第4章1
その秋の一件以来、ウォルバンは、前にもまして訓練に精を出すようになっていた。
もっと強くあらねば。
一人二人ならなんとかなっても、また同じように複数で襲って来られたら…。月芳を守りきれるとは言い難かった。
まだ、身体が完全に大人になってはおらず、筋力も弱いことを、ウォルバンは自覚していたし、貴族相手の軽い訓練程度では到底足りないことにも気づいたのだ。
積極的に軍部の訓練にも参加するようになった。
同時に、この先もずっと月芳の傍に仕えることを考えて、学問の時間も増やすことにした。幸い、「遊学中」という表の身分は、月芳と供に学ぶ機会を与えてくれた。
色づいた葉が落ち、いつもの年よりもずっと多く降った雪に渓谷も崖も白く覆われ、またそれが緩み…時は確実に、しかし、淡々と変わりなく流れていくかに思われた。
それは、突然のことだった。
10日ほど前から軍部はやけに騒がしく、北と西の守りを固める部隊が、幾隊も城を出て行った。
時折、こんな風に部隊が出動することがある。それは、いつも遠くで戦が有ったときで、勢いに乗った敵が万が一にも智偉峰を越えて攻めてくることがないように、守りを厚くするためのものだった。もっとも、一度として、智偉峰を越えてきた敵はいないのだが。
ここしばらく、軍部での訓練は開かれて居なかった。訓練をあきらめ、前に折ってしまった予備の剣を抱えて換えのある倉庫に向かう途中、貴族の訓練場を通りがかったウォルバンの肩に、こつん、と石が当たった。
どこから?と見渡すと、20歩ほど離れた訓練場の柵の上に、4人の貴族の子弟が座って、こちらをニヤニヤ眺めていた。
無視して歩き出そうとしたところに、また一つ、石が飛んでくる。
今度は、胸の前でそれを受け止めると、ウォルバンは石を投げた主を睨んだ。
「なんのつもりだ」
「いや、あんたにさ、忠告しておこうと思ってね、王子様」
言って、周りと目を見交わし、クツクツと笑う。貴族らしからぬ、妙に下卑て気に障る笑い方だった。
要らぬ世話だと立ち去ろうとしたところへ、聞けよ、ともう一石。
「そんなことばかりしているとダメになるぜ?」
「…なんの話だ」
「たまには、国に帰ってみろって話。それとも、“姫様”の傍がそんなにイイのか?」
にやり、と笑われて、気がついた時には受け止めた石を投げ返していた。
「あっぶなぁいなぁ。ほんとのことを言われて怒るのはないんじゃないの?兎に角さ」
忠告はしてやったからな、と一団は立ち去った。
後に残され、なんともいえないもやもやした気持ちを抱いたまま、倉庫に折れた剣を投げ込んだ。
「帰れるもんなら、とっくに帰っているさ」
帰れないから、いるんじゃないか。
新しい剣を取り出して、鞘に収めてからも、気持ちは静まらなかった。
ダメになる? 何が? 誰が?
首を振って、考えを振り払うと、月芳の室に向かった。
日が少しずつ長くなってきたので、月芳は夜の時間にも自主的に学問の時間を取っていた。彼女が知りたいと言うので、ウォルバンが自分の国の言葉と文化を教えているのだ。
北の智偉峰を挟んで隣り合わせの国なので、風土や土地環境は似ているが、文化はずいぶんと違うのねと、月芳は嬉しそうに笑って、少しずつだが確実に吸収していっている。
ウォルバンにとっても、離れている国を思い出す数少ない、大切な時間であった。