第7章
「お待たせしました…おや?」
雲隠が二胡を手にして湖に戻ったときには、月芳は、湖の真ん中に浮かぶ大岩に寝そべって、ぼんやりと月を眺めていた。
だまって、雲隠は二胡を弾きはじめる。
弾きながら、湖に移る月芳を見る。大きな虎の身体に似合わない、頼りないくらいに小さい影は、灼けた煉瓦色の肌に、黒い髪。
雲隠は小さくため息をついた。
初めて訪ねてきた少年は、月芳だと名乗ると、ウォリャンという虎の話をし、ウォリャンのようになるまで、ここに置いてくれと言って、強引に山に腰を落ち着けてしまった。
次第に、背中が腕が脚が毛に覆われ、すっかり虎の姿になった時も、雲隠は別段驚きもしなかった。
ここの気に強く影響されると、持ち主が頭に描く自分の姿に引きずられてしまうこともあっておかしくはない。
それは雲隠の力とは関係なく、この場所の持つ特殊な空気のせい。
月の名前を持つのに、満月の晩にはけして月を見に来ることはない。
細って、細って、消える最後の名残の月を、切なそうに見上げる。
「月に逢うなら、満月の方がいいのに」と学然はいうけれど、雲隠には月芳の気持ちも分かるような気がするのだ。
多分。
と、雲隠は思う。
彼が満月を見上げる時には、湖に映る彼に会えるだろう。
穏やかに響く旋律に揺れてか、時折、月芳の尻尾が、ふらり、と揺れた。
虎「月芳」の過去のお話でした。
このお話のいわば続きが第4話となっています。
この後、第4話も連載を続けていきますので、そちらもどうぞお楽しみくださいませ。