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第一話 メタリカスライム?

  

 私の名前はアイゼン。

 お師匠様にもらった名前だ。元奴隷だったが、逃亡中に魔族の鍛冶師であるミカゲ師匠に助けられ、そのまま現在に至る。

 現在とは、つまるところの弟子である。


 助けてもらった代償に弟子に、と言う流れもあったが。私の同意の元である。

 要約すると、


「私を助けてどういうつもりですか。……貴方も私の身体がお目当てなのでしょう。好きになさってください」

「誰が子供に手を出すかよ。君にはね、俺の弟子になってもらいたい。鍛冶技術の伝承から、魔術や武術の修行もつけてやる。三食の飯付き。寝床や自室あり。月に五万の小遣いもやる。俺が必要と判断できるものは経費で落とせる。鍛冶仕事の手伝いをさせることもあるが、ある程度の自由時間も保証しよう。

 俺と来るかい、お嬢ちゃん?」

「超優良物件。これからお世話になります」


 こんな感じである。


 魔導国家オズワルドの街を出て、馬より速く駆ける脚竜に跨ること約二時間半。魔獣魔物の住み着く森を駆け、行き着く先は鉱山の麓。視界を埋めていた木々の緑が晴れ、代わって広がるのは鉱山の灰色。今では廃れた採掘場の跡地である。

 鉄鉱石を始め、様々な鉱石が採れる豊かな採掘場。しかし十数年前に近隣に魔力溜りが出現。それによって動植物が汚染され、変質し、魔獣魔物が頻繁に出るようになったとか。そこから採掘場が廃れて行ったのは時間の問題だったらしい。


 勿体無い話である。


 採掘場跡地の片隅。巨大亀の魔獣の甲羅をそのまま利用し、お師匠様の工房が存在する。

 かーん。かーん。鉱山に響く、お師匠様の叩く鎚の音。


 私は先日を持って奴隷から弟子になったのだ。鍛冶師の弟子になったのだ。

 しかし、しかして、


「ふっ……ふっ……ふんっ」


 木剣を振り続けているのは何故(なにゆえ)か。

 奴隷時代感じた無力感。そこからの経験で、武力は確かに欲しくはあるが。弟子入りして数週間、初日から今日まで、時折お師匠様の指導を受けながら木剣を振り続ける毎日である。筋肉痛は痛かったが、奴隷生活の苦行に比べればなんということはない。


 ……分かるかね。好きでもない相手に抱かれる苦痛が。


 それにしても、鍛冶技術の修行はまったくないのだが。お師匠様は私を戦士として育てたいのか。私としてはそれはそれで構わないのだが。


「おう。しっかりやってるな。剣を振るときは体重移動を意識しろよー」

「あ、お師匠様」


 噂すれば影。お師匠様である。

 黒髪長身。三十代前半ほどの外見。見方によっては二十代後半にも見える。職人調の服装。その上からでも分かる鍛え上げられた筋肉。歴戦の傭兵を思わせる雰囲気に、何より顔が恐い。素人の私から見ても強いと確信が持てる。そして実際、途轍もなく強い。怪物である。

 そして頭部から生える二本の角に、妖しく光る金色の瞳。

 それは魔族の証明だ。


 ――魔族。

 高い魔力を持ち、人外の膂力を誇る。基本的に不老長寿であり、外見は精神年齢に左右されるとか。

 魔族の起源は、魔道の禁忌に触れた者の成れの果てとされ、偏見の視線も多い。お師匠様がこんな辺境に工房を持つのも、そういった奇異の視線を避けてのこともあるだろう。


 憶測だが、私救出の際でのお師匠様の戦闘能力を見る限り、お師匠様は魔族の中でも際立って怪物級の強さを持っている、と私は思う。

 本人曰く、「雑種の魔族だから純血の魔族に比べ魔力が低い」とのことだが、身体能力がおかしい。これまた本人曰く、「身体能力特化型だから」らしいが。


 そんなお師匠様である。


「これから鉱石の採掘に出るよ。アイゼンちゃんも支度しな」

「了解です」

「振り方、大分良くなって来たな。そろそろ次の修行に移れそうかねぇ」

「武術の修行ですか」

「武術の修行ですよ。武術の基礎ができたら、次は魔術だ」


 お師匠様よ。鍛冶仕事はまだなのか。

 重ねて言うが、私は別に構わないのだが。いや、本当にですよ?


