鉱石を運ぶのも私の仕事だ。お師匠様曰く体力作りの一環でもあるらしい。今日の鉱石、アクロライト鉱石は比較的に軽目だ。これならば大した苦労なく運べそうだ。


 お師匠様が先頭を行き、続いて私、その後ろからはフドーがついてくる。

 ぽにょんぽにょんと跳ねて進むフドーにお師匠様は言う。


「フドー。ずっと跳ねているのも疲れるだろう。何かの模倣状態をキープしておけ。そうすれば動作も安定する。それに他のメタリカスライムとの区別もつく」

「ワカッタ、ゴシュジン」


 フドーはお師匠様の言葉にフドーの身体が波打って変形する。

 形作ったのはつい先程模倣したお師匠様の姿。つまり鉄御影状態だ。しかも知能が上がったからか、前回とは違い細部の造形まで再現。クオリティが段違いに上がっている。お師匠様のハイクオリティ銅像を見ている気分だ。

 気味が悪い。


「いや。それは気味が悪いからやめてくれ……」

「まぁ、使い魔に自分の姿をさせている主人なんて、ナルシスト全開ですもんね」

「できれば適当な魔物や動物の姿にしてくれ」

「ワカッタ」


 また、フドーの身体が波打つ。

 流動体の身体が粘土のように形を変え、ぐにゃぐにゃと変形する。

 完成。今度の姿は丸っこいフォルムの小型竜の姿だった。可愛らしいつぶらな瞳。短い四本の脚。全身を覆う鱗も再現され、金属の光沢もあり滑らかに光を反射する。羽は無く、大きさは子豚ほど。

 そして何より、


「ガオー」

「なにこれ超可愛いぃ!」

「うおぅ。アイゼンちゃんの大きな声、初めて聞いたよ」


 私はフドーを撫で回していた。硬化をしていないフドーは柔らかく、良い撫で心地だ。頭を撫でる度に目を細めるのがまた可愛らしい。本当に可愛い。


「私、この子飼います!」

「落ち着け。もう飼っている同然だから」


 衝動のままに抱き上げようとした。抱き上げて撫で回すのだ。

 しかし、まったく上がらない。


「重たい……」

「そりゃそうだろうに。体積は圧縮率で多少変わっても、重さは変わらないからね。どれ」


 言ってお師匠様はフドーに歩み寄る。

 そして軽々と抱き上げた。お師匠様の腕の中でフドーは首を傾げている。可愛い。そしてお師匠様ずるい。人外の筋力は卑怯だ。


「なんだよ、その視線は……」

「……なんでもないです」

「アイゼンちゃんも修行頑張れば、これぐらいできるようになるから」

「私の修行に対するやる気が急上昇しました。頑張ります」


 私の言葉。お師匠様はにやりと口角を上げ、


「なら、早速頑張ってもらおうかねぇ。ほれ」


 お師匠様は抱き上げていたフドーを荷車に下ろした。

 瞬間。荷車の重さが急増する。フドーを上に乗せられたアクロライト鉱石は、彼の重さに砕け割れる。荷車の骨組みが軋む音が聞こえ、車輪は地面にめり込んでいる。

 本来、フドーは人間大程の金属の塊なのだ。並大抵の重さな訳が無い。そのフドーを軽々持ち上げられるお師匠様がおかしいのだ。


 私は本当にこの子を抱き上げられるようになるのだろうか。甚だ不安である。


「ぐぬぬぬ……」

「はっはっは。頑張れ我が弟子」

「ガンバレー、チイサイゴシュジン」


 ずずず。と、半ば引きずるように押し進む。


「アクロライト鉱石は、どうせ溶かして使うから砕けても問題ない。あ、フドー食べるなよ」

「コレ、タベチャダメノヤツ。フドーワカッタ」

「それと、魔物が出た時はアイゼンちゃんを守ってやるんだぞ」

「ワカッタ」

「え。ちょっとお師匠様。どういうことですか?」


 その言い方では、お師匠様が守ってくれないような言い方ではないか。

 

「俺は先に行って蛇を回収しておく。アイゼンちゃんのその速度じゃ工房まで一時間以上掛かるだろうし、先に行って料理作って待ってるよ。採掘現場に着くまでに大体の魔物は倒したし、一応帰りも魔物は全部倒して行くが、万が一の撃ち漏らしがあるからね。メタリカスライムはただでさえ強いし、式神を憑かせたフドーなら心配はない。

