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第3章1

「秋になったら、一緒に紅葉を見に行きましょう」と月芳が言い出したのは、夏の暑さも次第に薄れ始めた、ほんの一月ばかり前のこと。

 突然なに、と笑うウォルバンに、秋も突然にきて突然に去っていくのよ、と月芳(ユエファン)は答える。気がつけば訪れて気がつけば去っている、秋はそういう季節なのだという。

 ウォルバンと月芳の居る城は、険しい山を後ろに、それよりは少し緩い丘陵の続く山を左右に配した、守りに強いとの評判の城。その中でも、城の背面にそそり立つ峻峰、智偉峰は深い渓谷が幾重にも連なり、その間を縫うように走る川は、豊かな水を湛え、春は翠、夏は濃緑、そして、秋には美しい錦で染め上げられることで有名であった。

 城を挟んで向こう側は、切り立った崖になっており、おいそれと人が立ち入ることもできないから、月芳の身に危険も少なかろうと、ウォルバンは、幾度か山に立ち入って、月芳の足でも苦無く歩ける道を探してあった。

 谷に錦が敷き詰められたある日、月芳はウォルバンを急かすようにして、智偉峰へと向かった。

 秋の陽光は、朱く黄色く色づいた葉の間をくぐり抜けることで、一層穏やかに降り注ぎ、足下に積もった枯れ葉や下草を踏みしめると、いつもとは違う柔らかさを沓越しに感じることができる。

 ゆっくりと感触を楽しみながらあるく月芳を確認すると、ウォルバン自身もまた、木々を見上げた。

 昔々、こんな風にのんびりと、父と共に故郷の山を歩いたおぼろげな記憶を思い出す。父の語ってくれたたくさんの物語には、楽しいもの、悲しいもの、愉快なもの…いろいろな人々の思いが込められていて、幼いウォルバンの心を満たしていったものだった。

「ウォルバン!」

月芳の呼ぶ声に、ハッとして意識を引き戻す。ずいぶんとぼんやりしていたらしい。慌てて、「あまり私から離れないで」と声のする方へと行くと、興奮で頬を赤らめた月芳が、一点を指さして言った。

「ウォルバン、見て! あの洞穴の入り口…爪痕みたいじゃない? 薄暗くて…ヤンヒャンやウォリャンが住んでいた場所も、こんなところだったのかしら」

 指された場所は、かなり深い崖の中腹にぽっかりと口を開けた洞穴。

 入り口から数メートルは、日が差し込むのか、月芳の言う「爪痕」のような傷も見える。もしかしたら、本当に野の獣が住むのかも知れない。

 何かが飛び出しては来ないかと、確認のためにとウォルバンが身を乗り出したその時、後ろから、襟を掴んですごい勢いで引き戻された。

 そのまま、ドンと、地面に放り出される。

「ウォルバンっ」

 駆け寄ろうとする月芳を阻むように、倒れたままのウォルバンの目の前に、数本の足が並んだ。

 何故ここに人が、という驚きの一方で、こんなに近寄られるまで気づかなかったことに愕然として、ぼんやりとその足を見つめていたが。

「いやだ、離してくれっ!」

 剣を履いた三人の男のうち、一人が月芳の身体を掴むのを見て、すっ、と身体が冷え、直後、熱くなった。

 座り込んで、何をしているんだ、自分は。月芳を守らなくては。

 剣を、握れ。

 日々の訓練で幾度となく繰り返した動作は、とっさに身体を動かす。跳ねるように起きあがり、腰から剣を引き抜くと、月芳を掴む男に向かって斬りかかろうと剣を振り上げたが、前に立つ二人が、簡単にその道をふさいでしまう。

 振り下ろした剣を跳ね返され、枯れ草の上に身体ごと転がったウォルバンは、すぐにまた跳ね起きると、もう一度、三人の方へ向かって走った。

 月芳を抱えた男をかばうように、二人の男は、両方からウォルバンに向かって剣を構える。

 また、はじき返される…ならば。

 素早く剣を脇に抱え、反動をつけて地面に身を落とした。

 目の前で沈み込んだウォルバンの身体を、男たちは一瞬見失う。

 そのまま、良く乾いて摩擦の小さくなった枯れ草と落ち葉の上を滑るようにして、足からつっこんだ。二人の男の間をすり抜け、月芳を捕らえる男の足に自分の足をぶつける。

「ぅぐっ…」

 思わぬところに衝撃を受けて、男の身体が大きく傾いだ。拘束する力がゆるんだのを悟って、月芳は身をよじり、男の手を抜け出す。

 他の二人が動き出す前に跳ね起きたウォルバンは、右手で脇に挟んだ剣を抜き出して構え、左手で月芳を背にかばって男たちをぎりっと睨み付けた。

 一対三…月芳をかばって、守りきれるだろうか。

 崖を抜けて敵は来ないと甘く見ていた自分を心底怒鳴ってやりたかった。

 剣を握る手に汗が滲む。後ろで、きゅ、と月芳が衣を掴んだのがわかった。

 緊張の汗が、額から目に流れ込んで痛む。男たちの動く気配がして、剣を握り直して枯れ葉を踏みしめた。

 しかし、男たちが斬りかかってくる様子はない。代わりに、男たちの後ろから、低く響く声がした。

「よい。退け」

 さっ、と三人の男が剣を納めると、いくつかの足音を伴って、ゆったりと、その男はウォルバンの目の前に歩いてきた。

「冷厳王…」

「父上」

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