 採掘。とのこと。

 近隣は魔獣や魔物が頻繁に出現すると言うが、実際は住み着いていると言った方が正しい。それは鉱山の坑道も然りであり、採掘は大変危険なものである。希にだが、希少鉱石を掘りに来る無謀な挑戦者もいる。尽く魔物の餌になるわけだが。

 私の場合。お師匠様が守ってくれるので安全面に置いて心配はない。 


 木剣を置き、特訓用の軽装から採掘用の服装に着替えようと工房内の自室に向かう。

 途中、お師匠様に引き止められ、


「――刻撃(コクゲキ)耐久性(タイキュウセイ)〟――」


 祝詞と共に、装飾彫刻の施された小鎚で、頭を軽く叩かれた。


「一応、な」

「ありがとうございます」


 〝刻撃〟。お師匠様の固有能力(ユニークスキル)である戦鎚の能力だ。

 サイズの変幻自在。出現と消失も自在。美しく見事な装飾彫刻の施された戦鎚であり、下品に煌びやか過ぎず、金属の重厚な落ち着きを持っている。雰囲気を一言で言うなら荘厳。

 刻撃の能力は〝叩き込む〟こと。

 お師匠様の戦鎚はあらゆる性質・特性・効果を叩いたものに刻み込むことができる。刻み込む一撃、ゆえに刻撃である。対象本来の性質や力量に効力が左右されることや、効力の制限時間などの制約もあるが、万能性が高く強力な能力だ。 


 今回の刻撃。聞こえた祝詞は〝耐久性〟。私の耐久性を上昇させてくれたのだろう。外見と違って優しいお師匠様である。


「何をにやにやしてるんだか。気味が悪いな」

「失礼な。私のような褐色美少女をつかまえて何て事を言うんです」

「自分で言うかね」

「いえいえ。客観的に見て、ですよ。私、可愛くないですか?」

「確かに可愛いが、可愛気はないな。ともかく、準備しておくんだぞー」 

「了解です」


 私は自室に向かって走った。


 ◆


 服装を換え、荷車を押しながら、採掘場の坑道の一つを行く。


「――魔要戦鎚(マノカナメニセンツイ)真理歪曲(シンリヲユガメテ)通我道理(ドウリヲトオセ)方向南方(ムカウハミナミ)属性朱雀(ツカサドルハホムラ)火球灯明(カキュウノアカリデ)暗所明明(アンショヲテラセ)火術(カジュツ)光明焔(コウミョウエン)〟――急急如律令」