 それじゃ、頑張んなー。光明焔は残しとくから心配するな」


 お師匠様はそんな台詞を残して、すたすたと暗闇に歩いて行った。


「鬼ー。悪魔ー」

「はっはっは。鬼も悪魔も知り合いがいるが、おじさんはただの魔族だよ」


 ……いるんだ。知り合い。


 響くお師匠様の笑い声を最後に、坑道内に残された私とフドー。

 これまでの鉱石運搬で鍛えていなければ、運ぶことはできなかっただろう。しかし、今の私なら何とか運ぶ事ができる。お師匠様の鍛え方はいやらしい。できるぎりぎりのところを見据えて私に修行を課してくる。


 嘆息一つ。


「頑張りますかぁ」

「ガンバレー」


 気合を込めて荷車押しを再開した。


 ◆


 昼食を終えて、午後の修行だ。

 結局。工房まで辿り着くのに一時間半程の時間を要した。フドー重過ぎである。

 結論。巨大蛇の料理は美味しかった。バフォさんの調理技術は流石である。考えて見れば、あのお師匠様に仕えているのだ。今回のような獲物も初めてではないだろう。巨大蛇だが、やはり毒があったようだ。バフォさん曰く「毒蛇はまだいいですよ。捕食者側です、身体には毒はないですから」とのこと。


 あの言い方。身体に毒がある獲物を調理したことがあるな。


 閑話休題。話を戻して修行である。

 修行は第二段階へ。基礎強化期間の一ヶ月を乗り越え、実戦を交えた修行である。正直、少し緊張している。


 眼前。立っているのは普通のお師匠様と鈍色のお師匠様。ミカゲ師匠と鉄御影モードのフドーだ。


「今日からは実戦修行に入る。フドーに〝武術〟の刻撃を打ち込んだのはこのためだ。今のフドーは基礎技術の塊。フドーと実戦を交えることで武術の基礎を学び、そして自分にあった応用を学べ」

「無茶苦茶言いますね」

「すまんが実戦経験だけは、甘いことを言ってはられないからなぁ。痛みを伴うのは仕方ないことだ」

「頑張ります」

「今日の午後はずっとこれだ。一時間に一度休憩を挟みながら繰り返しな。明日からは早朝の走り込みの後、素振りの代わりにこの修行を行ってもらう。ちなみに木剣の重さはそのままです」

「ですよねー」


 日に日に重くなって行く木剣。振る事に支障はないぎりぎりの重さである。


「俺は鍛冶仕事の最後の仕上げを行ってくる。今手をつけている仕事は今日中に終わるだろう。明日の午後からは俺相手に実戦修行だ」

「……お手柔らかにぃ」

「そんじゃ、フドー。頼むぞー」

「ワカッタ、オオキイゴシュジン」


 工房に戻って行くお師匠様。

 私は木剣を構える鉄御影モードのフドーと対峙した。


 ◆


「痛い……全身が打ち身で痛いです」


 空に赤みが掛かる夕暮れ頃。私の午後の修行は終了した。

 工房の外、芝生の生えた庭に大の字で倒れこんだ。疲労困憊。満身創痍。フドーは鉄御影モードから小型竜モードに姿を戻す。


「頑張りましたね。夕食の前にお風呂へどうぞ。汗や怪我もあるでしょう」


 お師匠様と、使い魔兼家政婦のバフォさんだ。

 

 バフォさんは山羊頭悪魔(バフォメット)の使い魔であり、我が家の家事全般を担当する。

 お師匠様自身、家事ができないことはないそうだが。本当のところはどうだか。


 バフォさんは、外見は黒山羊頭の悪魔のぬいぐるみ。その外見からは分からないが性別は女性らしい。超高精度のゴーレムだ。本当の姿は別にあるらしいが、お師匠様が気に入らないらしく、現在のぬいぐるみの姿をしている。人造生命(ゴーレム)でありながら、魔術を使用することができ、本当に超々高精度のゴーレムである。

