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序章
青々とした竹が生い茂る林の中で、小さな湖が、しなる背中ほどに細った月を映し出していた。
竹林を通り抜ける心地よい涼風に、雲隠はす、と目を細める。
「ああ、気持ちがいいですね、月芳」
「そうだな」
軽く尻尾を一振りして、草の上に横たえながら、少し離れたところで声を返すのは、一頭の虎。湖の端に寝そべる姿は、周囲の竹や月と共に、まるで、一幅の水墨画のように湖面に写し取られている。
ふと、湖に目をやった雲隠は、そこに映る風景に、そっと息をついて、言葉を口にする。
「で、月芳。今日は何をしに?」
応えはない。
「決心でもしましたか…」
「雲隠、二胡をひいてくれないか」
途中で言葉を遮るように、月芳が頼み事を口にした。
雲隠は、じっと月芳を見つめていたが、やがて、一つ小さく息をつくと、「取ってきます」と立ち上がった。
後に残った月芳が、湖の中をのぞき込むのが、歩き出した雲隠の目の端に映った。