 暗闇に響くお師匠様の祝詞。急急如律令の号に乗せて戦鎚で地面を叩いた。

 打撃痕に赤色の魔術陣が瞬き、直後、ぼわっ、っと拳大の大きさの火球が出現する。火球はお師匠様の頭より少し高い位置まで浮上。暗い周囲を照らし出す。

 坑道には電気照明が通っているが、当然電気は既に走ってはいない。照明魔術でも奥まで照らしきれず、先には黒々とした暗闇が口を開けていた。


 明かりに照らされ驚いた蝙蝠たちが、私たちをかすめて飛び去って行く。

 そして、明かりに反応したのは蝙蝠たちだけではなかった。


 突如。暗闇から飛び出して来たのは巨大な蛇の魔物。牙を剥いて私たちに襲いかかって来た。人間程度ならば簡単に丸呑みできそうな巨大な蛇だ。

 しかし、お師匠様に動揺はない。そして私にも。逆に蛇の魔物を可哀想に思ったくらいだ。


「相手を間違えたな、お前さん」


 一閃。横薙ぎに振られた戦鎚で巨大蛇は壁に叩き付けられる。巨大蛇はそのまま動かなくなった。

 ご愁傷様である。彼は自分より遥かに格上の怪物に牙を剥いたのだ。自業自得だ。希少鉱石を掘りに来た有象無象なら餌にできただろうが、お師匠様相手では勝ち目は無しだ。

 この人本当に怪物だからな。火を吹いたりするからな。本当だぞ。口から火を吹くからな。その火で鍛冶仕事してるからな。


「一撃、ですか。本当にお強いですよねぇ」

「はっはっは。アイゼンちゃんも俺の下であと三ヶ月も修行すれば、これぐらい倒せるようになるさ」

「まじですか」

「まじですよー」

「ここ数週間、素振りと走り込み、それと鉱石運びくらいしかしてないんですが」

「そりゃあまず、基礎を付けなきゃどうしようもないからなぁ。筋肉痛も乗り越えたろ。

 気付いてないだろうが……と言うか気付かないようにやってるが、アイゼンちゃんの毎日振ってる木剣。あれ、少しずつ重くしていってるからね」


 道理で、毎日慣れずに重たいと思った。


「と言うかお師匠様。鍛冶師に弟子入りして、どうして武力を?」


 お師匠様は普通の鍛冶師ではない。

 魔族の鍛冶師――通称〝魔工〟である。

 魔工は普通の鍛冶師ではできない事ができる。一つは人間族では加工不可能な超高度の鉱石を使った武器の製作。そして二つ目が、特殊な魔術効果を持った魔剣を始めとする魔導武器の創造などだ。


 それゆえに魔術の習得が必須なのは分かる。

 しかし、どうして武術なのか。


「簡単な話さ。戦闘の現場を知らない者にいい武器が作れるわけがない、ってのが信条でね。それに俺が教えることができるものは全部教えるつもりだ。鍛冶も魔術も武術も。まぁ、俺の魔術はちと特殊だから、魔術に関しては別の先生が必要かな」


 現状。私たちの先を照らす火球然り、お師匠様の魔術は少し特殊だ。

 聞き慣れない珍しい祝詞は、東国ワノクニ発祥の魔術系統〝陰陽術〟と言う魔術らしく。風、地、火、水、の四属性は一般魔術と同様だが、方角に面した神獣を司るとか何とか。

 自分の固有能力と相性がいいから覚えたとか。お師匠様自身、ワノクニ出身らしい。


 東の辺境国、ワノクニ。

 他国との交流に積極的でなく、独特の文化、魔術体系があると本で読んだ。

 二百年も昔の大戦時代、ワノクニの百鬼夜行と呼ばれる軍隊が他国からの進行を尽く全滅させた、という伝説が残り、現在でも〝怒らせてはならない国(アンタッチャブル)〟とされている。最強種に数えられる鬼族は、一人で千の軍を薙ぐと謳われる。


 戦闘民族国家ワノクニ。お師匠様が異様に強いのも、少し納得である。


 荷車を押しながらそのまま歩いて、坑道の奥を目指す。

 お目当ての鉱石の採掘現場は奥の方にあるらしく、かなりの距離を歩いた。豊かな鉱山だからか、坑道は幾つもあり入り組んでいる。一人で入ろうものなら、確実に迷子になる自信がある。さらには魔獣・魔物が住み着いているのだから、最早ただの魔窟迷宮(ダンジョン)である。


