第6章
目を開くと、ウォルバンは竹林の中にいた。
竹?と一瞬いぶかる。
智偉峰は大きな森を抱いてはいるが、竹の茂るような場所などあっただろうか。
周りを見回してみても、ざわめく竹の葉音に合わせ、青翠が揺れるばかり。
さわさわ…さわさわ…。
竹が揺れる。誘うように――騒ぐ。
そういえば、とウォルバンは思い出した。
これも言い伝えだが、竹林には、仙人が人の世を避けて住んでいて、なんでも望みを叶えてくれるという。
思い出して、ふ、と笑った。この話も、国にいるときに、父から…父と慕ったホラン王から聞いたのだった。
ずっと小さいころ。まだ何も、知らなかった頃に。
「仙人、いるんだろう、仙人」
ウォルバンの声は、竹林を渡る風に絡め取られ、くるくるとその場を舞う。
「願いを叶えてくれ」
大切に守ってきた月芳の笑顔。最後に見た、月芳の困ったような泣き笑いの顔。
他の望みは、考えられなかった。
「逢月に、全部返してくれ。私が奪ったもの、全部…」
何も知らずに、ウォリャンになった気でいた。でもウォリャンならば、もっと、ずっと早く、逢月の苦しみに気づいて姿を消しただろうに。
呼べど、叫べど、応えはない。
竹はざわざわ騒ぐだけで、何一つ、代わりはしなかった。
一瞬、ざわ、とひときわ大きく竹がざわめき、大きく傾いだ竹の間から、薄く光る湖が見えた。駆け寄って、中を覗く。
灼けた煉瓦色の肌、黒く堅い髪、真っ黒の瞳…。頬に、幾筋か走る傷は、草で切ったのだろう。
そんなところだけが、ウォリャンみたいで、可笑しかった。
ウォリャンだったら…。
もう遅い…いや、早いのか。
一瞬だけ、山の麓に目をやって、ウォルバンは、振りかえることなく竹林の奥へと走り去った。