 なんでも、お師匠様の知り合いがお師匠様への贈り物として造ったらしい。


 ……お師匠様の周りは怪物だらけか。


「お風呂……そうですね。そうさせてもらいます」

「はい。ゆっくり療養なさってください」

「お疲れ様。アイゼンちゃん」


 差し出されるお師匠様の手を取って起き上がる。


「きついかい?」

「きついですよ」

「じゃあやめるかい?」

「やめません」

「どうしてだい?」


 分かっているくせに。

 にやにやと浮かべるお師匠様の笑みが、少しだけ腹立たしい。


「意地ですよ。私は、私の無力を言い訳に逃げたくない」


 お師匠様は一際大きく口角を釣り上げた。


「それでこそアイゼンちゃんだ。弟子にした甲斐がある。俺、アイゼンちゃんのそういうとこ好きだなぁ」

「おや。私の魅力にやっと気がつきましたか」

「最初から気付いてるよ。だから弟子にした。早く風呂に入って来な。飯が冷めるぞ」

「はい」


 私は工房の風呂場に向かった。

 身体の汗を流し、髪を洗い、身を清めて湯船に入る。


 ミカゲ工房の風呂場は広い。大浴場と言っていいだろう。

 大きな湯船には薬効のあるお湯が張られ、地熱を利用しているため冷めることはない。薄緑色の薬効湯はある程度までの怪我なら治してしまうほど強力だ。

 湯船の中央には巨大な水晶の結晶が鎮座している。これが薬効湯の効果を生み出している魔昌石らしい。媒体の水晶に強力な魔術が込められ、それに触れた水に効能が溶け出すだとか。非常に高価らしく、値段はあえて聞かなかった。

 効能は身を持って知っている。知っているからこそ、どれだけ凄いのか理解できる。


 ……きっと馬鹿高い。聞きたくない。


 湯船に浸かると、木剣で受けた傷が癒えて行く。

 疲れと痛みが湯に溶けて、このまま身体も溶けてしまいそうになる。脱力した身体を湯の温かさが柔らかく包み、じんわりとした気持ちよさだ。


「あー。これの為に頑張っている気もしますねぇ」


 私の頑張る理由。それは単純に単純。意地、でしかない。

 奴隷から逃げてきたのも、現在頑張るのも、目の前の現実に押し潰されるのが嫌だからだ。負けたくない。運命に。そして己に。

 無力を噛み締めて、流されるだけの人生はまっぴらだ。私は力が欲しい。お師匠様は私を鍛えてくれる。ならば私はそれに沿えるように努力しよう。


 何より自分のため。そして糞溜めのような場所から私を救ってくれたお師匠様のため。


「明日からも頑張りますよ、私」


 傷が癒えたのを確認して、私は湯船から立ち上がった。


 大浴場から出て食堂に向かえば、私を待ってくれていたお師匠様とバフォさんがいた。

 食事は昼食と同じ、巨大蛇の料理だが、バフォさんの調理技術を舐めてはいけない。昼とは趣向が違った美味しそうな料理が並んでいる。


「おう。お疲れさん。待ってたぞー」


 それらは出来立て同然のように湯気が立っていた。

 私は少なくとも三十分は風呂に入っていたはずだ。料理が冷めないわけがない。


 ……お師匠様ですかね。おそらくは〝保温〟の刻撃か。本当に、本当にお優しい。


 内心。微笑ましく思いながら、私は食卓についた。

 人と同じ食卓を囲むことが、こんなに幸せなことだったなんて。私はお師匠様の弟子になって世界が大きく変わった。


 ……激痛に耐えて、それでも足を止めなかった甲斐がありました。


 私は、自分の首に薄く残った奴隷時代の名残を撫でた。

 奴隷の証、〝奴隷紋〟。命令違反者には激痛の呪いが発動する、茨模様の呪印。今はお師匠様の解呪を受け、薄く痣のように残るだけだ。

 自分を縛る世界が嫌で、そしてそれに流され続けるのも嫌で、私は元ご主人様の邸宅から逃げ出してた。

 奴隷紋の激痛は凄まじい。大の大人が発狂しそうになると言われる激痛に耐え、それでも私は膝を折らずに前へ進んだ。


 そしてその先でお師匠様に出会った。


「いただきます」


 私は、幸せを噛み締めた。

 



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