 歩くこと約二十分。目当ての採掘現場に辿り着いた。

 ここまで来るのに何回魔物と遭遇したか。中でも馬鹿でかい百足の魔物は本当に気持ち悪かった。百足の彼はその後、お師匠様の炎の吐息(ブレス)によって消し炭である。


 開けた空間だった。

 これまでの通路と違い広く、天井も高い。天井には鍾乳石があり、その下には大きな地底湖があった。


「大きな湖ですねぇ。巨大な魚型の魔物とか飛び出して来そうです」

「いたよ。それ」

「いたんですか。過去形ですが、一応聞いても?」

「そりゃ倒して美味しく食べちゃったからねー。もういないさ」

「ですよねー。そんなとこだろうと思いました」


 私はもう驚かないぞ。


「帰りにあの蛇も回収するぞー。今日の昼飯だ」

「うぇー。毒が有りそうでしたけど……」

「そこはバフォの調理次第だな」


 お師匠様の使い魔兼我が家の家政婦バフォさん。頑張ってください。頑張ってくれないと私が死にます。


「今日の目当ての鉱石はあれだ」


 お師匠様の指さす先、水色から青色に変わるグラデーションの波紋が特徴的な結晶が、幾つも岩壁から露出していた。


「アクロライト鉱石って言ってな。魔力が溶け込んだ水場が近くにないと結晶化しない。魔力溜りの影響は鉱山を廃らせる原因となったが、俺的に見れば良い事尽くしだ。人気なく、鉱物に恵まれ、魔力変質の鉱石も採れる。その上それを独り占めだ」

「普通は魔物に阻まれてここまで来れませんけどね」

「そのためにも、武力ってのは必要だろう? だからアイゼンちゃんも鍛えてやんのさ。鉱石の入手を業者に頼むってのもあるが、危険な中採掘に行った者、運んだ者、売る者、と手間賃が馬鹿にならない。だが、自分で採りに行きゃあその手間賃もゼロだ。

 ともあれ、採掘だ。この鉱石は水属性魔術の伝導率が良くてな。いい触媒になる」


 お師匠様はすたすたと岩壁に歩み寄り、手の中に戦鎚を顕現する。光の粒子が収束し、荘厳の戦鎚を形作った。

 戦鎚を振り被り、そのまま鉱石の周りを砕く。人の頭より一回り大きい鉱石結晶の塊を岩壁から引き剥がして行く。

 一個、二個、三個、と結晶塊が荷車の荷台を埋めていく。


「上手いものですねぇ。鉱石の塊を砕かずに綺麗に取り外して行くなんて」

「コツと経験だな。それとちょっとした技術だ。衝撃に魔力を乗せて、破壊に方向性を持たせている。〝威流(いなが)し〟って言う戦闘技術だ。じきに教える。

 そうさなぁ。分かりやすく見せるなら、――こういうことだ」


 突然。お師匠様は後方を振り返り、地面を戦鎚で穿った。

 容易く岩盤を砕き割り、破壊は指向性を持って直進する。岩盤を掘り返して進む破壊の波。それは明らかに自然に起きる亀裂や崩壊などではなく、戦鎚の一撃に方向性を持たせているようだった。戦鎚ならば破壊が、刀剣や鎗ような刃物ならば斬撃がだろうか。


 成程。これが〝威流し〟か。


 破壊の波はそのまま突き進み、地面から生える鍾乳石を砕き崩して止まった。

 崩れた鍾乳石の後ろには何かの影。魔物だろうか。お師匠様はこの魔物の気配に勘付いて威流しを実演してみせたのか。


 鍾乳石が崩れた拍子に上がった砂煙が晴れる。

 そこには銀色の光沢を持った球体がいた。


 ……なにあれ。

 何か、ぶにょんぶにょんしてる。銀色なのに。

 知っている。私はあれを知っている。色こそ違えど有名な粘液魔物だ。水分が魔力によって生命を持った、比較的に何処にでもいる魔物だ。そして弱い。中には進化した、高位の人型スライムがいるとは聞くが。銀色なのは聞いたことがない。


 え。本当になんだあれ。


「お。鉱石(メタリカ)スライムじゃないか。希少種だぞ」


 ……メタリカスライム?


 ミカゲ師匠イメージボイス(中田譲治)



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