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伝わらないんだよ……鈍いんだよアイツ。

 

「もう一枚、脱いじゃおうか」

「は?」

 へらりと笑った少年を、少女は低い温度の目で見やる。

 学ランとコートをハンガーに掛けた少年は、更にシャツに手を掛けていた。

「幾ら気心の知れた幼馴染の部屋だとは言っても、そこまでくつろぐのはどうかと思うの」

 あっさりとシャツを脱ぎ捨てた少年は、Tシャツにも手を掛ける。が、少女はやんちゃ続行中の幼馴染の頭をチョップして阻止。

「大体、今は夏じゃないのよ? 風邪引くでしょう」

 頭を押さえてしゃがみ込んだ少年は「エ~」と不満顔である。

「おれは男だぜって言うアピール中なのに」

「それ、どの方面に向けてるの」

 ほら真っ平ら、と見せられても。胸筋も腹筋も大して無いもやしっ子の裸を見てもしょうがない。少女は裾を持ち上げてガバッと胸元まで(まく)り上げる少年の頭に再びチョップ。

「着ろ」

 口を(とが)らせ渋々(しぶしぶ)シャツを羽織った少年は、折りたたみのテーブルに頬杖を突いて、「だってさあ」と眉尻を下げる。

()れた女が鈍感でさあ。おれの事異性だって思ってないんだよ」

 はあ、と溜息を吐くが、少年にしてはおそらく大きな悩みなのだろうが、どうしようもなくその溜息が軽い。

 何故私の部屋でまで脱ぐ。と少女は少女で溜息を吐いた。

「というか、むしろこれはセクハラじゃないの?」

「エ~? 意識しちゃった? おれに()れちゃう?」

 その子に引かれるんじゃないか、と少女は心配したというのに、少年はニヤニヤ笑う。少年が嬉しそうでイラッとした少女はチョップして黙らせた。

「DVだ……」

「……誰がデブですって?」

「そんな事言ってないだろ!」

 二人してテーブルの斜向(はすむ)かいに座り、フンと顔を(そむ)ける。

「……どうやったら伝わるのかな」

 犬が己の前足にあごを乗せて地面に伏せる様に、テーブルに乗せた腕にあごを乗せて、少年は深い溜息を吐いた。

 少女が振り向くと、珍しく物憂(ものう)げに壁を(にら)み、彼は眉を寄せていた。

「普通に好きって言ったら?」

 急に目の前で服を脱ぐのはただの変態行為だ。確実に「おまわりさん、こいつです」状態に(おちい)る。恋が終わるより先に人生が終わる。社会的に。

 「言ったよ」と少年は口を尖らせる。

「伝わらないんだよ……鈍いんだよアイツ」

 テーブルに突っ伏す少年が何やらやるせない声でそう(うめ)いた。

「それは伝わらないんじゃなく、遠回しのごめんなさいじゃないの?」

 それはない、と少年は顔を上げた。

「そんな器用な事出来るヤツじゃない。まるっきり伝わらないんだよ。(はな)からおれをそういう対象として見てねえの」

 言ってて自分で落ち込んだのか、少年は絨毯(じゅうたん)にパタリと仰向(あお)けに倒れ、顔を両腕で(おお)う。

 どうやら、本当に深刻な悩みらしい。

 そして、「異性だってアピールする為に服脱いじゃうぜ!」というどうしようもない結論に至るくらい手詰まりの様だ。

 打たれ強さというか、悪い事をすぐ忘れるというか、そういうポジティブなところが取り柄のバカ犬の様な幼馴染を、しょうがないなと少女は見やる。

 小さな頃から、彼女の手を引っ張ってしょうもないバカばかりやらかす少年を、結局少女は放っておけない。

 失敗しても笑ってる彼が好きなのだ。落ち込んだりしょげている彼を見ると、彼女も気分が滅入(めい)ってしまう。

「ショーちゃん」

 (ひざ)でにじり寄って、元気出せ、と猫っ毛を撫でてやる。

 ぴょんと飛び起きた。立ち直りの早い少年の目は、もうかげってはいない。少女は苦笑した。

「元気出た?」

「……」

 少年は何かを思い付いた様にニッと笑うと、少女の方に身体を倒して来た。

 ぽふん、と彼女の膝に頭を乗せて、横になる。

(あかね)の初膝枕もーらいっ!」

 いたずらが成功した様にハシャいだ声を上げる。

 本当にしょうもないバカばかりやらかすバカ犬である。

 茜より背も肩幅も大きいくせに、中身は子供のままなのだ。

「どいて。頭、重い」

「ヤダ! もうちょっと!」

 頭を掴まれた少年は引き剥がされまいと腰に抱き付いて抵抗した。

駄々(だだ)っ子か」

 力比べになり、双方、ぐぬぬと(うな)る。もう膝枕ではない。だが少年に譲る気は無く、少女も甘やかすと付け上がるバカ犬を(しつけ)直すとばかり力を込めて引き離そうとする。

「離せバカ犬」

「ヤダ! ってかおれ犬じゃないもん!」

「男がもんとか言うな! って、くすぐっ……?!」

 チョップしたら「痛い」と腹に頬ずりされて、少女は身をよじった。

「あ。」

 力の|均衡((きんこう)が|崩((くず)れる。二人して床に倒れ込んだ。

 少女の頭がごつんと結構いい音を立てたのに驚いて、少年はガハリと半身を起こし、幼馴染の顔を覗き込む。

「茜、茜、大丈夫!? ごめん、痛かったよな!?」

 ぺたぺた顔や頭を触りたくってくる少年を間近に見て、少女は固まっていた。

 重かった。それにこうして見ると、少年はやはり己より随分と図体がデカい。

 随分な大型犬に育ってしまったものだ。

 キュウン、と悲しげに鳴く犬みたいに心配している少年は子供の頃となんら変わらないのに。ああ、もう子供じゃないんだと彼女は(さと)る。

「茜? 何か顔があか」

「重いから退()いて。頭痛かったし」

 キョトンと首を捻る少年のあごに掌低(しょうてい)が決まる。

 普段のチョップは手加減しているが、今のは割とまともに入った為、少年は床でうずくまり悶絶した。

 重石が無くなり、少女はほっとして身を起こす。ぐああ、と床を転がるバカ犬を見たら、またほっとした。

 大丈夫、大丈夫。ショーちゃんは、ショーちゃん。

 確認した事実を呟く。それがまるで言い聞かせる様だとは、彼女は気付かなかった。

 パタリと床にうつ伏せになった少年は、ああもう本当に茜って鈍い激鈍だ、と溜息を吐く。

 事故とは言え、押し倒す様な形で密着したのに平然と押しのけられた。男に乗っかられた女の反応ではない。幼馴染ってきっとあいつには異性じゃないんだなあ。

 その事が、少年にはあごの痛みより大ダメージだ。

 事実は少し違うが、彼も鈍いので気付かない。まあ、打った頭もそう痛くないみたいで良かったけど、と彼は結論を出す。

 彼がようやく身を起こした時には、少女の顔の赤味は引き、動揺も収まり、結局少年は彼女が僅かに彼を意識し始めた事には気付かなかった。

 多分、鈍い二人がくっつく未来は遠い。


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