第5章
記憶の中で、おぼろげに、でも美しかった国。
小さいけれど、光に溢れていた国。
目の前のこの場所には城があったはずなのに、あるのは瓦礫ばかり。人と、馬と、駱駝と車輪に踏み荒らされた形跡が、そこで何が起こったのかを教えてくれる。
ぞっとした。
こんなことがすぐ隣りで起こっていたのに、自分は知らずに居たのだ。自分だけが全てを背負って守っている気になっている自分のすぐそばで、祖国が――消えようとしていたのに。
待ってくれと叫びたかった。最後にここを見た時、幼いながらも、きっと二度と祖国を見ることはないと思ったけれど、それはこういう意味ではなかったはずだ。
この身で、国を買ったはずだった。
一体、どこで読み間違ったというのか…。
『こちら側からは、敵が来ないとでもいうのか?』
ぎり、と歯がなった。
「友好の証し」なんてまやかしに過ぎない。祖国を出ていては、防ぎようもない。
結果的に、何も知らないままに「友好の証し」という言葉に守られたのは、自分一人だった。
「友好の証し」という名前で包まれた、甘く柔らかい嘘の寝床で、ぬくぬくと、自己犠牲の夢を見ていた。自分だけ。
かくん、と足から力が抜けて、ウォルバンはその場に膝をついた。
立ち上がれないほどに、疲れていた。
守っているはずだった。
ウォリャンのように。
王の息子を人質に自分たちの命が守られていることを知らないままの民と国を、守り続けるはずだった。
男でも女でも、月芳が王の子である自分自身を誇りに思って、ゆくゆくは王となることができるように、守り続けるはずだったのだ。
ウォリャンの話をしながら、己はまるでウォリャンのようだと、自分でも少し満足すら感じていたのだ。
何も、知らないくせに。
いつか、貴族の子弟を蔑むようにして呟いた言葉が、鋭く自分の胸に刺さり、身体が冷える。
知らなかったのは、自分の方だ。
訓練の間に、幾度も兵士たちが守りを固めに旅立っていったのを見ていたんじゃなかったか?
思い出せば、いつもウォリャンとヤンヒャンの話をした後に、かすかにヤンヒャンを責めるような言葉を、月芳は漏らしていなかったか?
あれは、月芳自身に対する周りの態度に向けられているのだとずっと思っていたけれど。
月芳という名前は嫌いだと言っていた。
自分には似合わないと言っていた。
そんなことはない、良い名前だと、自分は言わなかったか?とても美しい名前だと。
その言葉を、月芳がどういう気持ちで聞いていたのかと思うと、目の前が薄く曇っていく。
膝と、両手をついて、青い草を握りしめたが、ぽたりぽたりと、涙は落ちた。
故郷の山を覆う草は、青く、堅く、天を仰ぎ、地に伏せる度に、妬けた煉瓦の色の頬が切れて、紅い筋が走る。
勢いに任せて、山肌を転がり落ちた。がん、と頭に響く衝撃が走り、ウォルバンは意識を手放した。