乙女ゲー用にネタを出すも作る気力とヒマがないので小説にしました
とある国の、とある名門貴族の家には、数人の子供達がいた。
末娘は美しい双子の姉妹で、妹は特に愛された。姉もまた美しく愛されたが、病に冒されたその身体は美しいというよりも不気味な色で、辺境の別邸に引きこもって暮らしていた。
姉は妹を愛し、だが同時に妬む。同じ顔なのに違う身体、どうして自分はあのように愛されないのか。その思いは、両親や兄姉に愛されるほど膨らんで、想い人を奪われて凍りつく。
余命宣告から半年、ひっそりと少女は死んだ。
ユーフィアという姉は死に、妹シェナはとても嘆き悲しんだ。隣国の王子――かつて姉が想いを寄せて、今は妹の婚約者となったかれの腕の中で、もがくように泣いていた。
その姿さえも、花に例えられる彼女の可憐さを引き立てたという。
「ごめんなさいごめんなさい……」
嫁いだ先の城の中、人払いをして嘆く。
けれど部屋から出れば気高い人へとなる、彼女は『シェナ』と呼ばれている。
■ □ ■
「悪魔、ですか?」
シェナは軽く首をかしげ、夫を見た。
これは夫婦の日課である昼過ぎの休憩時間。どちらかの部屋か、専用に場所を確保してのお茶会だ。朝から仕事に励んでいた夫、若き国王は、驚いた様子の妻に微笑む。
「さすがに悪魔というものの存在は知っているか」
「えぇ……お姉さまもよく、そういう存在が出る書物を読んでおりましたもの。人を惑わし感情を高ぶらせ、それをすすって生きる魔の存在。悪しきものであると、聖書にもありますわ」
「姉、か」
「お……お姉さまの書物は、その、小説ですわ」
「悪役としてはこの上ないからな」
慌てる妻に、王はにこりと微笑む。
悪魔という存在は、シェナの母国はともかく、彼女が嫁いできたこの国では、ありとあらゆる害悪の根源とされているものだ。殺人も、物取りも、悪魔が囁いたから起きること。人間は本来はとても清らかで、悪魔がそそのかすから悪事を犯してしまうのだと。
もちろん、それは民の多くが信仰する宗教での考えで、だからといってそれらの罪を犯してしまった人が無罪放免になるわけではない。あくまでも悪事を行う、その原因というだけだ。
そういう存在なので、悪魔、というものはとにかく忌み嫌われている。
口にだすだけで、子供は親に叱られてしまうほど。
一方、シェナの母国ではそこまで忌まれてはいなかった。せいぜい、物語の悪役としてもったいぶりつつ登場し、主人公らに倒されて消えていく――そういう類の存在だ。
だが、国が違えば文化や民の考えも変わる。王はそれをわかっているので、そこを咎めるようなことはしない。とはいえシェナは気になるので、不安そうに夫を見た。
「最近、この国にも悪魔を悪役とした娯楽本が流れてきてな、少しばかり騒がしい」
「まぁ……」
「悪役であれば、俺個人としては構わないが……そうもいかない層もあってな。法で所持や閲覧を禁じてはどうかと、そんな話もある。今のところはやり過ぎという声が強いのだが」
「もしかすると、禁じられてしまう、と?」
あぁ、と王は答えて。
「最近『裏』から入った話だが――悪魔を名乗る青年に、あれこれと甘いことを囁かれるものが増えているのだという。やっていることは、人間でも行える範囲だが、由々しきことだ」
「わたしも、その話は少し。恋愛成就として異国の呪術を使わせて、とかなんとか」
「噂になっているか?」
「はい。主に……そうですね、そういうものに心を引かれてしまう、妙齢のお嬢様をお持ちの方がとても不安がっていて。中には、実際に持ちかけられた方もいらっしゃっるとかで」
どんなに禁じられても、だからこそ手を出してしまうことはある。
例えば、意中の相手にどうしても自分の心が届かない時。
そんな問題に直面した人の前に、もしも悪魔が現れて何とかすると囁やけば。それを突っぱねることができる人は、果たしてどれだけいるのだろうかとシェナは思う。
若ければ若いほど、きっとその手を取るのだろう。
藁にすがるような思いで、甘言に身を委ねてしまうのだろう。
「……いっそ、ただの詐欺であればよろしいですわね」
「そうだな」
この国で悪魔は禁忌。関わっていると発覚すれば、それが例えば貴族などの特権階級であったとしても容赦なく処刑されるだろう。そう、王妃であったとしても、必ず。
――その悪魔と取引をして、ここにいるとしったらあなたはどう思うのかしら。
悪魔へのおそれを、妹のように口にしながら、彼女は考える。
誰も知らない、自分の秘め事。
誰にも知られてはならない、姉妹の明暗。
彼は、一生『シェナ』の姉『ユーフィア』のことを口に出さないだろう。妹へ注がれる寵愛を妬んで王子だった彼を襲い、妹を殺そうとして切り捨てられた『悪女』のことなど。
彼女は、いつか問われたらすべてを話すことだろう。余命を告げられた一人の少女が悪魔と取引し、病の有無以外すべてそっくりの片割れと『入れ替わった』という大罪を。
今ここで王妃を名乗るのが、『ユーフィア』であるということを。
――いつまで、わたしは彼の妻でいられるのかしら。
かつて望んだ場所で血を流しながら、『シェナ』は今日も微笑んでいる。
国民に手を振りながら夢想するのは自分の死。成り代わった姉が迎える末路。妹を誰より真剣に愛した彼ならば、きっとすべてを知れば確実に殺してくれるだろう、と。
彼の国に近い場所から、ずっと彼を見ていた『姉』は知っていた。
「ネルシュ」
茶会を終えて立ち上がる夫に、シェナは駆け寄る。
「あいしてます」
だからあなたも『シェナ』を愛して、愛し抜いて、そして『ユーフィア』を憎んで。
そんな願いを込めて、王妃は王にキスをした。